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7:侵入者

 買い物を終えた二人が屋敷の門を潜ると、何やら妙に騒がしく、騎士達が次々と庭の方へ駆けていっていた。


「……何事だろう?」


 二人は顔を見合わせ、それから怪訝に思いながら庭の方へ視線を投じた。

 この場所から庭の様子は窺えないが、騎士達が集まっているようだ。


 と、丁度其処へサイファが通り掛った。

 彼もまた庭へ向かおうとしていたようだが、レシリスが遠慮気味に呼び止める。


「サイファさん、何かあったんですか?」


 彼は足を止めて二人を一瞥する。


「部外者が突然乗り込んできて、庭で稽古していた一番隊に手合わせを申し込んできたらしいんだ」

「えっ?」


 ギルファが驚いた表情を浮かべる。サイファは複雑そうな顔で続けた。


「ディアがいるから大丈夫だと思うけど、何か問題が起きたら厄介だから、僕も呼ばれてね。それに、ディアは今日忙しいからね。できるだけ手短に終わらせてあげないと。ヴィゼは見回りで出ちゃってるし……」


 おそらくそれはガルウィスが言っていた報告書の事だろう。

 明日までに国王に提出すると言っていたのだから、本来ならそんな部外者を相手にしている暇はないはずだ。


「そうですか……あの、大丈夫なんですか?」


 レシリスが問うと、サイファは安心させるように柔らかく微笑んだ。


「大丈夫だよ。万一戦いになっても、ディアが負ける訳ないから。でも、もし気になるならレシリスもギルファと一緒に庭に来ると良い。夕飯の支度ならまだ時間があるだろう?」

「解りました」


 レシリスはそう返事をすると軽く一礼し、ギルファと共に足早に台所へ向かった。


 大量の食材が入ったかごを置いて二人が庭に出ると、騎士達が取り囲むようにしている中心に三人の人影が見えた。

 そのうち二人はディアレスとサイファだが、もう一人は見た事のない吊り目の青年だった。


 淡い金髪と藍色の瞳が印象的なその青年に、周りの騎士達が警戒心を剥き出しにした眼差しを投げ付けているが、当の本人はそれを全く気にした様子もなく、不敵な表情でディアレスとサイファを見据えている。


 レシリス達が輪の方へ近付くと、それに気付いた見習い騎士数人が此方を振り返った。


「今どういう状況?」


 ギルファが尋ねると、ゼオンが深刻な様子で答えてくれた。


「あの男が突然手合わせを申し込んできたんだが、いくら断っても退かないんだ」

「手合わせはしないの?」


 レシリスが問うと、ギルファが困ったように眉を下げた。


「《白》には、一般市民相手には絶対に剣を抜いちゃいけないっていう決まりがあるから、例え屋敷に侵入されたり、挑発されたりしても相手にしちゃいけないんだ」

「……なるほど、だからお二人とも困った顔をしてるのね」


 納得して頷くと、レシリスはディアレスとサイファに目を向けた。


 罪のない一般市民がどんなに手合わせを願い出ても、それを相手にしてはいけない。それ故、力にものを言わせて追い返す事もできないのだ。

 困り果てた様子のディアレスとサイファに、レシリスは意を決すると、輪の中心へ足を踏み出した。


「レ、レシリスっ!」


 ギルファが制止の声を上げたが、レシリスはそのまま二人の隊長へ歩み寄る。


「レシリス?」


 二人が驚いた顔で振り返る。レシリスはにっこりと微笑んでみせた。


「手合わせを申し込まれて、困ってらっしゃるんですよね」

「あ、ああ……」

「なら、私がお相手しますよ」


 レシリスが申し出ると、ディアレスとサイファが顔を見合わせ、手合わせを申し込んできた張本人と周りに佇む騎士達が、揃って間の抜けた声を上げた。


「……は?」

「王立騎士団《白》は一般市民相手に剣を抜いてはいけない。でも、私は《白》の騎士ではありません。私が戦う分には問題ないでしょう?」

「でも女の子に戦わせる訳には……」

「テメェ、俺を馬鹿にしてんのか?」


 サイファの言葉を遮り、青年が強い口調で言い放つ。

 それに対して、レシリスは唇を吊り上げた。相手が挑発に乗れば、こっちのものだ。


「馬鹿になんてしてませんよ。ただ、私がお相手すると言っているだけです。もし私が勝ったら大人しく帰ってもらいますけど、貴方が私を少しでも斬れば、《白》が貴方の相手をする()()ができます……悪くない話しでしょう?」

「……テメェ、いい度胸だな」


 青年が腰の剣に手を宛がう。レシリスも己の剣を引き抜いた。


「レシリス……!」


 サイファが咎めるような声を上げたが、レシリスは微笑みを湛えたまま言い切った。


「大丈夫です。もし何か問題があるなら、後で私を処分して下さい。それなら、騎士の皆さんの迷惑にはなりませんよね」


 《白》に所属する騎士が、罪のない一般人相手に剣を抜くと問題だが、使用人であるレシリスなら剣を抜いても問題ない。使用人が勝手にやった事ならば、世間から咎める声は少ないだろう。


 ただ問題があるとすれば、女であるレシリスが剣を抜いて戦う所を、騎士達が黙って見ているという状況だろう。これでは騎士達が自らの保身のために女を戦わせていると思われても仕方ない。


「……どうするの? ディア」


 サイファが隣に立つディアレスを見る。

 彼はレシリスと青年を見比べ、諦めたように溜め息をついた。


「……もう何を言っても無駄だろう」


 レシリスと青年は、既に戦う気満々だ。これに口を挟んだとしても、ディアレス自身が剣を抜く事ができない以上、話は拗れるだけである。


「レシリスの剣の腕は確かだ……問題ないだろう」

「女の子が僕達の代わりに戦うのを、黙って見てろって言うの?」


 サイファが、容姿に似合わず低い声で尋ねる。今にも彼自身が剣を抜いて青年に戦いを挑みそうな勢いだ。

 それを察しながら、ディアレスは腕を組んで淡々と答える。


「……俺個人の見解では、レシリスは一番隊員……いや、お前と同等かそれ以上の腕だ。それほどの剣士を女の子扱いするのは失礼だと思うぞ」

「……本気で、僕よりレシリスの方が強いかもしれないって言うの?」


 信じられないと如実に顔に出して聞き返すが、ディアレスは答えなかった。


 と、そんな二人のやり取りをよそに、青年がレシリスに向け殺気を帯びた声音で言い放った。


「……手加減はしねぇ。命乞いなら今のうちだぞ」

「命乞いなんてするくらいなら、この命、この場で散らした方がよっぽどマシです」


 挑発に対してレシリスは強気に微笑む。その言葉に、青年は表情を消した。



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