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24:帰還

 帰る道すがら、レシリスは隣を歩くディアレスをちらりと見やった。


「あの、ディアレスさん、本当に傷は大丈夫なんですか?」

「ああ……大したものだ。完全に塞がっている」


 軽く傷があった箇所に触れる。剣に貫かれて破れた服の奥にある皮膚は、異常など一切ない。

 まるで剣に貫かれた事実などなかったかのようだ。


 レシリスは、一瞬尋ねようかどうか迷い、おずおずと切り出した。


「あの……あの人達を捕えなくて、良かったんですか?」


 男達はともかく、ジアルドは《紅》の頭だ。敵の大将を目の前にして逃すなど、傍から見ればそれは失態以外の何物でもないだろう。


 しかし、彼は小さく頷いた。


「ああ。お前だけでなく、今回は俺もサイファも助けられたんだ。その男をあの場で斬るのは、流石に礼儀に適っていない……それだけじゃなく、あの男自身の力もそうだが、魔剣もかなり強い力を放っていた。町中でそんな魔剣を用いた戦闘になったら大変な事になるからな。今回はこれが最良だと判断した」


 そう答えても、レシリスはまだ複雑そうな顔をしている。そんな彼女に、サイファが付け足すように口を開いた。


「それに、あの場であのジアルドって男に斬り掛かったとしても、向こうには無傷の魔剣士が五人もいたしね。流石にディアとレシリスと、怪我をした僕の三人じゃ勝ち目がない。無傷で退いて終われるなら、今回はそれが一番だよ」

「魔剣士が五人?」


 聞き流しそうになって、レシリスは目を瞬いた。

 ジアルドと、炎と雷の魔剣を使う二人は、目の当たりにしているので魔剣士だと判る。

 では、あと二人、アルクとヴィゼットも魔剣士なのだろうか。


「ヴィゼットは、隠していたけど魔剣士だったんだ……それも地属性の魔剣で、地割れに足を取られて身動きができなかった。それを助けてくれたのが、あのアルクって男の魔剣だったんだ」

「アルクも、魔剣士だったのね」


 知らなかったが、しかしそれは妙に納得ができた。


 《白》の屋敷に乗り込んで来た際に彼が携えていたのは、普通の剣だった。


 魔剣は、一般市民がおいそれと手にできるような代物ではない。もしあの時に魔剣を持ってきていたら、まず《紅》との関連を疑っていただろう。


「何の剣かまでは判らなかったけどね。それでも、相当の使い手なのは間違いないよ」


 サイファの言葉に、少々剣呑な響きが滲む。


 彼の魔剣はどんな剣なのだろうか。

 気になるが、しかしそれを知る時は、きっと再び剣を交える時だろう。 


「今後奴らと闘うのなら、こちらも魔剣士を増やさないと、対応しきれなくなるだろうね」


 最後の一言はディアレスに向けられていた。彼は真面目な顔で頷く。


「そうだな」

「……僕も、才能ないなんて諦めてないで、魔剣が使えるようにならなきゃ……」


 サイファの決意が聞こえた頃、丁度三人は屋敷に辿りついたのだった。


 屋敷に戻るや否や、レシリスはディアレスとサイファと共に、ヴィゼットの裏切りをガルウィスへ報告しに行った。

 その場で三番隊の隊長を選出する話になり、次の稽古で試合をし、最も実力のある騎士にしようという事でまとまった。


 また、他の騎士達には明日にガルウィスから話をするので、それまでは何も話すなと命じられた。


 話が終わって、レシリスはすぐに夕食の準備のために厨房に向かった。

 そこでレシリスの姿を見た見習い騎士達から、何があったのかと質問攻めにあったのを、なんとか曖昧に濁しながら明日の説明を待つように伝える。


 肉体的疲労と精神的疲労とでへろへろになりながらも、なんとか自身の食事と、全ての後片付けを終え、見習い騎士達が自室に引き上げていった時、サイファが厨房に顔を出した。


「あれ、レシリス、まだ終わらないの?」

「サイファさん、動いて大丈夫なんですか?」


 思わず尋ねる。今日の一件で左足を痛め、右腕に切り傷を負ったサイファは、ガルウィスへの報告を終えた後はできる限り安静にするように言われ、夕食も自室で摂ったはずだ。


 彼は苦々しく笑った。


「まぁ、足首はちょっと捻っただけだしね。じっとしていても気が滅入るだけだから、お茶でも淹れようかと思って出てきたんだ」

「そうなんですね。お茶なら私が淹れますよ。座って待っていてください」


 言われて、サイファは大人しく厨房の端にあった踏み台にも使う木の椅子に腰かけた。


「あ、そうそう、ディアは見てない?」

「ディアレスさんですか? いえ、食事の後は見ていません……お部屋にいらっしゃらないんですか?」


 レシリスは水を入れたポットを火に掛けつつ、レシリスが顔を上げる。


「うん。明日の朝、隊員を庭に集合させる前に、総隊長の書斎に顔を出すようにってさっき総隊長から言われて、ディアには僕から伝えるって言ったんだけど部屋にいなくて……まぁ、明日の朝食の時でも良いんだけどね。もし見かけたら、伝えといてくれる?」

