脱出の準備
この船は政府が開発した最新鋭の動力が積み込まれた客船だ。日本列島とニューヨークを約九日で結ぶほどのスピードが出せる。さらに、ニューヨークの本部で航路もスピードも管理されていて、天候や波の高さ、風向きなども考慮して最短距離の航路が計算される。その通りに動くから、遭難も転覆もなく航行できる。
そして──。
僕は目が覚めた。今日はこの船に乗ってから九日目。おそらくもうすぐニューヨークに着く頃だろう。この部屋には一応時計があるから、今が何時かは分かる。
午前八時。日本時間で、だ。
この地球には時差というものがある。球体の惑星だから当たり前なのだが、大体日本とニューヨークでは十三時間程度の時差がある。つまり、今は午後七時ということになる。もうすぐ日が沈もうとしている時刻だ。
僕はゆっくりと起き上がってみる。すると、後ろから声をかけられた。
「やっと起きたかトワ」
「ヴォルニー。早いな」
「シャキッとしろ。ここを出るぞ」
ヴォルニーは僕の手を掴んで立たせた。
「!? ヴォルニー、お前手錠は!?」
「取った。お前も取れ」
ヴォルニーが両手をぶらぶらさせる。
「取るったってどうやって?」
取れないんじゃなかったっけ? この手錠って。
「あぁ、こうやってカンカンとするとな」
ヴォルニーはどこからか持って来た鉄の塊を、僕の手錠に向かって叩きつけ始めた。カンカンという金属音がなったと思ったら、ビシビシビシと叩かれたところから亀裂がいっせいに走った。
「あとはこうして」
亀裂のど真ん中にもう一度鉄の塊をぶつけると、叩いたところが粉々に崩れ、僕の手首からするりと抜けて、ガチャンと音を立てて床に落ちた。
「!? なんで?」
「こいつはな、金属製に見えて実は機械なんだ」
僕は落ちた手錠を拾い上げて中身を見る。中には緑色の基盤があり、コードやらなんやらが見える。
「だから、海水流し込んでやりゃあ、簡単にぶっ壊れる」
ヴォルニーは暗闇の中で、なにか作業をしながら説明を始めた。
「その手錠の外し方は結構有名だぞ。その機械は少しでも外そうとすると、自動的に看守のもとに信号が送られるんだ。その信号部分に海水を流し込んで、機能停止にする。すると、外しても壊しても信号は送られないから絶対にバレない」
「なるほど……」
僕は眠気眼で立ち上がる。
「でも外し方を知っているなら、なんでもっと早く僕たちに教えなかったんだ?」
「あぁそれはな、教えるとお前ら外すだろう? 特にマツリとか。早い段階で外すと、奴らにバレるリスクも高まる。だから船がニューヨークに着くギリギリまで黙ってたんだよ」
ヴォルニーは今にも消えそうなランプのスイッチを入れる。ヴォルニーが床に置いたランプは、かろうじて前にいる人の顔が分かるくらいの明るさしかない。僕が目線を床に移すと、寝息を立てているコルルとマツリが目に入った。
「トワ、コルルとマツリを運ぶの手伝ってくれ」
「ん? どういうことだ? 二人も起こしたらいいだろ?」
「マツリがこっそり持ってきてた制服は二着しかないんだよ。しかも男性用」
ヴォルニーはマツリがコンテナから持ってきていた制服一式を、僕に向かって投げてくる。
「なるほど。というかマツリ、本当にそれ持ってきていたんだな」
僕はキャッチしたあと、その制服を見る。が、暗い中だからあまり見えなかった。
「でも二人を運ぶったって、どうやって? 僕たちが抱きかかえて走るわけにもいかないだろ?」
「この部屋で、台車と木製のコンテナを見つけた。女の子二人なら余裕で入るだろう。で、コンテナを台車に乗せて、荷物のように船員と一緒に船を降りる」
ヴォルニーは床に置いたランプをもう一度持ち上げ、奥を照らした。そこには輸送用の台車と、木のコンテナが置いてあった。
「そんなに上手くいくか?」
「まぁ、なるようにはなるさ」
ヴォルニーは木のコンテナの中に、僕たちが枕として使用していたクッションや、掛布団を敷き詰めていく。どうやら本気らしい。
「しょうがないな。付き合ってやるよ」
僕は寝ている二人を起こさないように、ヴォルニーがしていたみたいにして、手錠を外す。
木のコンテナは思ったよりも大きいらしい。コルルとマツリを横に寝かしてもまだ少しスペースがある。
「ごめんな。陸についたら解放してやるからな……」
ヴォルニーは申し訳なさそうに、木のコンテナに蓋をかぶせた。
「トワ、着替えよう。船が減速し始めた」
ヴォルニーの言う通り、船のスピードが明らかに遅くなっているのが分かる。奴らの本拠地はもうすぐだ。
「分かった」
僕は今着ている薄汚いTシャツを脱ぎ捨てて、新品の制服に袖を通した。
「これを、持っていこうかな」
ヴォルニーは壁に掛けられている斧を、枷から外して一振りする。
「うん。問題なし」
いや、この部屋都合良すぎだろ。なんで武器まで完備されてんだよ。
この部屋は物置きのような部屋なのだろう。
船がゆっくりと旋回し始めた。いよいよ港に入ったのか。僕は高まる高揚感と憎悪感が抑えきれなかった。
船が止まった。
「止まったな」
「あぁ。行くぞ。トワ」




