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20:裏切り者

 背の高い、しっかりとした体格のその男は、レシリスもよく知る人物だった。


「……何処へ行くんだい? レシリス」

「……ヴィゼットさん……?」


 三番隊長の彼が、何故此処にいるのだろう。

 自分が屋敷を飛び出した時、確かに彼は屋敷に残っていたはずなのに。


「市場の先は王都と言えど人も少なくて危ない。それは昨日痛感したはずだろう? さぁ、屋敷に戻るんだ」


 穏やかな表情でそう言うヴィゼット。しかし、普段の彼とは何かが違った。

 それに何だろう。彼が此処にいる事に、違和感を覚える。


 レシリスが来た道は、町外れの教会への最短距離だ。先回りするとしたら、馬を使うしかない。


 普段の見回りでさえ馬を使う事がないのに、わざわざ自分を連れ戻すために、馬で先回りをしたのだろうか。


 しかしその違和感も、ディアレスの危機の前では霞んでしまう。


「ディアレスさんが危ないかもしれないんです! 屋敷でじっとなんてしていられません!」


 そこをどいてくれと、更に言い募ろうとした時、レシリスの背後からサイファが駆けてきた。


「レシリス! これから日が沈むのに一人で町に飛び出すなんて危ないだろう!」


 息を切らせながら走って来た彼は、レシリスの前に立っている同僚の姿に、怪訝そうな顔をした。


「ヴィゼ? どうして君が此処に?」


 問われた三番隊長は、小さく肩を竦めた。


「君と同じだ。レシリスが飛び出したのを見て、危ないと思い先回りしたんだ」


 ぞわり。その言葉に、レシリスは背筋に冷たいものが這うのを感じた。

 一度は薄らいだ違和感の正体に、気付いてしまった。


「……どうして、私の行く先に先回りできたんですか?」


 低くなったレシリスの声音に、ヴィゼットは僅かに目を細める。

 不穏な空気が流れた事を察して、サイファも二人を見比べながら剣呑に眉を顰めている。


「君が昨日、町外れの教会で襲われたと聞いていたからね。そこへ向かおうとしたんじゃないのかい?」

「私が昨日襲われたのは、市場の端、連れ込まれたのが市場の手前の空き家です……町外れの教会なんて、誰の口から聞いたんですか?」


 レシリスの右手が、無意識に魔剣の柄に伸びる。


 町外れの教会に行ったのは、アルクに《紅》への協力はできないと伝えるためだ。襲われたのはその帰り道。


 ディアレスには町外れの教会へ行ったと伝えたが、詳細は伏せてガルウィスに報告している。

 他の騎士達にも、買い物の帰りに《紅》に襲われた、としか話していないはずだ。


 それなのに、ヴィゼットの口から「町外れの教会」という単語が出てきた。


 一体、誰から聞いたのだろうか。

 疑惑が、じわじわと頭を擡げてくる。


「ヴィゼットさん、答えて下さい」


 ダメ押しで尋ねると、ヴィゼットの表情から一切の感情が消えた。


「……使えないな」


 舌打ちと同時に吐き捨てられた言葉。それは、確かにヴィゼットの声だった。

 しかし、それは今までに聞いた事がない程、冷たい響きを帯びていた。


「え?」


 耳を疑った二人が聞き返した次の瞬間、彼は腰の剣を引き抜き、瞬時にレシリスとサイファに斬り掛かった。


「っ!」


 レシリスとサイファは咄嗟に足を引いてそれを避ける。

 警戒していたレシリスはともかく、サイファも不意打ちの攻撃を避けられたのは、ひとえに普段の鍛錬の賜物と言えるだろう。


「ヴィゼっ? 何するんだ!」


 言いながらも、サイファは反射的に剣を引き抜く。磨き抜かれた白銀の刀身がきらりと光った。


「一番隊長ディアレスを始末する良い機会を、邪魔される訳にはいかないんでね……しかも、好都合に目の前に二番隊長が、隊員を引き連れる事なく立っているんだ。今を逃す手はない」


 堂々と発せられたその言葉に、サイファは愕然とした。


「……何を、言っているんだ?」

「ヴィゼットさん、貴方、《紅》の人間だったんですね」


 レシリスが、剣を構えながら確かめるように問う。


 思えば、ジアルドから仕事を紹介されて初めて屋敷を訪れた時、対応したのはヴィゼットだった。

 それは、彼がジアルドから何らかの形で、レシリスが来る事を聞いていたからではないのだろうか。


「そうだ。本来なら、俺と共に《白》の内部情報を集め、ジアルドへ渡しに行くなどの仕事を手伝わせる予定だったんだが……まさかジアルドが何も知らせずに送り込んでくるとは思わなかった。俺から話すつもりたったが、君は演技が下手そうだったからな。様子を見て説明しようと思っていたところで、先走った馬鹿が君に伝えてしまったという訳だ」


