ヴォルニーの過去
「…………子ども、か」
「そう。今まで住んでいた街を追われ、親とも引き裂かれ、何もできない子どもたちがこの広大な地上に取り残される」
再び強い風が通り過ぎた。ザァザァと音を立てる森は、まるで生きているかのようだった。
「……そうやって路頭に迷った俺のような『地上孤児』たちは、団結して各地に四条救済教会のような自称孤児院を作った。そういう孤児院をスカイシティが黙認してるのは、野良人間など脅威にならないと思っているからだ」
自治体を持たない街、孤児院はスカイシティへの労働も納税も必要ない。ただ、地上に生息している人間のような生き物と分類され、人間としての扱いは受けられない。もちろん戸籍もないし、どこで誰が生まれようと死のうと人類のカウントには入らない。
四条救済教会も、僕たちからしたら孤児院という見方だが、スカイシティの奴らから見れば、ただの野良人間の群にすぎないのだ。
「でも、最近スカイシティはそういう野良人間を物色し始めた。十六歳を超えていれば働けると定義して、地上孤児院にいる十六歳以上の人間を、奴隷として連れて行くために探し始めた」
「だから四条救済教会も、十六歳になると出て行かなければならないんだよな」
「うん。でもまぁ、出ていった人の中で、生き延びられてる人の方が少ないだろうけどな。さて、前置きはこの辺りにしておいて……」
ヴォルニーはふーっと息を吐き出すと、星が輝く夜空に目を向けた。
「なんとなく予想はついているだろうが、俺がまだ小さい頃、俺の故郷は滅んだんだ。燃え盛る街から命からがら逃げ出した俺は、近くにあった自称孤児院に逃げ込んだ。そこで一年ほど、他の子どもたちと一緒に生活していた」
ヴォルニーは視線をもう一度海に向けて、話を続けた。
「で、あるときそこも四条救済教会と同じように、襲われたんだ。幸い孤児院にいた全員が助かった。そのあと俺たちは最年長のリーダーを中心にして、今ここに来たのとほぼ同じやり方で、ニューヨークに乗り込もうとした。あのときは今回みたいに見つからずに、あの港まで来れた。そこから先が地獄だったんだがな」
「何があったんだ?」
「……港を出るときに見つかって、軍事部の奴らと俺たちで銃撃戦が巻き起こった。もちろん当時五歳とかの俺は、リーダーに守られてばかりだったけどな。でも、訓練を繰り返してる奴らに、つけ焼き刃程度の俺たちじゃ、銃の腕も立ち回りも全く歯が立たなかった」
「つまり……負けたのか?」
「一人、また一人と撃ち殺されていった。港は俺たちの仲間の血で赤く染まっていた。そして、俺を守ってくれていたリーダーも……」
ヴォルニーの言葉はそこから続かなくなった。
当たり前だ。大切な人の死なんて、思い出すだけでもつらいのに、それを言葉にするなんて誰でも苦しいだろう。
「ゆっくりでいいからな。喋りたくないことは無理して喋らなくていいから」
「あぁ、ありがとう。リーダーは死ぬ寸前まで俺を守ってくれた。敵が離れたその一瞬で、俺にこの森の中に向かって走るように言ったんだ。そのあとは無我夢中で森の中を走った。……怖かったんだ、死ぬということが」
なんとなく自分に言い聞かせているような、そんな感じに聞こえた。
「それからは奴らの船や飛行機なんかに身を潜めて、世界各地を転々としていた。で、たまたま旅先でコルルとマツリと出会って、あいつらと一緒に四条救済教会に入った。手錠の外し方は船の中でリーダーから教わった。清掃員の制服は旅をしているときに散々使ってきた。プロダクトグラウンド間は何回も移動したから勝手に覚えた。……まぁこんなところだ。欲しかった答えを答えられたかは分からないが」
「いや、充分だよ。悪かったな……事情も知らないで無責任なこと聞いて」
「いや、いいさ。たまにだれかに喋るほうが気持ちの整理もできるしな。それにもう十年も前の話だ。いつまでも引きずってられねぇだろ」
すごいなヴォルニーは。僕なんかあと二十年経ったとしても、エリア3rdのことも四条救済教会のことも割り切れないと思う。僕と同い年だけど、ヴォルニーのほうが断然大人のように見える。
「でも、すごいよなトワは」
「え? なんで、僕なんかとるに足らない人間だよ」
ヴォルニーが僕をすごいと言った意味が分からなかった。
「だってさ、いつも仲間のこと考えて行動してるだろ? 俺なんて自分のことで手一杯なのに、他人のことを考えて行動できるって尊敬できるなって」
確かにヴォルニーの言う通り、僕は普段から自分だけじゃなくて、みんなのことも考えてはいる。けど、それはみんなを失いたくないという僕のエゴなんだ。
「僕はそんな立派な人間じゃないよ。みんなのことは守りたいと常に思ってるけどさ」
「そう思えることだけでもすごいんだよ。人間なんて所詮みんな自分が良ければ良しって思ってるやつがほとんどだから。……でも、あまり気負い過ぎると、今度は自分が潰れちゃうから、ほどほどにしてくれよな。俺だって、マツリだって、コルルだって守る必要もないほど強いんだから」
ヴォルニーが僕のほうを向いて笑った。
そうだよな。もうここには守るべき人はいないんだ。僕たち四人しかいないんだ。
そう思うと、急に冷水をぶっかけられたかのような衝撃が走った。僕は現実を見れていなかったんだ。
「ありがとうヴォルニー。気を付けるよ」
そのとき、草木がガサガサと揺れる音が向こうでした。
「お、やっと眠り姫が起きたみたいだな。行くぞトワ」
「おう」




