淡い朝
太陽の光で、僕は目が覚めた。
太陽なんてものを見るのも久しぶりだ。僕は壁にかかっている時計を見る。午前七時十八分。思ったより早く起きることができた。隣のベッドを見ると、ヴォルニーがまだ寝ている。
あの後、マツリと宿屋に帰ってくると、ヴォルニーはすでにベッドの中にいた。僕もシャワーを浴びて、空いているベッドに潜り込んで目を瞑った。ヴォルニーより後に寝たはずなのに,僕の方が先に目覚めてしまったのか。
「一旦顔でも洗うか……」
僕はベッドから立ち上がって、伸びを三回する。シャワーの隣に設置してある洗面台に向かう。冷たい水を三回ほど顔にぶつけて、タオルにうずまる。
僕は顔を上げて,反射して写っている左右反対の自分の顔を見る。そういえば朝ごはんってそうするんだろう。これからどこに向かうんだろう。無数の疑問が頭の中で交差する。
そうやっていろいろ考え込んでいると,後ろから声が飛んできた。
「どうした? そんなに自分の顔に見惚れてるのか」
ヴォルニーが起きてきたのだ。
「いや。ちょっと考え事をしててな」
タオルを絞りながら,洗面台の前をヴォルニーに渡す。
「朝ごはんはどうするんだ?」
「ん? あぁ,心配ない。チェックインのときに朝食ありにしといたから,下で用意してくれてるはずだ」
ヴォルニーが顔を洗いながら返事をしてくる。昨日のうちに済ましていたなんて,流石だな。
「それよりトワ。あいつら起こしてきてくれないか。どうせまだ寝てるだろうから」
「あぁ,分かった」
僕は部屋のドアを開けて廊下に出る。昨日は気が付かなかったが,廊下の壁には有名な絵画や世界地図が飾られている。三〇八と書かれている札を確認すると,ドアに手をかける。
「あれ? でもこれ鍵かかってたら意味ないよな」
まぁいいか。鍵がかかっていたら,スマホで電話すればいいだけだし。が,そんな心配をかき消すようにドアは簡単に開いた。
「鍵かけてねーのかよ」
小声でツッコんだが,こういうことは仕方ないのだ。四条救済教会では,玄関の戸締りこそはするが,部屋の鍵なんて飾りのようなものだった。そんなところで育ってきたのだから無理もない。僕だって最初は鍵をかけるのを忘れていたほどだから。
それにしても,本当に寝相悪いなこの二人は。コルルは反対になっているだけだからまだマシだが,マツリに至ってはもうベッドから落ちそうな雰囲気だ。
「おい,朝だぞー! 起きろ!」
こんな呼びかけで起きるわけがない。マツリが少し唸ったくらいで何の変化もなかった。
「おーい! 起きないとおいてくぞー!」
少し声のボリュームを上げてみた。が,全く反応がない。よし最終段階だ。
僕は二人の被っている掛け布団を,思いっきり引っ張って剥いでみる。コルルの布団はすんなりと引っ張れたが,マツリが少し抵抗してきた。一層力を込めると,布団と一緒にマツリが床に落ちた。
「いったぁ……。もう少し普通の起こし方できないのー?」
マツリがモゴモゴともがきながら、ようやく立ち上がる。
「いや、今のは不可抗力だ。起きたならさっさと顔洗ってこい」
「はぁーい……」
マツリは着替えの服を持って洗面台へと向かう。
「ほら、マツリも起きたぞ。さっさと起きろコルル!」
コルルの耳元で叫ぶ。こうでもしないとこいつは起きない。これだけ寝ているのになぜ起きることができないんだ。
「んんー。あと五分待ってぇ……」
ゴニョゴニョとそんなことを口走っている。
「ダメだ! ほら立て」
コルルの腕を持って無理やり立たす。
「あーん,トワに襲われる……」
「バカなこと言ってないで,服着て顔洗え! 下着つけずにシャツだけで寝るなっていつも言ってるだろ」
僕は床に脱ぎ捨てられている下着と服をコルルに持たせ,洗面台まで向かわす。コルルと入れ替えで,着替えと洗顔を済ましたマツリが出てくる。
「今日の予定は?」
「僕は別にまだこの宿で休息を取るのもいいかと思ってるんだけど。ヴォルニーはどうするんだろう」
ちょうどそのとき,ヴォルニーが部屋に入ってきた。
「どうだ? 準備はできたか?」
もうすでに外に出れる服装に着替えており,右手に持っているバッグの中身も整理されている。
「ねぇヴォルニー。どこか行くの? マツリもう少し休憩したいんだけど」
「いや,そんな遠出をするつもりはないよ。この宿には一週間ほどお世話になろうと考えてるし」
意外だな。いつもならすぐにでもニューヨークに乗り込むぞ,なんて言いかねないのに。
「よかった。これで心置きなく戦闘の練習ができる」
マツリは安心し切ったようで,壁に立てかけられている西方神楽に目をやる。
「そういやお前ら,昨日の夜部屋を抜け出して二人で何やってたんだ?」
「あー。それは……ね?」
マツリがそこはかとなく返事を濁す。
「何だよ。何かあったのか」
「マツリがあの日のこと思い出して寝れないから,トワ助けてーって僕に泣きついてきたんだよ」
「はぁ? トワだって何年も前の思い出に浸って泣いてたじゃない!」
「なっ!? 泣いたはなかっただろ! 物事を誇張して伝えるな!」
「先に言ってきたのはトワですけどぉー?」
「もぉ,朝からうるさいよ二人とも」
コルルが髪を結びながら,バスルームから出てくる。
「元はといえばお前が起きないからこうなってるんだろうが」
「とにかく! これで四人揃ったから下に朝ごはん食べに行くよ。話はそれからだ」
ヴォルニーが話をぶった斬って,下へ降りるぞと人差し指を床に向けた。
「はぁーい」
マツリが不服そうに部屋を出るヴォルニーの後についていく。僕とコルルも二人の後を追って部屋を出た。
一階に降りると,昨日は何もなかったロビーにはテーブルが並べられていた。その上には,サンドウィッチやメロンパン,カレーパンなど多種多様なパンが並べられていた。約半月ぶりのまともな食事に、マツリはもちろん、全員がよだれを耐えきれなかった。
「パンだ。ねぇヴォルニー、これ食べていいの?」
もうすでに両手にパンを持って、目を輝かせたマツリがヴォルニーに聞く。
「あぁ。食べ放題だ。お金は昨日払ったからな」
ヴォルニーの言葉が終わる前に、マツリはフランスパンを口に含んでいた。
「速いな……。しかも初手でそのパンかよ」
そう言ってマツリにドン引きしながらも、ヴォルニーの右手はクリームパンに伸びていた。




