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終:通じた想い

 サイファの部屋は屋敷の三階、レシリスは一階なので、まずは階段を下りる。


 顔は依然として熱いままだ。


 このまま部屋に戻って大丈夫だろうか。一度顔を洗って冷やした方が良いだろうか、

 そんな埒もない事を考える。


 しかし一階まで下りきった時、不意に、足を止めた。


 聞き慣れたあの音―――剣が風を切るような音が聞こえた気がしたのだ。


 夕食の後は、基本的に見張りと見回り以外の者は自室で休んでいる。こんな時間に剣を振るう音が聞こえる事はないはずだ。


 怪訝に思い、レシリスは廊下の窓から外を眺め、音の正体を探した。

 しかし既に闇に覆われている外は、屋敷内からはよく見えない。


 気のせいだろう。そう思いながらも、レシリスは何かに誘われるように、踵を返して外へ向かった。


 一瞬しか聞こえなかったその音は、外へ出るとはっきりと聞こえてきた。


 その音を辿る。気付くと、足は庭へ向かっていた。


 誰かいるのだろうか。

 庭へ出た瞬間、その音の正体を見つけ、驚きに目を瞠った。


「……ディアレスさん……」


 月明かりの下、一心不乱に剣を振るう彼の姿があったのだ。


 どれだけそうしていたのか、額に滲んだ汗が、僅かな月明りできらきらと輝いている。


 蒼い影を纏う剣を、何度も何度も振り翳す、そのあまりに真剣な横顔に、邪魔をしてはいけない気がして、レシリスは声を掛けるのを躊躇った。


「……レシリス?」


 気配を感じたらしいディアレスが手を止めて振り返った。


「すみません。お邪魔、ですよね?」

「いや、丁度切り上げようと思ったところだ」


 言いながら剣を鞘に収め、ディアレスはレシリスに歩み寄ってくる。


「さっき、サイファさんが探していましたよ。明日、ガルウィスさんが皆さんに話をする前に、サイファさんと一緒に書斎に来てほしいそうです」

「ああ、そうか。解った。ありがとう」


 サイファからの用件を伝えたところで、レシリスは彼の剣に目を留めた。


「……こんな時間に、稽古ですか?」


 ディアレスはその言葉に、僅かに苦笑した。


「いてもたってもいられなくてな」

「え?」


 訳が解らず聞き返したレシリスに、ディアレスは小さく咳払いする。


「今回はお前に助けられたが、王立騎士団《白》の一番隊長を冠する者として、それではいけないからな」


 一番隊の隊長は、騎士団長に次いで騎士達のトップに立つ存在だ。

 そんな彼が、敵に背後を取られて年下の少女に助けられたというのは、あるまじき失態であろう。


 それを思って、レシリスはしゅんと肩を落とした。


「すみません、私が差し出た真似を……それに、結局《紅》を捕らえられませんでしたし」

「いや、お前のせいじゃない。それに、今回は確かに《紅》を逃した事になるが、実際、あの男のおかげで、俺はお前に出逢えたんだ。だから俺は、そういう意味であの男には感謝している」


 穏やかに放たれたその言葉に、レシリスは驚いた顔で彼を見た。目が合ったディアレスは、わざとらしく咳払いする。

 どうやら照れた時の彼の癖らしい。


「お前は《白》にとって必要だ。そんなお前を《白》へ導いたあの男へは、感謝しなければならないからな。だが、これで貸し借りはなしだ。次に会ったら、その時は必ず捕える」


