9・教会との約束
治療魔法を仕切っている教会との折り合いを命じられたナイトは、
司祭と交渉に赴く。
魔法の約束 9
教会との約束
その日、ナイトは教会に来ていた。
小さな教会の扉を潜り、教会の祭壇で祈りを捧げるシスターに、
声をかけた。
「こんにちは。ナイト商会のナイトと申します。
この教会の責任者とお話したいのですが」
「はい。私がこの教会の司祭で責任者のイザベラと申します。
何か御用でしょうか?」
「先日、神薬を製造販売した者です。神薬について、教会に相談に参りました」
「・・・・・・・」
シスターは目を見開き、ナイトを見据えた。
「神薬のことは、巷の噂で伺っています。
どなたが作られたのか、教会でも話題になっていました」
「薬は私が精製しました。つきましては領主様の采配により、教会の利益を損なわぬ配布方法の相談に参りました」
「それはご丁寧に・・・こちらへどうぞ」
シスターは彼女の個室にナイトを案内する。
彼女には治癒魔法使いとしての特別な力が有り、
ナイトの尋常ならざる魔力が見えていた。
「いきなりの訪問、申し訳ありませんでした。快い対応感謝いたします」
笑顔のナイトに対し、その魔力に畏怖の念をもったシスター
「・・・・あの薬はエリクサーですね。
どのように精製したのか疑問に思っておりましたが、龍族をも超える魔力をお持ちのあなたを拝見して、納得がいきました」
「私の魔力は内密に願います。
領主様から、教会の存続を脅かしてはならないと指示されています」
「それは助かります!昨夜は薬の話を聞いて眠れませんでした」
「あの薬は命を救いますので、値段がつけられません。
そこで教会の判断を最初の関門とし、最終的にはナイト商会の担当者が判断して直接投与します。
第三者に流れるような、一般販売はいたしません。
今回はその関門としての教会と、認識の共有に参りました」
「教会としては、とても有難い話です。
しかし、あなたの商会にメリットがないのでは?
相互価値の平等化がなければ、今回の約束の信頼性に疑問ができます」
その聖者の様な言い回しに、苦笑するナイト。
「こちらの条件を出しても?」
「はい。その方が安心して盟約できます。ぜひ、お願いいたします」
「ではまず、自己紹介を・・・
私はナイト=アルガーシス、ナイト商会の代表をしています」
「アルガーシス?領主様と関係が?」
「サマン=アルガーシスは私の父です」
「・・・それはお見それいたしました。
当教会、司祭のイザベラと申します」
「「よろしくお願い致します」」
互いに礼を交わす。
「先ほど言われた件ですが、私は魔力を隠しています。
私の魔力を知っているのは、私と守秘の魔法契約を交わした者のみで、父母も魔法の事は知りません。
宜しければ、私と守秘の魔法契約を交わして頂きたい。
またこの薬は、教会の紹介状をナイト商会に持参した者のみに与えることとします」
「価格についてはどうしますか?」
「教会での紹介料は、十分取って頂いて構いません。
ただし紹介料は徴収するだけでなく、金銭的困窮者には与えてあげて下さい。
お金ではなく、毛布や食料などでお願いします」
「了解いたしました。参考までに商会の販売価格を教えて下さい」
「領民資格もしくは冒険者Cランク以上の資格保有者で大銀貨1枚(1万円)。その他の紹介者は金貨10枚(百万円)になります」
「領民と冒険者は大銀貨1枚、その他の領外からの訪問者は金貨10枚ですね。
では、貧民街の資格を持たない者たちはどうするのですか?」
「そこがもう一つの要望です。
貧民窟の資格を持たない者には、教会で治癒魔法をお願いしたいのです。手に余る患者のために、教会用のエリクサーを必要なだけ委託しますので司祭様権限でご使用下さい」
驚きに刮目したシスターは
「そこまで私供教会を信用していただくなら、私も含めて教会の者も守秘の魔法契約を交わさせて頂きます」
「では、宜しくお願いします」
「こちらの方こそ」
その後、教会関係者全員と守秘の魔法契約を交し、空間拡張した「魔法の袋」から薬を取り出した。
「これは、魔法の袋でしょうか?」
「はい、これも僕が作りました」
