別れ、そして出発
ヒカリの声は震えていた。僕はその場で何を言うべきか迷い、言葉が出てこない。
マツリはゆっくりと息を吸い込み、口を開いた。
「ヒカリちゃん、その気持ちはすごく嬉しい。でもね、そんなに自分たちを下げてまで言わなくてもいいんだよ。あなたたちがどれだけ頑張ってきたか、私たちは知ってる」
ヒカリは目を伏せ、唇を噛む。その手は震えていた。
「それに……私たちがここを出て行く理由、まだ全部話してなかったよね」
その言葉に僕は驚き、マツリの腕を掴む。
「マツリ、やめろ! それは……」
「ごめんね、トワ。でも、これを隠したまま出て行ったら、二人にとってもっと辛い思いをさせることになる」
マツリの目には決意が宿っていた。僕はその視線に何も言えなくなり、ヴォルニーを見る。
「話させてやれ。隠し続けるわけにはいかないんだ」
低く、落ち着いた声でヴォルニーがそう告げる。彼の表情には覚悟が見て取れた。僕は言葉を飲み込んだ。
「実はね、私たち……特別指名手配されてるんだ」
その言葉に、ヒカリとエイトの顔色が変わる。エイトは声にならない声を漏らし、ヒカリは後ずさった。
「特別指名手配……? そんな……どうして?」
マツリは静かにうなずきながら、続けた。
「プロダクトグラウンドUSAを襲撃した容疑で、私たちはこの世界全体に追われる身になってる。それも、国をあげて捜査される特別指名手配犯として」
ヒカリの表情は混乱と恐怖が入り混じったものに変わる。エイトは目を見開き、信じられないという顔をしていた。
「でも、そんなの……マツリさんたちはそんなこと……」
「やったんだよ」
ヴォルニーが低い声で言った。その短い言葉には多くの意味が込められていた。ヒカリはその剣幕に負けて、グッと唇を噛む。
「理由がどうあれ、私たちはもうこの国全体から追われてる。だからこそ、この村に留まるわけにはいかない。追っ手がここに来れば、村の皆が危険にさらされるんだ」
マツリの声は落ち着いていたが、どこか寂しげだった。
ヒカリはしばらくの間、何も言えなかった。そして、ようやく絞り出すように言葉を発した。
「でも……私たちが何とかします。だから、ここにいてください!」
「それは無理だよ、ヒカリちゃん。これから追われ続けることになる私たちがここにいることで、村の人たちに危険が及ぶのは避けたい。それに、君たちなら、この村をきっともっと良い場所にできる。私たちがこの村を離れる理由は、君たちを信じてるからだよ」
マツリは優しく微笑んだ。
マツリの言葉に、ヒカリの涙がまた流れ始めた。しかし、それを拭おうとはせず、まっすぐに彼女を見つめる。
「私たちを、信じてる……?」
「そうだよ」
マツリが頷く。その優しい微笑みがヒカリの心に届いたのか、彼女は深く息を吸い込み、震える声で言った。
「わかりました……。私たちで盛大に送り出します。これが私たちにできるせめてものことだから……」
「ヒカリ……」
エイトもヒカリの言葉に続き、力強く頷く。
「僕も賛成です。ここで恩返しできるのなら、どんな形でも協力します」
その言葉に僕たちは安堵の表情を浮かべた。そして、村を出る準備を急ぐことになった。
──それから1時間ほどが経過し、僕たちは最低限の荷物をまとめた。
村の宿舎を出たとき、予想もしなかった光景が目に飛び込んできた。
広場には、村の全員が集まっていた。ヒカリやエイト、シエールさん、サラちゃんをはじめ、元奴隷の人々が整列して僕たちを待っていたのだ。手には花束や手作りの旗が掲げられ、その上には「ありがとう」と大きく書かれている。
「これは……」
思わず足を止めた僕に、ヒカリがにっこりと笑いかけてくる。
「トワさんたちが旅立つ前に、みんなで感謝を伝えたくて準備しました。短い時間だったけど、本当にありがとうございました!」
村人たちの拍手が広がる。サラちゃんが走り寄り、小さな手で僕に花束を差し出してきた。
「お兄ちゃんたち、行っちゃうの?」
「ああ、でも大丈夫だよ。サラちゃんにはみんながいる。それに、ヒカリとエイトが君を守ってくれるから」
「そっか……。でもまた遊びに来てね!」
サラちゃんの純粋な言葉に胸が熱くなる。僕はそっと彼女の頭を撫でた。
「もちろんだよ」
村長も前に出てきて、僕たちに深々と頭を下げた。
「君たちのおかげで、この村は再び希望を取り戻すことができた。本当に感謝している。どうか無事で、どこかでまた会えることを祈っている」
「ありがとうございます、村長さん」
僕たちはそれぞれに別れを告げ、最後の挨拶をした。ヒカリとエイトは涙を浮かべながらも、僕たちにお弁当を持たせてくれた。
「みなさん、どうかお元気で。さよなら!」
「本当にありがとうございました! マツリさんたちが来てくれて、良かったです!」
ヒカリの言葉に少し驚いたマツリだったが、すぐに笑顔になった。
「さよならじゃなくて、またねだよ!」
マツリの言葉を最後にして、僕たちは村を後にした。遠ざかる広場からは、いつまでも村人たちの拍手と声援が響いていた。




