0+1・エピローグ+新たな命
中世の異世界に五十代男が転生します。転生チートは簡易鑑定とアイテムボックスに加えて現代の知識。
彼の成長と冒険を応援してあげて下さい。
エピローグ
その日はいつもの一日で、朝から遅くまで働いて
冷たい雨の降りしきる中、疲れ切ってアパートに帰ってきた。
部屋に入って着替えると、冷え切った部屋にポツンと置いてあるベッドに入った
生活していくための労働は
将来に展望が持てなかった。
50歳を過ぎて
健康診断に要注意項目が増えてきたが
時間がなく医者にかかれなかった。
「こんな生活で良いのだろうか?」
唯一の趣味は武道。
武道段位合計15段を持つ、武道オタクである
しかし武道の師匠は歴代貧乏で・・・
それは仕事する時間に武道をしているのだから
お金はたまらない。
自分の将来も、貧乏一直線確定だ。
そんな自分に彼女など出来るはずもなく
年齢=彼女いない歴を更新している。
その日も冷たいベッドで一人
そんなことを考えながら意識を手放した。
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新たな命
意識が一変し、目を開くと視界がぼやけていた。
「どうしてぼやけているのだろう?」
と、周りの様子を伺う。
明るいのはわかるのだが、目に像を結ばず焦点が合わない。
声を出そうとしても「あ―う―」としか、発声できない。
すると、いきなり抱き上げられて揺さぶられ
何事かと体を固くしていると、口に何かを押し付けられた。
思わず口の中に入ってきたものを吸うと
暖かく甘いミルクが流れ込んできて驚く。
・・・赤ん坊になったのだ!と、いきなり理解した。
ついで、混乱した頭の中に浮かんできたログには
転生プログラムの発動と、転生者に与えられる能力などが記されていた。
1.前世の記憶を残したままである事
2.ここは地球ではなく、異世界で魔法が存在する事
3.文明レベルは中世ヨーロッパ相当である事
4.あらゆる言語が他人から転写で習得でき、読み書きも同様である事
5.簡易鑑定能力、アイテムボックスが使用できる事
・・・などが理解できた。
簡易鑑定とアイテムボックスをいかに有効に使うか
そしてこの数年を、どう過ごしていくかを考えた。
赤ん坊が、いきなり話し出したら不気味だろうし
少し優秀な子供を演じるほうが良いだろう。
体はまだうまく動かせないので、当面は身体能力の研鑽に充てよう!
最初は体に力を入れる練習から。
手足に力を入れて、そのままの状態を維持する。
顔を真っ赤にして、いきんでいるように見える。
これも人が見たら変に思われるので、部屋に人の気配がないときに頑張った。
筋トレを終えると、次に武術的体術の基礎訓練を行う。
武術的体術とは、体の独特な使い方の訓練だ。
<注:ここからは武道的解説の為、興味のない方は、飛ばして読んで下さい。無理して読むと、疲れます>
通常、重いものを持ち上げる時
握る力と腕や肩等にかける力は
同じ方向にかかる。
つまり、重いものを持つには
足腰に強く力を掛けて(踏ん張って)肩や腕
指にも同じように力を掛ける。
しかし、武術的に使う場合
その一連の力を部分的に使う。
例えば、太刀を打たれた時
強く握っていなければ、太刀を落としてしまう。
その時、肩や腕に力を入れていると
体が太刀と一緒に押されて、重心が崩れてしまう。
指を強く握って、肩や腕の力を抜けば
太刀を持った腕だけが後ろに回り
巻き返して、相手に斬撃を放つことが出来る。
拳で相手に強く押されたら
こちらも強く押していては、単なる力比べになるが
力を抜いて斜め前に踏み込めば
相手を崩す技が放てる。
<武術的解説はここまで>
日々、体の各部分を独立して動かす訓練が、武術的身体訓練である。
そうして、未熟な神経伝達機能を極限まで高めていく。
やがて、視界がおぼろげに意味を成すまで成長した。
徐々に見えてきた部屋の調度は上品で
前世のボロ部屋と、大違いであることがわかる。
まるで昔の、ヨーロッパ貴族が住む部屋のようだ。
いつも食事を提供してくれる女が、私につぶやく。
「あなたの名前はナイトよ
ナイト=アルガーシス
アルガーシス家の最初の子供
私の愛しい子
私はあなたの母親ロディ
そしてお父様は
アルガーシス男爵家当主、サマン=アルガーシス」
母を名乗る女性は、まだ高校生ぐらいに見える。
幼げな容姿、金髪碧眼のショートカットで、瞳はくりくり。
母性豊かなほほえみを宿していた。
生後4カ月
ようやく、はっきりした視界が戻ってきた。
簡易鑑定が使えそうだ。
最初はいつも世話をしてくれる待女に、意識を集中して
ステータスを確認する。
ルシエル 女性 22歳
生命力 2465
戦闘力 1850
防御力 980
知力 220
魔力 2230
これがこの世界の標準なのか?
