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5:見習い騎士の仲間達

 レシリスが台所に着くと、先程紹介されたギルファと、二人の少年が慌しく動き回っていた。


「あっ! レシリスさん!」


 レシリスに気付いたギルファが、湯気の立ち昇る大鍋を抱えて振り返った。


 声を掛けづらい雰囲気の中、気付いてもらえた事にほっとして、レシリスは表情を緩める。


 レシリスは男嫌いだが、まだ幼さが残る笑顔のギルファには、苦手意識を全く感じなかった。


 紳士的なヴィゼットや穏やかな物腰と女性的な風貌のサイファに対しては、大丈夫だと頭で理解していても、やはり何処かで男である意識が働いてしまい、無意識のうちに緊張してしまうのだ。


 そんな中でギルファの存在は、かなり心の救いだった。


「昼食の仕度を手伝いに来たんですけど……」

「ありがとうございます。じゃあ、そのお皿を一緒に運んでもらえますか?」


 目で示された場所には、山積みの平皿が置かれている。レシリスは頷いてそれを持ち上げた。


「こっちです」


 レシリスを待って、ギルファは台所を出た。廊下を挟んで向かいの部屋に入ると、壁際に置かれたテーブルに大鍋を下ろす。


 其処は大広間のようで、長いテーブルが二つ、平行に置かれている。ざっと見ただけで四十人くらいは入れそうだ。


「お皿は其処に置いて下さい」

「解りました」


 指示された場所に皿を置く。それから、レシリスはギルファが置いた大鍋に視線を移した。


「これで、何人分ですか?」


 鍋に入っているスープの量を見て首を傾げる。両腕で抱えられるほどの大きさの鍋にたっぷりと入ってはいるが、食べ盛りの青少年六十四人分あるようにはとても見えない。


「これは三番隊の分で、二十一人前です。一度に全員が食事をすると見張りとかいなくなってしまうので、隊毎に分かれて順番に食事を摂るんです。今日は三番隊、二番隊、一番隊の順番です」

「そっか、交代制なんですね。でも、皆さんはいつ食事を摂るんですか?」

「僕達見習いは最後です。レシリスさんも、良ければ僕達と一緒にどうぞ」

「はい、ありがとうございます……ところで、私の事はレシリスと呼び捨てで構いませんよ。ギルファさんは見習いと言っても騎士の立場なんですから……」


 レシリスがそう切り出すと、彼は一瞬驚いたような顔をして、それからはにかむように微笑んだ。


「じゃあ、そうするね」

「はい」

「でも、レシリスも僕に敬語を使う必要はないよ。僕は此処の一番下っ端だから、敬語を使われるのに慣れてなくて……それに僕は十五歳で、レシリスより年下だと思うし、気楽に接してくれると嬉しいんだけど……」


 照れた様子でそう言う彼に、レシリスも釣られるようにして笑みを零した。


「……解った。じゃあ、お互い敬語はなしね」

「うん」


 笑顔で顔を見合わせ、頷き合うと、二人は昼食の仕度を再会した。


 他の見習い騎士との挨拶もそこそこに、怒涛の忙しさで騎士全員の昼食が終わる。


 見習い騎士達と共に昼食を摂り、その後も洗濯と掃除に追われ、あっという間に日が傾き始める時間となった。


 これから夕食の支度という事で台所に移動するレシリスとギルファだが、初めての仕事で心身共に疲弊した彼女の口から、無意識に溜め息が零れ出る。


「……疲れた?」


 レシリスの顔を覗き込んで、心配そうに見つめてくるギルファに、彼女は少し無理に口角を上げた。


「ううん、大丈夫。六十人分以上の家事なんて初めてだから、ちょっと大変だったけど、これくらいでへこたれないわ」


 心配してくれてありがとう、そう付け足すと、ギルファは安堵したように息を吐き出した。


「良かった。でも、無理はしないでね」

「うん、ありがとう」


 レシリスが笑顔で頷くと、彼は壁際に置かれていた大きなかごを二つ手に取り、一つをレシリスに差し出した。


「じゃあ、夕飯の買い出しに行こうか。市場は此処から近いからすぐ行けるけど、一人で出歩かないようにって言われてるから、レシリスも気を付けてね」

「それって、《紅》に狙われるから?」


 レシリスがかごを受け取りながら尋ねると、ギルファは僅かに苦い笑みを浮かべた。


「うん。下っ端の騎士は弱くて人質に丁度良いから狙われやすいんだって。だから護身用の剣は何処へ行くにも持って出ろって言われてるんだ。レシリスも剣を持ってるなら、外へ行く時は忘れずにね……まぁ、僕の場合は剣を持っていても、弱すぎてあまり意味がないんだけどね」