「解りました」


 レシリスが了承すると、サイファは何かを思い出したように口を開いた。


「……ところで、レシリス」

「はい?」

「レシリスって、ディアとどうなっているの?」

「へっ?」


 予想だにしない質問に、素っ頓狂な声を上げる。

 サイファは至って真面目な顔で続ける。


「だって、あのディアだよ? 君と初めて会った時に言っていた言葉覚えている? 恋だの愛だの心を浮つかせている暇は微塵もないって言ったんだよ?」

「え、ええ……それは覚えていますけど……それがどうかしましたか?」

「そのディアが、女の子の頭を撫でるなんて、何もない訳ないだろ?」


 彼の言い分は解る。だが、彼が頭を撫でてくる意味は、正直自分でも解らない。


「……まぁ、ディアがレシリスの事を気に入っているのは明らかなんだけど」


 付け足された言葉に、レシリスは目を瞠る。


「ええ? ディアレスさんが私を気に入っている?」


 体調を気遣ってくれたり、身体を張って助けてくれたりと、目を掛けてくれている事は感じている。

 だが、気に入られていると己惚れる程の事ではないと思っていた。


 すると、サイファの方が意外そうに眉を上げた。


「え? まさか自覚してないの? まず、ディアは基本的に自分にも他人にも厳しいからね。前に来ていた使用人の女の子になんて、笑顔さえ見せなかったんじゃないかな」


 それに、とサイファはレシリスの顔色を窺うように言葉を続けた。


「多分だけど、今日帰り際にレシリスの頭を撫でたのは、嫉妬したからだと思うよ」

「嫉妬? 何にですか?」


 サイファの言わんとしている事が理解できず、レシリスが首を傾げる。


「《紅》の頭だっていうあの男が、レシリスの頭を撫でていたからさ……嫌だったんじゃないかな。レシリスが他の男に触れられるの」

「そ、そんな馬鹿な……」


 言いながら、レシリスは自身の顔が熱くなるのを感じていた。


 彼に限って、そんな嫉妬なんてするだろうか。

 ありえない。そう思うのに、心のどこかでそうであったら良いのに、そうだったら嬉しい、そう感じてしまっている。


 その様子を見て、サイファは含んだように笑う。


「……ふふ、レシリスも満更ではなさそうだね。二人の気持ちが通じているなら、僕は応援するよ。護る存在がいると、騎士は強くなるしね……でも、それを仕事に持ち込んでしまわないように、それだけは気を付けてね」


 それだけ念を押すサイファに、レシリスは曖昧に頷く。


 丁度その時お湯が沸いたので、レシリスは茶葉を入れたティーポットに熱湯を注ぎ、トレーにポットとカップを乗せてサイファを振り返った。


 トレーを手渡そうとして、彼が右腕を怪我していた事を思い出す。


「あ、お部屋までお持ちしますよ」

「それは悪いよ」

「いえ、お怪我しているサイファさんに持たせるなんてできませんよ」


 言いながら厨房を出ようとするレシリスに、サイファは「じゃあお言葉に甘えて」と大人しく彼女に続いた。


 廊下を歩きながら、何とも言えない沈黙が続いたが、自室が目の前に迫った頃、サイファがそれを破った。


「……レシリスさ」

「はい」

「ディアを、よろしくね」

「え?」


 思わず聞き返したレシリスの横を擦り抜けて、自室のドアを開ける。


「さっきも言ったけど、僕は応援するよ。ただ、ディアがレシリスを気に入っているのは確実なんだけど、自覚があるかはわからないから、そこはレシリスの頑張り次第かもね」

「え、それって……」


 どういうことか解りかねて聞き返すが、その手から素早くトレーを取り上げられ、意味深な微笑みを返されただけだった。

「じゃあ、ありがとう。おやすみ」


 そう言ってドアの向こうに消えてしまったサイファに、残されたレシリスはたっぷり三呼吸程数えてから、頭をぶんぶんと横に振った。


「いやいやいや……!」


 そんな訳ない。そんな訳ない。

 自分に言い聞かせながら、レシリスは自室に向かうため歩き出した。

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