おかしいだろ!
標準がわからないので、母のステータスと比べてみる。
ロディ=アルガーシス 女性 15歳
生命力 280
戦闘力 25
防御力 20
知力 95
魔力 0
・・・これが標準だとすると、ルシエルは異常だ。
待女兼護衛?
スカートをはいた?
・・・何者なのだ・・・
「我、息子よ!かわいいな・・・て、顔が引き攣っている!
一体どうしたのだ?」
男は部屋に入ってくるなり、大げさな声を上げた。
金髪碧眼は母と変わらないが、筋肉がその服を押し上げ、
いかにも武人の雰囲気をまとっている。
鑑定してみる
サマン=アルガーシス 男性 30歳
生命力 300
戦闘力 1050
防御力 500
知力 65
魔力 0
・・・やはりおかしいのは、待女ルシエルの方だ。
本当に人族なのか?
知的な、如何にもできる秘書のような雰囲気を持ち
地味で、あまり目立たない風を装っている。
言葉少なく一歩引いた感じは
何処にでもいる若い女性。
ステータスを知らなければ、平均的な待女だ!
私の両親はいたって普通
戦闘力の高さが目立つ父と、知的な母。
母の年齢が若いのは貴族だからか?
この世界の平均寿命が短いから・・・か、だろう。
昔の日本でも、10代前半の婚姻は普通であった。
最後に自分のステータスを確認してみる。
ナイト=アルガーシス 男性 0歳4か月
生命力 300
戦闘力 3
防御力 1
知力 500
魔力 35000
かなりの魔力はあるが、魔法は習っていない為
今の所、使えない。
赤ん坊としてはこんなものだろう。
身体能力はこれから上げていけばいい。
さて、問題はどうやって魔法を取得するかだが・・・
やはり、待女のルシエルにアプローチするのが、最短の道だろう。
その前に、歩けて話せるようにならねば・・・
百里の道も一歩から・・・だね!
5か月目には、何とか歩けるようになった。
だが大事をとって、6か月になってから人前での歩行デビユー。
その頃には言葉もだんだん覚えてきた。
本当は、大人と同じように話せるのだが
片言から少しずつ話していった。
いきなりペラペラではまずいだろう!
普通の会話は、更に数か月待った。
「ルシエル、魔法を教えて」
「え・・・ナイト坊ちゃん、いきなり何を言っているのですか?」
「ルシエル、魔法を教えて」
「・・・・・魔法なんて、数千人に一人しか使えないのですよ」
「ルシエル、魔法を教えて」
「なぜ、私なんですか? 魔導書を読むとか・・・読めませんね」
「ルシエル、魔法を教えて」
「無理です!!私は魔法なんて使えませんよ!」
「ルシエル魔法を教えて!!」
「・・・・・・・・・・・・」
ルシエルのスカートを、ギュッとつかんで抱き着き、
上目使いで魔力を込める。
ルシエルは、大きく目を見開き固まった。
「・・・・・いいですか坊ちゃん、
魔法が使えるということは、戦場では圧倒的な力を持ち
兵器として期待される、という事です。
なので、戦場で魔法を使う場合を除いては
一般には秘密にされることです。
特に、守護してくれる人がいない一般人は
魔力を隠して暮らします。
魔法使いが少ないと言われるのは
その力を隠している者が多いことが一因です」
ルシエルは遠い目をして、思いつめ血を吐くように続ける。
「魔力があるとわかれば
周りから囲い込まれて奴隷にされたり
虐げられて奪い合い、果ては攻撃されて・・・
殺されてしまうことも、よくある話です」
そこまで話したルシエルは、両腕で自分の体を抱きしめ
過去の想いを語り出す。
「・・・私の家族は、私に魔力があることを
ひたすら隠して暮らしていました。
でも、村が盗賊に襲われたとき
村人が殺されそうになった時
私は魔法を使ったのです。
いつも親切にしてくれた隣のおばさんや
一緒に遊んだ友達を救うために!」
その目から流れた涙は、彼女の両ほほを伝い
固く握りしめた拳を濡らした。
「盗賊たちは、私の魔法で簡単に無力化できました。
死んだり、怪我をして動けなくなったりで
簡単に捕縛できたのです。
最初は、村を上げて感謝されました。
でも、盗賊を領主様に引き渡した後
村にいろんな人たちがやってきました。
冒険者は自分のパーティに入れと
領主は領兵に加われと
果ては誘拐しようとする人達まで。
村は食い荒らされ、崩壊してしまいました。
私の大切な家族や村人は
亡くなったり怪我をしたりで、生活を奪われたのです」
そう言うと、私を真正面から見下ろし、枯れた声で
「私に魔力があり、魔法が使えることがわかったら、
また同じ事が起きます・・・私は怖いのです」
まるで前世であった、宝くじの当選者のようだ。
法で守られなければ、特異な能力は
自分自身の首を絞めてしまうのだ。
私は今の地位と強い魔力を、どうやって使っていくか・・・という命題に向き合うことになった。
何故そうなるのか?