 先走った馬鹿、とはアルクの事だろうか。

 今の言い方からして、彼がアルクを良く思っていない事が何となく察せられた。


 とはいえ、今二人の仲について考えている余裕はない。


「レシリス、何の話をしてるの? ヴィゼが、《紅》って……」


 唯一状況が呑み込めないサイファは、目だけレシリスに向けるが、それを詳しく説明している時間はない。


「サイファさん、後で必ず詳しく説明します。今は、私を信じてください」


 それだけ言うと、レシリスは魔剣の構えを見せた。

 今こうしている間にも、ディアレスに危険が迫っているのだ。すぐにヴィゼットとの勝負をつけなければ。


 そう考えていると、サイファがすっとレシリスの前に出た。


「サイファさん?」

「状況はなんとなく解った。ヴィゼは裏切り者で、今ディアが危ないって事だね?」


 今の状況を簡潔にまとめた彼に頷いて見せると、彼はちらりとレシリスを一瞥して不敵に笑った。


「ここは僕に任せて、ディアを助けに行って」

「でも……」


 自分が勝手に屋敷を飛び出したのに、サイファに任せて先に行って良いのだろうか。

 躊躇うレシリスの肩を、サイファは優しく押す。


「これでも僕は《白》の二番隊長だよ。さぁ、行って!」


 その言葉に、レシリスは唇を噛んで頷くと、思い切って駆け出した。

 それを見送ってから、ヴィゼットは冷酷な目をサイファに向ける。


「お前なら、そうするだろうと思った」

「伊達に、三年間一緒に過ごしてないね。でも、それは僕も同じだ。ヴィゼ、君じゃあ僕には勝てない」


 あくまでもヴィゼットは三番隊の隊長。自分は二番隊。これまでの稽古でも、実力を図るための試合でも、サイファの方が剣の腕は上だった。


 その自信溢れる表情のサイファに、ヴィゼットは淡々と口を開いた。


「三つ、訂正をしておこう」


 ゆらり、剣を構える。それは、今までのサイファが見た事のない構えだった。


「一つ目、まず俺は裏切り者じゃない。元々《紅》の人間だ」


 サイファはここで、ヴィゼットが手にしている剣が、普段彼が使用しているものとは異なるものである事に気付いた。


 刀身が、黒いのだ。


「……まさか」


 サイファの瞳が凍り付く。

 ざわざわと、肌が粟立つ。とても、嫌な予感がした。


「二つ目、俺はお前相手に本気を出した事がない。お前の知っている俺の剣の腕は、俺の演技だ」


 黒い剣の切っ先が、地面に向けられる。

 同時に、サイファの心臓が蹴り上げられるかのように脈打った。


 どくどくと早鐘を打ち始め、頭の中で警鐘が鳴り響く。

 まずい。


「三つ目、本当の俺の剣は、魔剣だ」


 言い終わるや否や、彼は剣を地面に突き立てた。

 刹那、地面に亀裂が走る。


「《黒鉄》」


 ヴィゼットの言葉に反応するように、亀裂がサイファの足まで届く。


「っ!」


 咄嗟に飛び退いた先、着地した瞬間に左足が足首まで沈んだ。


「なっ!」


 驚いて足を上げようにも、沼に嵌ったかのように抜けない。その姿を見て、ヴィゼットはせせら笑った。


「魔剣も扱えないお前じゃ、俺には勝てない」


 そのまま魔剣を地面から引き抜き、足を取られて動けないサイファに斬り掛かる。


「くっ!」


 サイファがなんとかヴィゼットの剣を受け止めるが、体勢も悪く、次の一撃で剣を弾き飛ばされてしまう。その際に、右腕に裂傷が走る。


「っ!」


 鮮血がじわりと服を染めていく。

 傷自体はさほど深くないが、剣を弾き飛ばされた上に右腕を怪我しては、これ以上戦いようがない。それだけでなく足を地面に取られてしまっては、次の攻撃を避ける事さえできない。


「終わりだ」


 ヴィゼットが、冷酷な目でサイファを見下ろす。振り上げられた黒い魔剣が、夕陽を受けて妖しく煌めく。


 絶体絶命。これで自分の命が終わる。

 そう覚悟したサイファは、静かに目を閉じた。


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