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4:手合わせ

 レシリスは、ディアレスの目を見て口を開いた。


「よろしくお願いします」


 笑みを湛えた表情で告げると、ディアレスはレシリスの構えを分析しながら頷いた。


「……先手はくれてやる」


 その言葉に、彼女は一呼吸置いてから地を蹴り、真正面から斬り掛かった。ディアレスは剣を軽く振るってそれを受け止める。


 しかし、彼が予想していたような手応えはなく、するりと剣の上を撫でられるような感覚だけが手に伝わった。


「……っ?」


 一瞬後、レシリスの剣はディアレスの右側に大きく振り被られていた。そのまま、横一文字に薙ぎ払われる。


 確かに真正面から斬り掛かられ、それを受け止めたはずなのに、彼女の剣は一瞬にして移動していた。

 その事に、ディアレスは驚きを隠せなかった。


 しかし不意を衝かれたとはいえ、それで次の攻撃をまともに喰らうほど、彼とて力量不足ではない。


 動揺した心を即座に静め、足を退いて攻撃を交わすと、今度は彼が斜めに剣を振り下ろす。レシリスは振り払った剣をそのまま頭上へ上げ、彼の攻撃を受け止めた。


 ディアレスもサイファも、そのように思った。

 誰の目から見ても、彼女の剣はディアレスのそれをしっかり受け止めたように映ったのだ。


 ディアレス自身も、振るった自らの剣が彼女の剣にぶつかった感触を確かに感じた。


 しかし、瞬きを一回しただけの間に、彼女の剣は鮮やかに流れ、ディアレスの剣は宙を斬った。

 彼女の剣はまた一瞬で移動し、彼めがけて大きく上に振り被られる。


「なっ!」


 これにはディアレスも、驚愕のあまり動きが止まる。

 傍で眺めていたサイファも、レシリスの剣の流れに絶句していた。


 そのまま、レシリスがディアレス目掛けて剣を振り下ろそうとする。

 が、不意にはっとした表情になり、手が一瞬止まる。


 一番隊の隊長であるディアレスがそれを見逃すはずもなく、ほんの僅かに生じた彼女の隙に、己の剣で彼女の剣を弾き飛ばした。


「っ!」


 少し離れた場所に彼女の剣が音を立てて転がる。


「……流石ですね」


 レシリスは僅かに弾んだ息を整えながら剣に歩み寄り、それを拾い上げた。ディアレスはただ無表情に、彼女を見ている。

 まるで観察しているような眼差しだ。


「……我流か?」


 しばしの沈黙の後、彼が短くそう尋ねると、レシリスは苦笑しながら答えた。


「ええ。女である私が、真正面から剣の勝負をしても、男性には勝てませんから……でも、流石は隊長さんですね。こんな風に剣を弾き飛ばされたのは初めてです」

「……お前、今……」


 何か思うように口を開きかけたディアレスを遮るように、レシリスは早口に言う。


「負けてしまいましたが、これで私が自分の身を自分で護れる程度の力はあると、解って頂けましたか?」


 笑顔で尋ねる彼女に、ディアレスは思案するように一瞬沈黙し、それから小さく頷いた。


「……そうだな。戦い方によっては、一番隊の騎士に匹敵するほどの使い手である事は確かだ……先程の言葉は撤回しよう。すまなかったな」


 納得してくれた様子の彼に、レシリスは満足げに微笑んだ。

 第一印象では苦手だと思ったが、あれほど真面目で頑なな様子を見せていた彼が、前言を撤回して自分を認めてくれたと思うと、それはとても嬉しかった。


(第二印象は、意外と怖くない人で決まりね……)


 内心そんな風に思いながら、レシリスは剣を鞘に戻した。それを受けてディアレスも剣を収める。


 そこでようやく、ただ二人のやり取りを見守っていたサイファが、呆然と呟いた。


「……ディアがあそこまで押されて、前言撤回するなんて……」


 今までに見た事がない同胞の姿に、彼はただ感嘆していた。

 そんな彼を、レシリスは思い出したように振り返る。


「すみません、お時間を取らせてしまいましたよね……」

「いや、大丈夫だよ。面白いものも見れたしね」


 小さく首を横に振り、悪戯っぽい笑みを浮かべたサイファに、レシリスはきょとんと聞き返す。


「面白いもの?」

「そう、とってもね」


 彼はにこにこと笑って、それ以上は答えない。

 その意味深な微笑みにレシリスはただ首を傾げたが、これ以上尋ねても答えてくれそうにないので、諦めて話題を変える。


「……あの、もう私は仕事に入った方が良いですよね?」

「ああ、そうだね。今日は初めてだし、ギルファに指示を仰ぐと良い。まぁ、ギルファも新人だから、あまり頼りにならないだろうけどね」


 少し苦笑してそう答えたサイファに頷くと、レシリスは二人の隊長に一礼して屋敷内へ戻っていった。


 彼女の姿が屋敷へ消えた頃、ディアレスが静かに口を開いた。


「……お前は、今の剣の流れを、どう見た?」


 その質問に、サイファは思案するように視線を落とす。


「……不思議な剣術だったね。ディアの剣を受け止めたと思った瞬間には、剣は頭上に振り被られていた……」


「大した使い手だ……彼奴が最後の一瞬に躊躇いを見せていなかったら、俺が危なかっただろう……」


 感慨深げに呟かれた言葉に、サイファは眉を顰める。

 彼から見る限り、先程の手合わせの中に、躊躇いなど微塵も感じられなかったのだ。


「躊躇い?」

「振り被った剣が止まった一瞬、目に躊躇いの色が浮かんでいた……」

「そうは見えなかったけど……」

「……あくまで、俺の憶測だ」


 とにかく只者ではない事は確かだと、そう呟き、ディアレスは身を翻して庭を去っていった。

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