 自嘲気味に笑うギルファ。実際一番の新入りである見習い騎士では、剣を持った所でたかが知れているだろう。


「まぁ、狙われる事から一人で出ちゃダメって言われても、結局六十人分以上の食材なんて一人じゃとても持ちきれなから、どのみち二人以上で行く事になるんだけどね」


 確かに、食べ盛りの青少年が六十四人も集う集団の食事となると、食材だけでもかなりの量になるだろう。

 ギルファ達が作った昼食の量を思い出して、レシリスは小さく笑って頷いた。


「確かに、六十四人の男の人が食べる量って、半端じゃないわよね……」

「だから買い物にも時間が掛かっちゃうんだ……今日も、ちょっと急いだ方が良いかも」


 言いながら、彼は僅かに歩調を速める。

 それから二人は、市場でかごに溢れんばかりの食材を買い、大急ぎで屋敷へ戻った。


 台所に戻ると、既に見習い騎士二人が作業を始めていた。レシリス達が買って来た食材を渡すと、早速野菜の皮を剥き始める。


 レシリスとギルファも作業に参加し、何とか時間に間に合わせた。


 また各隊が食事を済ませ、レシリスが見習い騎士達と共に夕食にありつく頃には、すっかりへとへとの状態だった。


「……レシリス、初めての仕事はどうだった?」


 共に昼食夕食を作った見習い騎士の一人、ゼオンが食べる手を止めてレシリスを見た。他の見習い騎士達も、興味深げに彼女へ視線を向ける。


 調理をしたり掃除をしたりしているうちに、自分とほぼ同年代である見習い騎士の面々とすっかり打ち解けたレシリスは、身体はどうしようもなく疲れていたが、にっこりと笑みを浮かべた。


「こんな大勢の人の料理を作ったりしたのは初めてだから、正直戸惑う事が多かったけど、私が一人で仕事をこなせるようになれば、皆の稽古の時間が増えるから、頑張ろうって改めて思ったわ」


 それを受けて、見習い騎士達は皆ほっとした様子で表情を緩めた。


(皆気遣ってくれて、優しい人ばかり……これなら、男の人ばかりでもやっていけそう)


 自分が苦手で嫌いだと思っていたのは、あくまで柄の悪い男だったのだと改めて思いながら、彼女は食事を続けた。


 そうして、宿舎に滞在している騎士全員の食事が終わり、レシリスは見習い騎士達と共に食器の後片付けに取り掛かった。


 六十五人分の食器と大きな鍋などを洗う作業は、不慣れな彼女にとって思いの外重労働で、全てが片付け終わると凄まじく疲れ果てた顔で自室へ向かう事となった。


(……早くお風呂に入って、早めに寝よう……)


 元々貴族が使用していた屋敷をそのまま宿舎にしているとの事で、大きな大浴場の他に使用人用の小さな風呂場とトイレがレシリスの部屋の先の左に折れた廊下にあるのだという。

 男所帯に入り込んだ唯一の女であるレシリスにとって、風呂やトイレが別であるのは大いにありがたかった。


 しかもこの屋敷のすぐ近くで温泉が湧き出たため、そのお湯を引いているとかで、いつでも熱々のお風呂に入れるというのだから、かなりの贅沢だ。


 レシリスは使用人用にしては随分広い風呂で、充分贅沢な湯浴みを済ませると、倒れ込むようにベッドに潜り込んだ。


 初めての仕事で疲労困憊の状態であった彼女は、あっという間に深い眠りに落ちていった。

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