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22:絶体絶命

 ディアレスの腹部は、男の剣によって貫かれていた。

 傷口からはしゅうしゅうと音を立てて煙が上がり、鮮血がどんどん溢れ出して、地面を赤く濡らしている。


「っ! ディアレスさん!」


 ようやく引き攣った声で名を叫ぶと、彼は彼女に視線を向け、微笑むように僅かに唇を吊り上げた。

 

 しかし青年が剣を引き抜くと、ディアレスは支えを失ってその場に崩れ落ちてしまう。


「いっ、いやぁぁぁぁ!」


 絶叫するレシリスを尻目に、青年はけらけらと笑う。


「女を護るために、自らを犠牲にするとは、騎士の鑑だな」


 レシリスは涙の滲む瞳で、鋭く青年を睨んだ。


 許さない。絶対に


 転がった自分の剣に手を伸ばす。

 だが、その剣に手が届く寸前、彼女の首に冷たい物が宛がわれた。


「お前は動くな」


 冷淡に吐き捨てられた言葉は、大柄な男のものだ。

 横目で振り返ると、大剣を背後から首に突き付けてきていた。


 気が動転した隙を衝かれ、完全に背後を取られてしまったのだ。


「……っ!」


 歯噛みする。このままでは、二人共命がない。

 絶望が一瞬にして脳裏を占める。


 青年は、そんなレシリスを余裕の表情で一瞥し、傷口を押さえながら呻くディアレスの首に剣を向けた。


「《白》一番隊長の首が、こんなに簡単に取れるとはな」


 愉快そうに笑い、そして剣を振り上げる。レシリスは色を失って声を上げる。


「ディアレスさん……っ!」


 彼の首が斬られる、そう思った瞬間、レシリスは考えるより先に動いていた。


 自分の魔剣を一瞬で手に取り、自分の首に突きつけられていた男の顔目掛けて、思い切り投げ付ける。男がそれを避けるために動いた隙に、素早くディアレスに駆け寄り、庇うように覆い被さった。


