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侵入

「トワさんたちにはまず、奴隷農場を破壊してほしいんです。僕はその間に研究施設に閉じ込められている人たちを解放します。ただ……」

「分かった。ただ……って?」


 またエイトの声が詰まる。


「そこは地獄です。普通の人なら入っただけで、気分が悪くなって倒れます。なので、無理だと思ったらすぐに戻ってください」

「何言ってんだよ。地獄だろうがなんだろうが、僕たちはエイトたちを救うためにここに来たんだから。どこにでも行ってやるつもりだよ」


 格好つけて言ったが、もし本当に無理だとしたらどうしようか。


「ねぇエイトくん。コルたちが行くとこって、どんなところなの? さっきからヤバいところに向かってるみたいな言い方だけど」


 あぁそうか、こいつずっと倒れてたから僕たちの話を聞いていなかったんだ。


「奴隷農場。厳重な身体検査を通った十八歳以上の女性を集めて、新たな奴隷──つまり子どもを産ませる施設です。ひとり三十人がノルマ。産み終わったら大体の人が処分されます」

「なに……それ? 酷い……」

「それ、産まれた子どもはどうなるんだ?」

「産まれてすぐ、保護施設に移されて育てられます。もちろん母親の顔なんて知らないまま育ちます。僕だってそうでした」


 親の顔が分からない。地上にいる人間なら、そのほとんどが当たり前の事実だ。

 横にいるコルルも、ヴォルニーもマツリも地上孤児だし、親なんて見たこともないらしい。それが、当たり前なんだ。

 少し拓けたところに出た。目的のものはすぐに目に飛び込んできた。


「トワさん、コルルさん、光切ってください」


 懐中電灯の電源を切って、再び僕たちは目の前の建物に目を向ける。

 全面コンクリート作りの豆腐みたいな真四角な建物で、申し訳程度に小さい格子窓が数個ついている。階数は三階。壁のところどころにヒビが入っているから、かなり老朽化が進んでいるのだろう。もしくは、乱雑な建設がされたのか。

 建物の周りは、鉄製のフェンスと有刺鉄線でぐるりと囲まれていて、まるで脱獄不可能な監獄のようだった。


「これが、そうなのか?」

「はい」

「分かった。コルル、行くか」

「うん」

「無理なら無理せずに帰ってきてください。僕は隣の建物にいますので」

「分かった。全部任せとけ」


 一旦エイトと離れて、僕とコルルはフェンスの前まで足を進めた。


「どこか侵入できそうなところはないのかな?」


 横でコルルの声が聞こえる。ここは曇っていて月明かりすらないから、隣を見ても表情が判別できないほど真っ暗だ。


「斬るから問題ない」


 すぅっと刀を鞘から抜く。

 ここに来る前にシエールさんからもらった刀だ。先祖代々伝わってきた日本刀らしい。マツリいわく、西方神楽(マツリの刀)には劣るが、そこらの日本刀よりかは遥かに優れた業物だとか。

 いつものように身体の前で構えて、滑らせるように刃を出す。

 カチャンと小さな音を立てて、フェンスに斜めの切れ目が入った。


「よし」


 静かに刀を鞘にしまって、フェンスをこじ開ける。

 建物への入り口はすぐに見つかった。というより、見つけられないわけがなかった。真四角の建物についているでっぱりが、そこしかなかったのだ。

 肝心の入り口はとんでもなくお粗末なものだった。周りのコンクリート壁は亀裂だらけ、ドアのガラスは割れているし、ドアノブも破壊されている。

 さっき老朽化か乱雑な建設かと自問したが、後者だったらしい。取ってつけたかのような入り口は、とてもじゃないが政府が運営している施設には見えなかった。


「ずいぶん荒れてるね。まるで心霊スポットみたい……」

「一度放棄された建物を再利用してるんじゃないかな。まぁ面倒だと思っていた建物内への侵入が、楽になったからいいんだけどさ」


 アルミ製のドアを軽く押すと、ガガガと音を立てて内側に開いた。

 建物内へ足を踏み入れる。外と同じコンクリートの冷たい壁が、見えなくなるまで真っ直ぐ続いていた。

 今は夏なのに、全身が震えるほど寒くなった。目を凝らせば見えてくるのは暗闇の中の廊下だけで、耳を澄ませば聞こえてくるのは自分の呼吸音と足音だけだ。

 壁には赤いペンキで落書きがされている。ずっと奥の壁まで、落書きや引っ掻いたような傷痕が残っている。


「本当に……地獄への、入り口だね……」


 コルルが後ろでそっと呟いた声が聞こえる。

 僕は『help』と書かれた文字の上に手を置いた。


「何年も前から、ここに連れてきては妊娠させ、出産させ、を繰り返していたんだろう。連れてこられたとき、こうやって文字を書いたり壁を引っ掻いたりして……最後の抵抗をしたんだ」

「本当に奴らは人間を奴隷としか思ってないんだね」

「いや、奴隷とも認識していないだろう。でないと、ここまで無惨なことはできない」


 僕は廊下の先を見つめた。


「階段を探そう。この階に女性たちはいない」


 僕は壁から手を離して歩き出した。すぐにコルルも歩き出す。


「どうしてそんなことが言えるの?」

「ここは静かすぎる。誰か人がいればこっちに反応するし、動く音や呼吸音も聞こえるはずだ」


 カツーンカツーンと無音の空間に、僕たちの足音が響き渡っていく。

 しばらく歩いていると、地下に降りる階段を見つけた。下はやはり真っ暗で、降りたら二度と帰ってこれないような不気味さを醸し出している。


「この先だろうな」


 僕が降りようとすると、右腕をコルルに掴まれた。


「なん……で、なんで……そんな平気な顔して進めるの? トワは、怖くないの?」


 コルルの声が震えている。


「もちろん怖い。僕だって震えてるよ。けど、エイトやヒカリ、シエールさんやサラちゃんを救うためには僕たちが動くしかないだろ? この腐りきった世界を、プロダクトグラウンドを、ぶち壊すなら遅かれ早かれこういうところにも乗り込まなきゃならない」


 自分で言ったらさらに足が震えてきた。女性を強制的に出産させてるような最悪な場所が、この下にあるなんて考えたくもない。


「でも、もう嫌なんだ。誰かが傷つくのは。僕が何もできなかった、いやしなかったから、誰かが死ぬなんてのはもう嫌なんだ」

「……分かった。トワがそう言うなら、コルも、ついていくよ。ほら、行こ」


 コルルの足も震えている。

 でも、行くんだ。行くしかないんだ。

 ──階段を降りた先には扉があった。いよいよこの先だという実感が湧いた。


「開く……かな?」


 僕はドアノブを回してみた。

 開いた。


「いや、ガバセキュリティ!!」


 中に足を踏み入れた。が、次の一歩が出なかった。

 両側に鉄格子が張られ、その奥には何人もの全裸の女性が呻き声をあげて横たわっていた。そのほとんどが生気のない表情を浮かべ、精神と肉体が切り裂かれたように唸ることしかできない様子だった。

 こちらに気付くと、重い身体を持ち上げノロノロと鉄格子に張り付き始めた。


「み……ず、」

「ごはん、をわけて」


 口々に水や食料をねだられる。その姿を見た途端、胃の中の全てが水バケツをひっくり返したかのような勢いで、喉元を這い上がってきた。

 耐えられなくなって、僕は思い切りドアを叩き閉めた。


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