 誤魔化されたと感じつつも、レシリスは真剣な顔でしっかり頷く。


「はい……でも、あまり無理はしないでくださいね」

「無理はしない。だが、今のままではまだまだ強さが足りない。お前に助けられてばかりという訳にもいかないしな。これは、俺の問題だ」


 そっと手を伸ばし、彼女の頬に優しく触れる。


「それに、大切だと想う存在一人護れないのに、国の治安を護る事などできないだろう?」

「……え?」


 さらりと言い放たれた聞き流せない言葉に、レシリスは目を見開く。

 ディアレスは真っ直ぐに彼女を見つめたまま、言葉を紡いだ。


「俺は、お前を護りたい……護れる強さが欲しいと思っている」


 だからこうして夜中に剣を振るい、腕を磨いていたのだ。

 大事な人を、この手で護りたいと、願ったから。

 これほどまでに強さを渇望した事は、かつてない。


「正直、お前と出逢うまでは女なんて皆同じだと思っていた。恋も愛も、騎士には不要だと……まさかこんな風に他人を大切に想う日が来るとは夢にも思わなかった。昨日、お前を捜しに出た道でお前の魔剣を見つけた時、お前がいなくなる事、その笑顔が見られなくなる事を考え、震えが走るほど怖いと思った」


 彼の蒼の瞳に、切ない色が滲む。

 レシリスは、彼の眼差しから目が逸らせずに、言葉を聞いた。


「お前が生きていると解った時、心底安堵した。だが同時に、お前をあんな目に遭わせ、お前に触れた男共を八つ裂きにしてやりたいと、怒りを通り越すほどの衝動に駆られた……こんな感情は、生まれて初めてだ」

「ディアレスさん……っ」


 レシリスは言葉を詰まらせる。

 自分も同じ事を想っていた。


 今日、ディアレスを追い掛けながら、彼の優しい笑顔を見られなくなると考えただけで、身体が恐怖に震えたのだ。


 ディアレスにもう逢えないかもしれないという事が、あの男達に手籠めにされるという事より、ずっと怖いと思った。


 それを伝えようと口を開きかけたが、僅かに早くディアレスが言葉を発する。


「これほど強く、誰かを護りたいと想ったのは初めてだ。今までは、そんな感情は騎士として戦うのに邪魔にしかならないと思っていたが……今は、この感情が俺を強くすると思っている。だからこれから先、俺にお前を護らせてほしい」


 それを告げられたレシリスの瞳に、涙が滲む。

 それは恐怖ではなく、全く逆の意味の涙だった。

 彼が自分と同じ想いを抱え、同じ気持ちでいてくれた事が、嬉しくて仕方がない。


 しかしその涙を否定的な意味で捉えたのか、ディアレスは苦々しい笑みを浮かべ、彼女から手を放した。


「突然変な事を言ってすまない……俺はお前にこの感情を押し付けるつもりはない。ただ此処にいて、笑顔を絶やさずにいてくれればそれで良い。迷惑なら……」

「迷惑なんかじゃありませんっ!」


 彼の言葉を遮ったレシリスの瞳から、涙が遂に溢れ出した。

 止め処なく流れる涙をそのままに、蒼の瞳を見つめて己の想いを振り絞る。


「わ、私も、同じ気持ちです! ディアレスさんがいなくなるのは嫌です! だから、私にも貴方を護らせて下さい!」


 その言葉に、ディアレスは目を瞠ったが、すぐにふっと微笑んだ。

 まるで、蕾が花開く時を思わせる、とても優しく慈愛に満ちた表情だ。


 そして、レシリスをその腕に包み込む。


「―――ありがとう」


 突然抱きすくめられ、思わず身を硬くしたレシリスの耳に、嬉しそうな響きを帯びた声が届く。


「好きだ。これからも、傍にいてくれ」

「私で、良いんですか?」


 レシリスは、呆然と問う。


 まだ、彼の言葉が信じられなかった。

 自分が大事に想う人に、大切に想われているなんて、これ以上の幸せはない。


 全てを失ったような気持ちで故郷を出てきて、まさかこんな幸せを手にできるなんて、まるで夢心地だった。


 しかしこれが夢ではないと、彼の温もりが教えてくれている。


「お前しかいない」


 言葉と同時に力強く抱き込まれ、レシリスはおずおずとその背に手を回した。


「はいっ……お傍に、いさせて下さい。私も、貴方が好きです」


レシリスは涙声で答え、ディアレスの背に回した手に、ぎゅっと力を込めた。


 これから先、《紅》だけでなく様々な試練が二人に襲い掛かるだろう。


 しかし、互いを信じ合う二人の未来は、確かに繋がっている。

互いの心を感じながら抱き合う二人を、月明かりだけがそっと照らしていた。


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