「ば、か……にげ、ろ……」

「嫌です」


 掠れる声で訴えたディアレスを強く遮って、レシリスはしがみ付く手に力を込めた。

 これ以上、彼に傷付いてほしくない、その一心で。


 そのレシリスの行動を嘲るように、青年は高らかに声を上げる。


「騎士が騎士なら女も女だな! まとめてあの世へ行けぇ!」


 炎を纏う剣が、容赦なく振り下ろされる。

 レシリスはぎゅっと目を瞑った。


 もう、だめだ。


 しかし、その剣が二人を捉える刹那。


 突如、大剣に投げ付けられて地面に転がっていたレシリスの魔剣が、眩い光を放った。

 一瞬遅れて、レシリス自身も眩い光に包まれる。


「なっ!」


 男達も驚き、動きが一瞬止まる。


「え?」


 男達が漏らした声に、レシリスが思わず顔を上げた、その時。


「《紅月(あかつき)》」


 静かな、それでいて凛とした声が響いた。


 同時に、深紅の光が一閃し、青年の剣を見事に弾き飛ばした。


 何が起きたのか解らず呆然とするレシリスだが、頭上で息を呑む音が聞こえ、はっとする。

 男達の視線を追うように深紅の光が放たれた方を振り返って、唖然とした。


「……ジアルドさん」


 諸悪の根源とも言える青年が、深紅に煌めく剣を手にこちらへ歩み寄ってきていたのだ。


 その深紅の瞳には明らかな憤怒が浮かんでいる。

 彼の優しい眼差ししか知らなかったレシリスは、その瞳に底知れぬ畏怖を覚えた。


「何をしている」


 ジアルドの目は、金髪の青年に据えられている。

 妙に落ち着いた彼の声音は怒りを押し殺しているような響きを帯びていて、ジアルドに問われた男達は蛇に睨まれた蛙のように、その場に凍り付いた。


 ジアルドの怒りはこの二人に向いている、彼らは、仲間ではないのだろうか。

 怪訝に思いながら様子を見守ると、青年が声を震わせながら漸う口を開いた。


「う、裏切り者と、《白》の一番隊長を、始末、しようと……」

「誰が裏切り者だと言うんだ?」

「そ、その、女が……」

「アルクから伝えられているはずだ。レシリスは裏切った訳じゃない。そももそ《紅月》の人間じゃないんだからな」


 言いかけた青年を遮って淡々と言い放つジアルドに、二人は視線を落とした。


「し、しかし……」

「《紅》は一般人には手を出さない。忘れたか?」

「でもそいつは……!」

「俺に逆らうというのなら、お前達が裏切り者だ。違うか?」


 そう言われ、青年も男も今度こそ口を噤んだ。

 その彼らの様子に小さく溜め息をつくと、ジアルドは剣を収めてレシリスの傍らに膝を折った。


「大丈夫か?」


 レシリスを見る彼の目には、怒りの感情はない。

 今までと同じ優しい深紅の瞳に、レシリスは言葉を詰まらせながら答えた。


「わ、私は、大丈夫です。で、でも、ディアレスさんが……」

「一番隊長か……」


 彼女の腕の中で浅い呼吸を繰り返すディアレスは、出血が止まっておらず、このままでは確実に命が危ないという状態だった。

 既に意識も朦朧としているようで、言葉もなく虚ろな目でジアルドを睨むように見据えている。


「……急所は外れているが、酷い傷だな。このままじゃ危ない」


 僅かに目を細めると、ジアルドは地面に転がっていたディアレスの剣を手に取った。

 他人の魔剣に平然と触れ、何をするかと思えば、彼はその剣の切っ先をディアレスの腹部の傷口に向けた。


「えっ? ちょっ、何を……!」


 戸惑うレシリスをまるきり無視して、ジアルドは剣でディアレスを貫くでもなく、切っ先を据えたまま唱えるように言葉を紡ぐ。


「魔剣《蒼影》、汝が主に力を与えん」


 瞬間、ディアレスの魔剣が淡く光り出した。仄かに蒼いその光が傷口を覆うと、見る見るうちに血が止まり、傷口が塞がっていく。


「……嘘」


 レシリスが驚愕の声を上げる。直後、光が弾けるように消えた。


「これは、どういう……?」


 困惑しながらジアルドを見上げると、彼はすまし顔で肩を竦めた。


「魔剣は主を護りたいと常に想っている。その力を具現化しただけだ」


 言いながら魔剣をディアレスに返す。剣を受け取ったディアレスは、苦虫を噛み潰したような顔でゆっくりと身を起こした。


「……魔剣の使い方として、治癒はよく知られているが、他人の魔剣でそんな芸当ができるのは、かなり強い力を有している証拠だ。でなければ、魔剣の名を聞く事もできまい」


 ディアレスの魔剣の名を当然の如く口にしたジアルド。

 それは彼が、魔剣から直接その名を聞いたからだ。そうでなければ、魔剣が彼の言葉に反応して力を発した事の説明がつかない。


 魔剣の主となれるほど力の強い者は、魔剣の《声》を聞く事ができる。

 力が強ければ強いほど、己の魔剣以外にもその力を発する事ができるのだ。

 だが、他人の魔剣に平気で触れ、ましてその魔剣の力を操って主を助けさせるなど、並みの魔剣士では到底できない芸当だ。


 ディアレスは深々と息を吐き出し、傷口に触れる。

 すっかり塞がったそこは、もう傷みなどなかった。

 内心でかなり驚愕しながら、ジアルドの瞳を見据える。


 とても不思議な色を宿した深紅の瞳が、複雑な感情を孕んで自分を見返してくる。


「……お前、一体何者だ?」


 その問いに、彼は躊躇う様子も見せずに答えた。


「俺の名はジアルド・レイフィック。《紅》の頭だ」


 意外なまでにはっきり答えた彼に、ディアレスは解せぬ様子で続ける。


「《紅》の頭が、何故俺を助けた?」

「詫びだ」

「詫び?」


 ディアレスが怪訝そうに顔を歪めると、ジアルドは真摯に頷いた。

 そして、レシリス立の背後に視線を投じる。それを追って振り返る二人が、予想外の光景に目を瞠った。


 現れたのは、左足を引きずりながら歩くサイファに手を貸すアルク。

 そしてその後ろには、しかめっ面で視線を逸らしているヴィゼット。


 そしてサイファの右腕に巻き付けられた布には、赤いものが滲んでいる。


「えっと……どういう、事?」


 サイファはヴィゼットとの闘いを引き受けて自分を先に行かせた。

 だとすればあの怪我は、ヴィゼットにやられたのだろうか。

 だとしたら、どうしてアルクが彼に手を貸しているのだろう。


「あの男……こないだの……」


 おそらく一番状況が呑み込めていないのはディアレスだろう。

 彼はアルクが《紅》の人間である事も、ヴィゼットが裏切り者である事も知らないのだ。


「よぉ、レシリス。大丈夫だったか?」


 アルクがその場にそぐわない、妙に間延びした声で尋ねる。


「これは、どういう?」


 説明を求めて、アルク、サイファ、ヴィゼット、ジアルドの順に視線を回す。

 すると、サイファが悔しそうに顔を歪めて答えた。


「僕がヴィゼ……ヴィゼットにやられそうだったところを、こいつに助けられたんだ。それでどういう訳か、手当てをされてここに連れてこられた」


 名前を言い直したのは、仲間ではなかったと発覚した相手を、愛称で呼び続けたくないという気持ちの表れだろう。


 サイファの言葉と様子から、ディアレスが怪訝そうに首を傾げた。


「ヴィゼットがどうしてサイファを……まさか」


 言いかけて、ようやく状況を把握した様子で目を瞠る。


「ヴィゼット、いつからだ?」


 低く問う。問われた方は視線を逸らしたまま、吐き捨てるように答えた。


「初めからだ。俺はそもそも《紅》の幹部だからな」

「っ!」


 ディアレスの脳裏に、騎士部隊結成時から、現在に至るまでの思い出が走馬灯のように駆け巡った。

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