人の欲望は果てしない
社会性を持つものは
自分の欲の為、さらには自分が守るものの為に
際限なく力や金を求める。
社会性を持たない動物は
自分が食べるだけしか殺さないし、奪わない。
社会性を持つがゆえに、人は際限なく求める。
自分では食べきれない、使いきれない力や金を求める。
その集めた力や金が、自分の人生に牙を向くとしても。
「金や力がないから自分は不幸で、金さえあれば幸せになれる」
など、嘘っぱちだ。
「人生の最後は、よき人に囲まれて過ごすのが最上である」かの、社会学者バイステップの言葉だ。
金や力は争いを呼び込む。
大金持ちの周囲には、金にたかる人が
権力者の周りにも、それを欲する人たちが。
「よき人」などには、絶対に囲まれない。
難しい顔をして、考察の海に潜っていると
彼女はじっと見つめてくる。
他を圧倒する魔力と貴族というアドバンテージで
その背反する命題に答える。
「僕は強い魔力を持っている。地位もある。
でも、魔法を大っぴらに使えば、やはり問題は起きると思う。
一般人には、決して悟られない関係を作ろう」
話すことに疲れたように、彼女は薄く微笑みながら
「私が魔力を持つことを
坊ちゃんが魔力を持つことを
知っているのは二人だけです
これから、よろしくお願いします」
と、そっとつぶやいた。
4歳になった。
身体能力を毎日限界まで使って、倒れるまで走り込んだ。
大人の精神力と、子供の成長力が相互に干渉して
自分でも驚異的な成長を遂げたと思う。
全力で走ると誰もついてこられない。
まだ力は弱いが
持久力と速度は、掛け値なしに成長した。
しかし普段は「少しすばしっこい子供」を演じる。
抜きんでた能力を知られるのは
マイナスにしかならないから。
訓練が終わり、自室のソファーに倒れ込むと
ルシエルが優しくマッサージをしてくれる。
彼女は本人も希望して
私専属の待女兼家庭教師になってくれた。
読み書きを勉強すると言って、二人で図書室に籠った。
しかし実際には、私が彼女の教育をしていった。
簡単な読み書きしかできなかった彼女は
第一段階である、この世界の読み書き計算を経て
第二段階の、前世での進んだ価値観と
まだ、この世界にはない知識などを、習得していった。
第二段階の知識は、
彼女の「知力 220」の恩恵を受け
常人ではありえない速度で、身に着けることができた。
わずか2年に満たない期間で
数学、物理、化学、生物学の知識を蓄えた。
また、その進んだ知識を使い
魔力を最大限に、行使できるようになった。
私は、銃や爆弾、レーザー兵器、バリアの概念を
攻撃魔法で行使できた。
ルシエルには衛生観念や、人体の構造を理解して使う治癒魔法も指導した。
それらは、彼女の知る旧来の魔法と
一線を画する強力なものだった。
魔法の基本は、想像力と経験に加えて精神力であり
前世の経験がある私は、より高度な魔法が使えた。
男爵家は小さな領地を持ち
領民から税を集めて、領地運営をしている。
母は内助の功として
その知力をいかんなく発揮していた。
しかしそれも限界があり
飢饉や自然災害などは、どうしようもない様だ。
これには、備蓄計画や避難計画なども必要だろう。
ある日、父から呼び出しを受けた。
「お前ももうすぐ5歳になる。
そろそろ武術を習練していく歳だ。
今日より簡単な剣と格闘術を始める」
屋敷の習練場は二つに分かれる。
大勢の領兵で行う野外習練場と
魔法や特殊な技術を習練する屋内習練場だ。
屋内習練場で木剣を持ち父と向き合う。
基本などは無く、実践から入るスタイルで
なんでもありの試合形式だ。
「かかってきなさい」と父が言うので
前世の武道経験を活かし、間合すれすれまで接近し
父の斬撃を見切ると同時に、横なぎに切りかかる。
その速度に、驚いたように剣を受ける父。
腕力がない為、撃ち負けて剣が弾かれる。
さらに深く踏み込み、下から切り上げる。
父の剣を遅く感じた。
瞬間、剣を上からたたき落とし
父の剣を持つ腕を肘で抑えながら、喉元に剣先を突き付ける。
杖術に付随する、内田流短剣術の応用業だ。
「参った!・・・・・いつの間にその様な剣技を・・・」