「ナイト様はもう、何でもありですね」
「・・・内緒でお願いしますね」
「わかっております。本日は誠に有難う御座いました」
深々と礼をする教会メンバー
にっこりと笑い、ナイトは教会から帰っていった。
「司祭様、これで治療魔法を使いたくても使えない貧民たちは助かりますね」
「ナイト様は次期領主になられる方です。この領の将来は明るそうですね」
「本当に・・・・・」
その後領主から、薬の配布は教会で紹介状をもらい、ナイト商会で投与されることが発布された。
領主からの発布を受けて、領民は教会に殺到した。
教会の前には大勢の領民が集まり、大混乱していた。
冒険者ギルドから、治安の維持に冒険者が駆り出される。
商業ギルドからは、受付対応に職員が派遣された。
まさに領をあげての医療大改革である。
「俺の女房が危なそうなんだ、何とかしてくれ!」
「私達のお母さんを助けて!」
「私の子供が大変なの!」
・・・・・・・・・・
「各地区の代表者は、各地区一人ずつ順番に治療希望者を出してください。そうすれば、皆、平等に受付ができます。落ち着いて!騒がないで下さい!」
教会では希望者に治療魔法をかけていく。
その人数が余りにも多いので、術者は魔力切れを起こす。
そこにナイトから、魔力回復ポーションが届けられる。
それを飲み、必死になって治療していく。
「もう無理です!回復が追いつきません!」
ついに倒れる者も現れて、それでも患者は大勢いた。
「司祭様、如何すれば良いでしょう?
この人数をナイト商会に回すのはまずいですね。
商会に、紹介できない人はどうしようかい・・・です」
「・・・・・・・」
「そんなシャレが言えるのなら、まだ大丈夫ですね」
後ろからナイトが声をかける。
「礼拝堂に患者を入れて下さい。
そして司祭様が壇上に立って、治癒魔法を使うふりをお願いします。
そこで僕が、懺悔室から魔法を使います」
そう言うとナイトは懺悔室に入っていった。
懺悔をする部屋は、区切られた区画に聖職者が入り、中の聖職者からは告白者の顔が見えないように作られている。
司祭が壇上に立ち、両腕を上に上げると、
懺悔室から膨大な魔力が発せられた。
魔力を見ることが出来る教会職員と司祭は、顔を引き攣らせて固まる。
領民たちは、体に暖かい光が降り注ぐ感覚を感じた。
「司祭様の治療魔法だ!ありがたや!」
そうして、その日教会を訪れた領民は殆どが、病気や怪我から解放された。
「ナイト様、お身体は大丈夫でしょうか?」
司祭が懺悔室から出てきたナイトに、心配そうに尋ねる。
「さすがに半分ぐらい魔力を使いました。
疲れたので、少し横にならせて頂きたいのですが」
大慌てで回復室に案内する司祭。
「今回は、すべての希望者を魔法のみで処置できました。
教会に縁の無かった領民が、祈りを捧げて寄進していってくれました。
私共が普段、富裕層から受け取っている喜捨の数倍の額です。一時の喜捨としては、考えられない額です。
有難う御座いました」
それに答えて
「本来の宗教は、寄進を本人たちの感謝の印として受け取るものです。今までの様に、治療魔法に値段を付ける様なやり方は、やはり問題があると思います。
これからも教会が、信者からの感謝の心を取り戻していけば、教会は領民の憩いの場にさえなるでしょう。
領として、応援いたします!」
ナイトは満足げに笑いかけた。
翌日から商会は本来の手順で
教会からの紹介 → 商会の聞き取り → 商会員による投薬
の形を取っていき、医療改革は成功を収めた。
そしてナイトは領主から労いの言葉を賜った。
領主室にて
「ナイトよ、医療改革ご苦労であった。領民も教会も喜んでおった」
「有難う御座います。父上に信頼していただき、
すべて任せて頂いたので、何とか出来ました」
父は目を細めながら
「何とか・・・などと、謙遜するでない。
お前は十分、次期領主として領民に認められたのだ。
わしは嬉い。自慢の跡継ぎだ!」とほめる。
ニコニコ顔で頭を「なでなで」してもらう。
ナイトの外見はまだ8歳、小学校3年生相当であった。
精神年齢はとっくに父を超えているナイトであったが、
