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3:一番隊長

 レシリスが少し間を空けてサイファの後ろを歩いていくと、彼は長い廊下の奥で立ち止まった。

 その先は左に折れ三つほど部屋があるようだが、左には曲がらず、彼は右側のドアを開けた。


「此処が君の部屋だよ。自由に使って良いから」


 レシリスが部屋に足を踏み入れる。広くはないが想像していたよりもずっと綺麗な部屋だった。


「はい、ありがとうございます」


 がらんとした部屋にはベッドが一つと、書き物机が置かれていた。窓から差し込む日の光が優しく降り注ぎ、白い壁が部屋を明るく引き立てている。

 玄関ホールや応接室などの装飾に比べれば随分質素な部屋だが、レシリス一人が寝泊りするには充分だ。部屋が豪華すぎても落ち着かないので丁度良いだろう。


 最小限の荷物しか持っていなかったレシリスは、小さな革の袋を机に置いた。それを確認したサイファが口を開く。


「じゃあ、次は台所だね。ついでに仕事の流れも説明するから」

「はい、お願いします」


 二人は再び廊下を歩き出した。

 入り組んだ屋敷内を進んだ先に広々とした台所があり、足を踏み入れるなり、サイファはきょろきょろと辺りを見回し、声を上げた。


「ギルファ!」


 すると台所の奥の扉が開き、其処から一人の少年が顔を出した。

 金髪碧眼で、レシリスより少し年下に見える。彼はサイファとレシリスを見て小走りに近寄ってきた。


「は、はいっ!」


 レシリスとほぼ同じくらいの背丈で、まだ幼さを残した顔立ちの少年だ。

 小動物を思わせるつぶらな瞳を向けてくる彼に、レシリスは何となく癒される心地がした。


「この人が、今日から使用人として働く事になった……」

「レシリス・ブラインです。よろしく」


 促されて名乗ると、少年は満面の笑みを浮かべた。


「ギルファ・ウィルエットです。よろしくお願いします」

「ウィルエット?」


 確かサイファのファミリーネームもウィルエットだったはずだ。そう思いながら振り返ると、彼は何処となく照れたような笑みを浮かべて頷いた。


「僕の弟なんだ。新入りで、剣術の稽古以外は家事が仕事だから遠慮なく手伝わせて構わないよ。他にも見習い騎士はいるから、色々分担しながら手伝ってもらうと良い。って言っても、最初はレシリスが彼らを手伝いながら仕事を覚えていく事になるけど」