顔面蒼白になりながらも、嬉しそうにしている。
「しかし父上、もう一度といわれれば勝てないでしょう。
父上の油断に付け込んだだけですから」
「いや、そんなことはない。
今の速い体裁きは、実戦でも十分通用するだろう。
これでも私は若いころ、中央の武道大会で上位にいたのだから」
どこまでも子煩悩な父が、息子を眩しそうに見ていた。
「本日は疲れてしまいましたので
失礼したいのですが」
「4、5歳の体力ではこれまでのようだな。
よく動いたと思うぞ!」
実は、まだまだ体力の余裕はあるのだが
やはり「すばしっこい子供のふり」は重要だ。
不信を持たれてしまうと、後々やりにくくなる。
実践では、魔法で補助するつもりなので
こんな危ないことはしないだろう。
絶対に切られない模擬戦と
切られたら命がない実践では、真剣度が違うからね・・・
食後、酒を飲みながら寛ぐ夫婦
「ナイトの剣技は、誰に倣ったでもないのに底がみえん。
今度、王都の剣術道場にでも入れてみるか?」
少し赤みが射した顔で
真剣に4歳の子供を心配する父、サマン。
対して、こちらも真剣な表情で答える母、ロディ。
「ナイトは、将来あなたの後を継いで
この男爵領を背負っていくのですから、学問も必要です。
王都の貴族学院の方が、良くありませんか?」
少し顔を顰めながら、さらに心配する父サマン
「貴族学院では男爵位は最底辺
つらい思いをするのではないだろうか?」
心配性の夫に、にっこり微笑みながら
「でも、卒業すれば貴族社会での付き合いがありますし、いずれ経験することでしょう。
今のうちに、学院で友人を作っていった方が
あの子の為に、なるのでは?」
将来、学院に「とんでもナイト」を入学させ
学院長以下教師陣を苦悩させることになる
夫婦の会話が交わされていた。
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図書室でのお勉強・・・・・・ルシエルとのお勉強
男爵家とは思えない、立派な図書室。
子爵家に相当する蔵書を誇る。
母親のロディが持つ高い知力により
宝石や服より本を求めた結果の、大きな図書室で
二人の勉強が始まった。
「では坊ちゃま、書き取りの勉強を始めましょう」
「あ、もう読み書きは良いよ。ほかの勉強をしよう」
「だめです!
きちんと読み書きができないと、将来困りますよ。
坊ちゃまは、将来領地を動かしていくのですから」
「いや、読み書きはもう出来るから」
ルシエルは顔を顰めながら
「坊ちゃまがお生まれになってから
一日も欠かさずお仕えしてきましたが
文字と接したことはありませんよね。
ごまかしは通用しませんよ」
ルシエルのしかめっ面に、にっこりと笑い
「じゃあ、この本を読んであげる。
そして良かったら感想文を書くよ」
難しい宗教の本を取り、ルシエルに渡す。
「こんな難しい本、私でも読めませんよ。
一体どうしたんです?」
本を音読し始めると、
ルシエルは魔力を通した時の様に、目を見開いた。
「どうして?・・・・・どうやって文字を習得されたのですか?」
「夢で見たんだ。夢の中の話だよ。
書くことも夢で教わった」
勉強のために用意した紙に
すらすらと自分の名前を書くナイト。
「私より上手な字・・・・
これでは私が教えることがありません。
私は、坊ちゃまの家庭教師を首になります」
魔力の時以上に、愕然とするルシエル。
にっこり微笑むナイトは、諭すように続けた。
「ルシエルをやめさせるつもりなんて、無いよ!
本当は、ルシエルの教育をしたいんだ。
周りには、
僕がルシエルに教えてもらっていることにして
僕の指導を受けてみないか?
魔法のコツを、ルシエルに教えたみたいにね」
さらに大きく目を見開き、口まで開けて驚くルシエル。
足も一歩後ろへよろけた。
「わかりました。
坊ちゃんがそれで良いならお願いします」
深々と頭を下げた。
そしてルシエルへの
この世のものならぬ指導が始まった。
デビュー作です。ナイトの家族と待女の話から次回は、8歳になったナイト。剣士として冒険者に登録。ギルドで「暁」を名乗る冒険者パーティーを紹介され冒険を始めます。