示唆
僕はその様子を見て、微笑を浮かべながら立ち上がった。全身に走る痛みをこらえつつ、瓦礫の向こうに目をやる。
「……まだ、終わっちゃいない」
「そうだね」
コルルは静かにうなずいた。彼女の視線も同じ方向に向けられていた。僕たちは心を通わせたように頷き合い、奥へと続く部屋に向かって歩き始めた。
奥の部屋に続く道は、薄暗く湿った空気が漂っている。金属製の床が二人の足音を微かに響かせるたびに、その静寂は不気味な感覚を伴っていた。
「ここまで来たら……もう後戻りはできないな」
僕がは前を見据えたまま、心を決めるように呟いた。
「ええ、たぶんね。でも……私たちなら大丈夫。何があっても、一緒に乗り越えられる」
コルルはそう言って僕に優しく微笑みかけた。その表情には、不安よりも覚悟と決意が滲んでいる。
僕は間違っていたかもしれない。コルルだって、戦えるんだ。また僕の勝手なエゴで、コルルを戦場から遠ざけてしまった。
僕たちは無言のまま進み続け、やがて広い部屋の扉の前までやってきて立ち止まった。
「開く……かな?」
その扉は、まるで今まで閉じられていた秘密を守っているかのように、重厚で冷たい金属でできている。
「分かんない。押してみたら、案外開くかもしれないよ?」
「あぁ、試すぞ」
僕は余力が許す限りの力で、扉を押し込んだ。
心配なんてかき消すように、扉はすんなりと開いた。
「ガバセキュリティ、パートセカンド!」
セキュリティの欠片すらないのか、この施設には。政府の施設にしてはやけに簡単に入り込めやしないか?
中に入ると、目の前には大量のコンピュータが並んでいた。モニターがいくつも点滅し、青白い光が部屋全体を照らしている。壁一面に設置されたモニターは、何かのデータを常に表示しており、その一部には人物の顔や身体のスキャン映像が映し出されている。
「……これは、一体何だ……?」
僕は目を見張りながら部屋を見回した。巨大な情報制御室のような場所に、無数のコードや端末が散らばり、機械音が静かに響いている。
「何かの実験データみたいだね。こんなにコンピュータがあるってことは、よほどのビッグデータを取り扱ってそうだけど……」
コルルは冷静にその光景を分析し、モニターの一つに近づいた。
「ほら、ここ……女性の身体のデータが映ってる。」
コルルが指さしたモニターには、ある女性の詳細な身体データが表示されていた。そのデータには、骨密度、筋肉の構造、ホルモンバランス、さらには精神状態を示すグラフまでが含まれている。
「……こんなデータ、普通じゃない。やはり奴らは……」
しばし無言でデータを見つめた。次々に表示される女性たちの映像とデータ。どれも無表情で、目に光がない。
まるで意志を奪われたかのような姿に、僕は激しい嫌悪感を覚えた。
「こんなことッ、許されることじゃない……!」
コルルは拳を握りしめ、強い口調で言った。
「こんなことをしてまで、何を得ようとしてるんだ……?」
「たぶん、これが目的なんじゃないかな……」
コルルはタブレット端末を持ってきて、モニターの映像を映し変えた。どこにあったんだそんなもん。でなんで使えるんだ?
肝心のモニターには、彼女たちが産んだと思われる子どもたちのデータが表示されていた。
「この子どもたち、普通じゃない。遺伝子操作が施されてる……身体能力の向上、もしくは何か特別な能力を持たせるための実験かもしれない」
「異能人……か」
もともと科学技術の発展によって、超能力を無理矢理ヒトに移植させて誕生したのが異能人だ。詳しくは知らないが、ヒトの脳の波形を弄ることによって、そのヒトの能力値をバグらせて異能を発生させていると聞いたことがある。
そして異能人から産まれた子どもは、必ず何かしらの異能を持って産まれてくる。つまり、異能は遺伝する。
「考えてみれば確かに、エイトもヒカリも異能人だ」
「でも、なんで? 母となる女性たちの精神を狂わせてまで産ませた子どもを、なんでわざわざこんな実験に使うんだろう……」
「……子どもは異能を選べないからじゃないかな。政府側としては奴隷に相応しい異能人が欲しいだろうから、こうやって産ませてから都合の良い異能を与えてるんだよ」
確かスカイシティ内では、政府の許可なく新たに異能人を増やすことは禁じられているはず。だから、スカイシティ内でも異能人と一般人が入り乱れている状態だ。
初めて実験に成功したのは二千百四十二年。そこから異能人は増え続け、今じゃ国民の二割は異能を持っている。
「スカイシティ内の異能人は大事な国民だ。だから、地上の人間に異能を持たせて奴隷にするんだろうね。もともとプロダクトグラウンドはスカイシティ内で疎まれてる仕事を、地上の人間に押し付けるために作られたからな……」
「だからって、人間を道具のように扱うことが正当化されるわけじゃないッ!」
コルルは強い調子で言い返した。
「もちろん、そうだよ……こんなこと、絶対に許しちゃいけない」
けど、こんな事実を僕たちが知ったところで、できることは知れている。僕たちが相手しているのは、この地球全体であり、世界国家であり、全人類だ。
「トワ、まだ他にもデータがあるみたい。これ見て……」
コルルがまたタブレット端末を操作して、すぐ隣のモニターに何かを映し出す。
そこには、スカイシティ常任理事会の報告書と記載されていた。
冒頭部分だけザッと読むと、奴隷開発の進行状況や、理事会がそれに対してどのような判断を下しているかが詳細に述べられている。
「こんなこと、理事会全体で知っていたのか……?」
僕は絶句し、続きに目を通す。そして、報告書の最後に記載された名前に目が止まった。
「……グラティアル・L・トワイライト……?」
その名前に、僕は胸が詰まるような感覚を覚えた。トワイライト家──それは、スカイシティを創造したと言われている一族の名前。そして、その名前がこの施設に深く関与していることを示していた。
「トワ、どうしたの?」
コルルが僕の様子を不思議そうに見つめている。僕は彼女の方を振り返り、苦笑いを浮かべながら答える。
「いや、何でもない。ただ、この名前が妙に引っかかって……」
僕は再び報告書に目を通し、その内容を確認する。トワイライト家の存在が、この悪夢のような計画を裏で操っていることを確信し、僕の心に燃える怒りはさらに大きくなった。
「トワ……?」
コルルが不安そうに僕を見つめる。僕は彼女の肩に手を置き、力強く頷いた。




