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葛藤

「しょうがないな。あんまり村から遠くは行けないぞ」


 一歩足を踏み出した。そのとき、ふといつの日かを思い出した。そのいつの日かの彼女と、マツリの姿が僕の中でふわっと重なる。

 そっか、僕は()()()()()()()()()()()()のか。

 僕はもう一度足を止めた。マツリはマツリなんだ。今は亡きひとに重ねるなんて……。


「……最っ低だ」


 僕は少し目を閉じた。ザァ……と風が頬を殴った。

 いつの日かの記憶が鮮明に脳裏に走る。



 ──せせらぐ小鳥の声、流れる小川、橋の上の少女。いつだったのかはもう忘れた。僕とその少女は、エリア3rdの郊外にある森に遊びに来ていた。


「ねぇ、早くこっちおいでよ! 前みたいに、どっちが魚を多く捕まえられるか勝負するんじゃなかったの?」


 橋の上の少女は、そう僕を呼んでいた。


「あぁ、今行くよ」


 僕はゆっくりと足を前に進めた。


「今日は負けないからね!」

「何回やっても変わらないよ。今日も勝つから」


 僕は余裕の笑みを浮かべて、橋の上に上る。


「ふふーん。今日はそうはいかないもんね。ほら、わたし網作ってきたもん!」


 そう言って少女は後ろから、虫取り網のようなものを取り出してきて、誇らしげに僕に見せる。


「いや、おい。アイテムはずるいんじゃ……」

「問答無用! 今から一時間ね、よーいスタート」


 僕のいうことなんてまるで聞かないで、少女は勝負をスタートさせた。

 この川はエリア3rdの近くの山から流れていて、川魚が大量に生息している。その魚を一時間でどれだけ手で捕まえるかを競う遊びだ。もちろん捕まえた魚はあとで逃がす。この遊びを僕と少女はずっと続けてきた。そして、僕が勝ち続けてきた。


「網は反則だろ……」


 僕はそう言いながらも、橋から川に降り、魚の様子を確認した。水に浸かっているのは足首だけだが、冷水シャワーを浴びているかのように感じられるほど、川の水は冷たかった。

 一時間後。やはり今回も僕が勝った。僕が十三匹、少女が九匹だった。


「網使って勝てないなら、何やっても無駄だよ」

「なんで? 今日は勝てたと思ったのに……絶対何か反則使ってるでしょ!」

「作戦はあるけど、教えなーい。それにその網が反則じゃないなら、なにやってても大丈夫だろ?」


 ぐぬぬ、と唇をかむ少女。


「ほら、魚逃がすよ」


 僕は二つのバケツを持って、川の中に入る。バケツをひっくり返して、中の魚を川に逃がしてやった。


「じゃーなぁ。もう捕まるなよー!」


 岸に戻ろうとしたとき、少女も僕の隣まで来ていた。


「あのさ、もしわたしがいなくなったら、君はどうする?」

「どうしたんだ? 急に」

「別に、昨日変な夢見てさ。とにかく答えてよ」


 柄でもないことを突然聞いてくるなぁと思った。普段夢とか、そんな話しないのに。


「そうだな……いなくなったら。…………死ぬかもな」

「え……?」


 少女は今にも泣きそうな顔になる。自分から聞いてきたくせに。


「冗談だよ。そんな真に受けるなって」


 僕は笑って誤魔化した。


「だって、マジの顔で言うから……」

「気にするなって。お前がいなくなるなんて、今は考えられないからな」


 僕は空を見上げた。青空がどこまでも広がっている。



「……ワ! トワってばぁ!」


 急に目の前が真っ暗になった。遠くでマツリの声がする。

 もう一度目を開くと、目の前に心配そうな表情をしたマツリが目の前に立っていた。


「あ、やっと反応した。どうしたのよ、急に固まっちゃって……?」

「ごめん。ちょっと昔を思い出して……」


 どのくらいの時間が経ってたのかは、分からない。けど、マツリに謝らなくちゃ。


「昔って、いつのこと? 急に思い出に耽るなんてらしくないじゃん」

「……さっき、怖いから守る、って言ったよな……?」

「うん言った」

「あれ、ちょっと違うかもしれない」


 僕はさっきの幻想の中のように、橋の上に上った。でも、この川は黒く濁っていて、微塵も美しくなかった。


「僕さ、守れなかったひとがいたんだ。僕に生きがいをくれたひとで、一生大切にするって誓いあって、絶対離れ離れになるもんかって思ってた。でも、突然いなくなっちゃって……」


 ふいにマツリが後ろから抱きしめてきた。暖かい腕が腰に巻きつく。


「……っ? マツリ? なにやって……」

「よかった……。トワも一緒なんだ」


 冷たかった背中に、じんわりと温かさが伝わってきた。


「マツリもトワも、まだなぁんにも知らないんだよ。この世界がどれだけ腐ってるとかさ、救いようもないような奴らばかりが権力を振りかざしたりしてるとかさ。ちっぽけなマツリたちの力じゃ、どうしようもないくらいの問題がたくさんある」


 僕の背中に顔をうずめて話しているから、若干マツリの声はくぐもっている。それと同時に、背中からマツリの想いが伝わってきている気がする。


「強く、なるんだよ。マツリたちだって、もっと力があれば子どもたちを守れてた。あいつらに立ち向かえるほどの力をつけるんだよ。……一緒に強くなろう」


 これがマツリなりの答えなんだろうな、と思った。

 結局、守ることってのが何なのかは分からなかった。でも、マツリの話を聞いて、ひとつ分かったことがある。


「絶対、ひっくり返そう。この四人で!」

「…………うん!」


 びっくりしたのか、マツリの返事はワンテンポ遅れて返ってきた。


「それにしてもくっつきすぎだ。気持ち悪いから離れろ」


 僕は背中にくっついているマツリを振り払うように、振り返った。マツリはバランスを崩してよろめいたが、すぐに文句を言ってきた。


「何よ! マツリに抱きつかれてんのにその物言いはぁ!?」

「……ここにくるまでに散々抱いてきたからな。もううんざりだ」

「抱っ……!? 寝てる間に変なことしてたら本当に許さないからね!」

「ほら、もう宿屋に帰るぞー」


 僕はマツリより一足先に橋を降りて、村へ向かって走り出した。


「こらー! 逃げんなー!」


 マツリが走って追いかけてくる。

 明日になったら、コルルとヴォルニーにも言ってみよう。

 このセカイを変えてやるって──


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