本音
「急にどうしたんだ? なんか話でもあるのか」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど……なんか、いろいろ考えちゃって……」
「コルルは?」
「もう寝た」
「あいつ……どんだけ寝りゃ気が済むんだ」
もうすでに十時間くらい寝ているだろうが。あんの眠り姫は。
「行こっ! トワ」
マツリがレンガの道路を歩き始める。ふわっと揺れた黒い髪は、少しオレンジがかっていた。僕もマツリに歩幅を合わせる。しばらく歩くと川が見えてきた。
「見てトワ! 川だよ」
「うん」
川に沿うかたちでレンガの道路は伸びていて、それに平行して街頭も等間隔で並んでいる。
「…………」
急にマツリが立ち止まって何も言わなくなった。ただ、オレンジ色に照らされたサラサラと流れていく水を見つめていた。
「マツリ……? どうしたんだ……」
マツリの顔を覗き込むと、頬に一筋の光が見えた。
「……マ、ツリ?」
どう声をかけていいか分からなかった。
「ご、ごめん……なんであたし、泣いてんのかな……?」
マツリが手で目の涙を拭う。
「なんで……? ごめん、涙が止まらなくて」
「ゆっくりでいいから。息を吸って、大きく深呼吸するんだ」
僕はマツリの背中をさする。すーはーと数回深呼吸をして、マツリが落ち着くのを待った。
「どう? 少しは落ち着いた?」
「うん。ありがとう」
「そりゃ、辛いよな。あんなの……。僕だって、泣きたくなるし、死にたいほど……苦しくなる」
四条救済教会が襲われてから半月ほどが経過したが、まだ目を瞑ればあのときの光景が鮮明にフラッシュバックする。それどころか、もう二年以上も前になるのに、いまだにエリア3rdのことも思い出してしまう。
「……トワはあの日、さ……。どうやったら、みんなのことを守れてたと思う?」
「どうやったら、か」
何をしてもあんな結末を迎えるしかなかっただろうな。と思ったが、口には出さないでおいた。
あとで分かったことだが、奴らは全員異能を身に纏っていた。おそらくあの部隊の統率者の異能は『能力付与』。時間限定で、望んだ異能をその人に与えることができる異能。つまり、少しの時間とはいえ、異能を持たない人に、人工的に異能を持たせることができるってことだ。
「一つは僕たちの慢心だろうな。あんな山奥まで政府の奴らが攻めてくるなんて思ってなかった」
「でも、おかしいよ。マツリたちだって弱いわけじゃないのに。もっと頑張っていたら、全員で逃げられたかも」
そうか、マツリは先導して子どもたちを丘に連れて行っていたから知らないのか。
「異能だよ。銃持って攻めてきた奴ら全員に、何らかの異能が付与されていたんだ」
あのときは気付かなかったが、宿舎のエントランスでブレーカーの位置が簡単にバレたのは、おそらく『暗視』の異能を誰かが持っていたからだろう。
「そんなの勝てっこないよ……。やっぱり、マツリが弱かったから」
四条救済教会に、異能人は僕の他にいない。マツリだって刀の実力は僕よりあるけど、一般人には変わりない。それに僕だって異能が使えるわけじゃない。
「……難しいな。誰かを守るってのは、そう簡単にできることじゃない、から」
「……トワはさ、エリアのこともあると思うけど……。誰かを守れなかったことってある?」
「エリアのこともそうだし、教会のときだってそうだ。さっきのコルルとマツリもそうだし。僕は、守れてないことばっかだ」
「さっきの、って何?」
「二人が寝てる間にヴォルニーと運んだって言ってただろ? あのときに起こった戦闘でちょっとやらかしてな……」
思い返せば、守れてなかったことばかりだ。
「マツリはね。誰かを守る、ってことがよく分からなくてさ。あの日も、ヴォルニーから子どもたちを任されて、でもみんな死んじゃって……」
「守るってのは、エゴなんだと思うよ。僕だって、みんなを失うのが怖いんだ。怖いから、守るんだ」
「怖いから……守るの?」
「一概にそうとは言えないけどね。でも、何かを誰かを守るってことは、少なくともそれらは自分にとって失いたくないものってことだからさ」
僕だって守るってことが何かなんて分かっていない。でも、失いたくないからって気持ちがそうさせているのだろうと思っている。
「でも、守りたくても全然、できなくて……」
マツリの顔がまた暗くなる。
「あのとき、マツリは子どもたちを連れて丘に登ったんだ。あの丘の上なら安全だと思ってた。でも、丘の上には銃を持った奴らが立っていて、登ってくるマツリたちを上から撃ってきたんだ」
話していて思い出したのか、マツリはまた涙声になった。
「逃げて、走って。って叫んで、マツリは戦った。一人でも多く守ろうとした。でも、一人じゃ何もできなかった。マツリの力がなかったから、あの子たちは……」
そこまで喋ってマツリは顔を手で覆って座り込んだ。
マツリはマツリなりに責任を感じてるのだろう。自分の目の前で、大切な仲間が死んでいく姿を見つめるしかできないなんて、誰でも死にたくなるほど責任に押しつぶされる。
「マツリは、これからどうしたいの?」
僕はマツリに聞いてみた。マツリが答えるまでそばで待っておこうと思った。三分ほど川のせせらぎを聞き続けて、マツリが口を開いた。
「強く……なる」
震えた声、でも今のマツリが一生懸命絞り出した声だった。僕がマツリにかける言葉を迷っていると、マツリは突然立ち上がった。
「うん。マツリは強くなる。もっと、もっと、もっと、もーっと強くなってもう誰も死なせないようにする! そして──」
突然風が吹いた。マツリが何かを言いきったような気がするけど、うまく聞き取れなかった。
「よし、マツリはもう大丈夫。なんか思い詰めてたこと全部トワに話したら、もうすっきりしたみたい!」
さっきまでのダークな雰囲気はどうしたのか、と疑問に思うほどの気持ちの変わりようだ。まぁ、こっちのほうがマツリらしくていいけど。
「……無理だけはするなよ。僕もいつかヴォルニーに言われたけど、他人を守ろうとして自分が潰れるのは、なしだからな。何かあったらすぐに相談してくれよ。人間って割と簡単に壊れるから」
「うん!」
つらつらと述べたが、本当は元気のないマツリを見ているのが、つらくてたまらないからだ。明るいが取柄のこいつが暗いのは、僕も嫌だ。
「ねぇねぇ、向こうのほう行ってみようよ」
マツリは川にかかっている扇形の橋の上まで走っていって、僕を手招きした。
「しょうがないな。あんまり村から遠くは行けないぞ」