仕事を達成した達成感と認められた満足感から、父の称賛を心から嬉しく思った。
そんな父は続けて
「一仕事終わったのじゃから、今度は王都の貴族学院に入って、色々経験して来ると良い。
入学試験の準備をしなさい」
父の一声で、ナイトの貴族学院受験が決まった。
貴族は当主が絶対であり、逆らう事は出来ない。
「はい父上!準備にはいります」と、ナイトは背筋を伸ばした。
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商会と商会員と盗賊
領主からの発布により、ナイト商会の存在が認知されると、薬の供給元である商会には色々な人たちが押し寄せた。
ナイトは、商会の出入り口に看板を掲げた。
【当、ナイト商会は
アルガーシス商業ギルドの、委託を受けて運営されています。
一般の商店ではありません。
領直営の商店としてお見知りおき願います。】
薬を、商品として入手しようとする人々は、この看板によって店の周りを囲みはするが、さすがに店に入って来ようとはしなかった。
しかしある夜、盗賊が店を襲った。
盗賊たちは大勢で押しかけ、人海戦術で薬を強奪しようとする。商会の扉には防衛力は無く、賊はたやすく侵入できた。
商会の長い長い廊下を奥へ進むと、クラリスとタックが二人で並び
「どなたですか?ここに入られては困ります。お帰り下さい!」
と、誰何する。
それでも賊達は相手が子供とみて、我が物顔で二人に迫り
「薬を出せ!出さないと酷い目に遭わせるぞ!」
と凄んだ。
二人を捕まえようと手を伸ばすが、その手は見えない壁に阻まれる。
「なんだこれ!こんなところに壁があるぞ!」
男の一人が体当たりをするが、壁はびくともしない。
にっこり笑いながら、クラリスとタックは声をそろえて
「「実力行使を確認しました。あなた達は領の規則により、捉えられます」」
と告げる。
その笑顔は、非常に恐ろしかった。
盗賊たちは蒼白になり、
「おい!まずいぞ!逃げるんだ!」
と長い廊下を、引き返そうとする。
廊下の入り口まで下がった男は、又しても壁にぶつかる。
廊下の出入り口で、前後を見えない壁に囲まれた盗賊達。
「・・・・・・・・・・」
何とか壁を壊そうと、剣で切りかかるが、やはりびくともしない。
盗賊達は、その場でしゃがみ込んでしまった。
「「あなた達は領に対して、敵対行為をしました。
今後、この様な者が現れない様、見せしめにさせて頂きます」」
ああ、処刑されるんだ・・・・と、覚悟した彼らには、予想外の結末が控えていた。
次の日、商会の前に首まで体を埋められ、地面から頭だけを出した状態で晒された。
その横の看板に
【この者たちは昨夜、慈愛の薬を力で強奪しようとした】
と、書かれていた。
それを見た領民から、敵意と軽蔑の眼差しが向けられる。
「自分たちだけ、良い目を見ようとしたのか!」
「領主様の商会と教会が、どれだけ我々の為に慈愛を注いでくれたか解っているのか?」
「俺の家族は命を救われた。商会と教会は命の恩人なんだぞ!」
「薬が必要な領民には、格安で治療魔術と薬を分けてくれるのに!なんという事をするんだ!」
批難轟轟、四面楚歌、しかし埋められた彼らは、顔を逸らす事も隠す事も出来なかった。
一日晒された彼らは、領主直々に説教を受けた。
「お前達!
人にはしてはいけない事があるんだ。
お前たちのした事は、全領民に対する裏切り行為だ!
・・・そこで、処罰を選ばせてやろう!
1つ目、処刑
2つ目、領有産業での強制労働
3つ目、このまま釈放
好きに選んで良いぞ!」
彼らは、領有産業での強制労働しか選択肢が無かった。
処刑は文字通り、命を奪われる。
かといって、このまま釈放されれば、怒り狂った領民になぶり殺しにされる。
領主は、大勢の良質な労働力と領民の信頼を手に入れた。
盗賊らは、短略な行動が招いた結果を自覚し
その身分を領専用奴隷に落とされた。
彼らは、生涯にわたって領に貢献していく事となる。
領の医療問題は一応の解決を見せた。
それにより、領民の死亡率を下げることが出来たナイト。
次は王都の貴族学院受験!試験科目は学科と実技。
次々とナイトが無双していく。