 そう言われてギルファを見れば、彼は元気な笑顔で頷いた。


「はい! 何でも言って下さい! 稽古の時間以外でしたら、何でもやりますから!」

「解りました。お願いします」


 レシリスが笑顔で頷いたのを確認して、サイファは案内を再開するため、身を翻した。しかし台所を出ようとした所で、何かを思い出したように振り替える。


「ああ、そうだ。ギルファ、レシリスには今日から仕事に入ってもらうけど、色々案内とか説明をしてくるから、昼食の仕度は進めておくようにね」

「うん、あっ! はいっ!」


 まだ兄に対する言葉遣いに慣れぬ様子で言い直した弟に、サイファは軽く苦笑しながら頷き、台所を後にしたのだった。


 それから屋敷内を一周し、サイファはレシリスがすべき仕事内容について簡単に説明してくれた。


 そして最後に、広い庭へと降りていく。


「いつも此処で剣の稽古をしているんだ」


 とは言うものの、だだっ広い庭には誰もおらず、しんと静まり返っている。


「今は見回りと休憩で誰もいないけど、もう少ししたら二番隊の稽古が始まるよ」


 レシリスの考えを読んだように付け加えると、サイファは改めて彼女に向き直った。


「……って事で、これで一通り説明終わりなんだけど……」


 言いながら、サイファは視線を滑らせる。門の方へ向けられたそれが、何かを見つけて柔らかく細められた。


「ふふ、ナイスタイミングだね」


 レシリスが彼の視線を追うと、門の方から白銀の鎧を纏った青年が此方へ向かってきていた。


 兜は被っておらず、近付くにつれ青年の表情がはっきり見えてくる。


 短めの黒い髪と空のように澄んだ蒼の瞳が印象的な青年だ。整った面立ちだが、なんだか不機嫌そうな表情が浮かんでいて、とても友好的には見えない。


 ガルウィスが放つ冷淡な威厳とはまた別の、他人を寄せ付けないような雰囲気を醸していて、レシリスは第一印象で彼を苦手だと判断した。


「……新しく来た使用人か?」


 彼はレシリスの前まで来ると、品定めするような目を彼女に向けた。その眼差しに彼女は思わず息を呑む。


「は、はい。レシリス・ブラインと申します」


 咄嗟に頭を下げた彼女に、彼は小さく頷いて自らも名乗った。


「ディアレス・クラウンだ」

「さっき話した一番隊の隊長だよ」


 サイファがそう付け足すと、ディアレスは不愉快そうに目を細め、彼に視線を移した。


「また人の事を鬼だとか言ったのか?」

「鬼とは言ってないけど、前の使用人を辞めさせた厳しい隊長だって話してたんだ」


 悪戯っぽく笑うサイファに、ディアレスは心外そうに眉を寄せる。


「あれは使用人として来ているくせに、無駄話ばかりで仕事を滞らせ、挙句見習い騎士達にほとんどの仕事をさせていたから……」

「最初は慣れてないんだからしょうがないよ。ディアは厳しすぎ。それで次から次へと辞めちゃって、結局見習い騎士だけで仕事が回せなくなって、僕達まで食事や掃除や洗濯を代わる代わるやってたんじゃ、意味がないだろう?」


 女性的な物腰で穏やかな風貌の青年が、見るからに厳しそうな青年を窘めるその様子に何だか違和感を覚えるが、笑っていいような場面でもないので、レシリスは黙って二人のやり取りを見守った。


「とにかく、あんまり厳しくしちゃダメだよ。それに、いつまでもそんなんじゃ、恋人もできないよ?」


 軽口を叩くように小言を締め括ったサイファだが、それに対しディアレスは憮然とした顔で言い放った。


「戦場に立つ騎士として、そんなものは必要ない」


 その言葉に、サイファが大袈裟に驚いた顔をする。


「え? ディア、女の子に興味ないの?」

「今はそれどころじゃないと言っている。一番隊の隊長を冠する以上、その名に恥じぬよう常に心を静めていなければならない。恋だの愛だのと、心を浮つかせている暇は微塵もない」

「……本当に真面目だね」


 若干呆れた風情でサイファが呟くと、ディアレスは面倒臭そうに溜め息をついた。


「大体、女は男に仕事をさせておいて、護ってもらう事が当然だと思っている……そんな甘ったれた女など不要だ」


 と、その女性全部を馬鹿にするような言葉に、レシリスは思わず反論した。


「全ての女がそうとは限らないじゃないですか。私は男の人だけに仕事をさせるつもりはありませんし、男の人に護ってもらおうとも思っていません。自分の身くらい自分で護ります」


 レシリスは強気に言い切った。


 実際この世の女は、男に稼がせ、更に護られる事が当然だと思っている者は多いだろう。しかしレシリスは今まで、一度として男に護ってもらおうなどと考えた事はない。それなのに、全ての女を一括りにして馬鹿にされた事が、悔しかった。


 突然態度が変わったように口を開いた彼女に、ディアレスは一瞬眉を上げたが、その後フッと微笑んだ。

 まるで面白いものを見つけたかのような微笑みだ。


「随分な自信だな……《白》の一番隊長の俺に対して其処まで宣言するとは、さぞかし腕に覚えもあるんだろう?」


 ディアレスの瞳は、真っ直ぐにレシリスを見つめている。

 試すようなその眼差しに、彼女は腰の剣に手を添えた。荷物は部屋に置いてきたが、つい癖で帯剣したままだったのだ。


「そう思われるのなら、試してみますか?」

「……面白い」


 ディアレスはゆったりとした動作で、腰の剣を引き抜いた。透き通るような蒼の刀身が、太陽の光を受けて鋭く輝く。


(……あの剣、魔剣だわ)


 レシリスはそう直感した。剣から感じられる気配が、自分の持つそれと非常に似ているのだ。


 と、対峙する二人の間に、サイファが慌てて入ってきた。


「ちょ、ちょっと! ディア! まさか女の子相手に剣を振るうのっ?」

「命を懸けた勝負ではない。これは隊内の手合わせ、つまり稽古だ」


 至って冷静に答えたディアレスに、サイファはますます色を失う。


「で、でも、総団長も女相手に手合わせを願い出るなって……!」

「俺から手合わせを願い出た訳じゃない。それに実力を見るためならば、女相手に剣を抜いても問題ないだろう。使用人なら今後外へ買い物に出る事は多い。俺がその実力を知っておくのは、悪い事ではないはずだ」


 そう言い置いて、彼は再びレシリスに目を向ける。

 無言で促され、彼女はそれに応じて剣を引き抜いた。淡い金色にも見える細身の刀身が、眩い煌めきを放つ。


「……魔剣か」


 ディアレスが目を細めて呟く。ガルウィス同様見ただけでそれを見破った彼に、レシリスは僅かに笑みを浮かべた。


「ええ。貴方の剣も、魔剣ですね」

「ああ。だが、今回はお前の剣の腕を見るための手合わせだ。魔剣の力は使わない」

「解ってます。私も、純粋な剣術を見て頂きたいですから」


 レシリスはゆっくりと剣を構える。

 直立した状態で左足を僅かに下げ、剣の切っ先を右斜め下に向ける。それは今まで多くの敵と戦ってきたディアレスでも、見た事のない構えだった。



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