1:王立騎士団《白》
レシリスは呆然と、大きな門の前で立ち尽くしていた。
昨日、森で行き倒れかけたところをジアルドという青年に助けられ、更に仕事まで紹介してもらう事になった。そこまでは良い。
だが、紹介してくれると言った本人は、彼女を建物が見える所まで連れてくると、「話は通っているから、安心して行ってこい」とだけ言い残し、何処かへ行ってしまった。
(本当に大丈夫なのかな……)
不安に思いながらも、門の向こうの屋敷を見つめる。
煉瓦の壁に囲まれ、鉄の門扉が備えられたその屋敷は、外から見えるだけで随分と大きい事が判る。
門の左右に一人ずつ、白銀の鎧を纏った若い兵士が立っており、妙に物々しい雰囲気が漂っている。
昨日のうちに森を抜け、城下町へ着いたのは夜中だった。
そのためジアルドが用意してくれた宿で一晩休み、こうして朝一番で紹介先までやってきたのだが、昨日の今日で、本当に話は通っているのだろうか。
仕事そのものは、住み込みで家事をする使用人のようなものだと聞いている。
住む場所と仕事両方の心配がなくなるなんて願ってもない話で、だからレシリスはその話に飛びついたのだ。
しかし、レシリスはこの屋敷がどういう場所なのかさえ知らされていない。勿論彼に聞いたが、「行けば解る」と言われて流されてしまった。
それ故に、一抹の不安は拭えない。
(……でも、私には帰る場所も、他に行く当てもないんだし……)
自分に言い聞かせ、ぐっと拳を握り締める。
(行くしかないわ)
意を決し、彼女は門へ歩み寄った。
男である門番に、気力を振り絞って平静を保ちながら声を掛ける。
「あ、あの、仕事を紹介されて来たのですが……」
その言葉に、門番は顔を見合わせると、一人が門を開けて中へ入っていった。
「少々お待ち下さい」
残った一人がそう言うので、レシリスは居心地悪そうにしながら門の前で待った。
少しの間を置いて門扉が開くと、先程の門番が別の青年を連れて戻って来ていた。
連れて来られたのは精悍な顔つきで、見上げるほどに背が高い青年だ。年の頃は二十代前半といったところだろう。
男が苦手であるレシリスは、体格の良いその青年を前に、無意識に身体を強張らせた。
「君が?」
短く問われ、レシリスは緊張に言葉を詰まらせながら答える。
「は、はい。え、えっと……ジ、ジアルドという人から、紹介された者です」
その言葉を聞いた青年は納得した様子で頷き、穏やかな笑みを浮かべた。体格からすると意外なまでに優しい表情だ。
「そうか……話は聞いている。案内しよう」
本当に話が通っていた事に驚きながらも、彼の優しい雰囲気にレシリスは思わずほっと表情を緩めた。
それから踵を返した青年に続いて門を潜る。
有力貴族か何かの屋敷だろうと思い込んでいたが、中では剣を携えた青年が何人も行き来していて、とても貴族が生活しているようには見えない。
(何だろう、このお屋敷……まさか、男の人しかいないのかな……)
そう思ってしまう程、見る限り敷地内を行きかうのは男ばかりだった。
彼女は猛獣の巣穴の中にでも入ったような心地で、気後れしながら辺りの様子を窺った。
と、前を歩く青年が、足を止める事なく口を開いた。
「俺はヴィゼット・ラグーン。《白》の三番隊長だ」
「シロ?」
レシリスは名乗るのも忘れて思わず聞き返した。
その彼女の反応にヴィゼットは歩みを止め、驚いた顔で振り返る。
「まさか、何も知らずに此処へ来たのか?」
「は、はい……」
正直に頷いたレシリスに、彼は何か思案するように顎に手を当て、やがて小さく頷いた。
「そうか……では一から説明する必要がありそうだな」
再び歩き出すと、彼は屋敷内に入った。レシリスは促されるまま一番手前の部屋へ入る。
其処は一対のソファーとローテーブルが置かれた、応接間のようだった。
「とりあえず話をしよう。座ってくれ」
大人しく従い、レシリスは緊張しながらソファーに座る。
ヴィゼットは彼女の向かいに腰掛けると、穏やかな表情のまま口を開いた。
「まずは簡単に自己紹介をしてもらおうか」
「は、はい。レシリス・ブライン、十七歳です。ブラスタリアの外れにある、ヘルイストという村から来ました」
「ヘルイストか。文献と地図でしか見たことはないが、随分遠くから来たんだな……では、今ブラスタリアの国内情勢がどうなっているか、知っているかい?」
ヴィゼットは感心した風情で頷き、続けて尋ねる。
ブラスタリア国民でさえ知らぬ者が多い程、小さな村であるヘルイストの存在を知っていた彼に内心驚きながら、レシリスは首を横に振った。
「ヘルイストは山と森に囲まれた立地で貧しい上に治安も悪く、国の情勢に関する情報が流れてくる事なんてほとんどありませんでしたので……」
「なるほど……ではそこから説明しよう。今、ブラスタリア王国では、国王陛下に反発する勢力《紅》の力が強まってきている。それを抑えるために、王立騎士団、通称《白》が結成された。その騎士達が寝泊りする宿舎が、この屋敷なんだ」
その説明を受け、レシリスはようやく合点がいった。
「そうだったんですか……では私が紹介された仕事の内容というのは、その騎士の方々のお世話という事ですね」
「そうだ。《白》は隊員数が多いために、仕事も厳しい。見習いの騎士だけにやらせると彼らの剣術の稽古まで手が回らなくなってしまうため、今までにも何度か使用人を雇ったりしたんだが、誰一人として続かないのが実情でね……使用人の数を増やしたいところだが、現状では一人雇うだけで精一杯なんだ」
少し困ったような表情でそう続けるヴィゼット。
レシリスは一瞬迷うように視線を落とした。
まさか男ばかりの場所に放り込まれるとは思っておらず、少なからず驚いたが、しかし国立騎士団というからには、故郷にいた柄の悪い男とは全く違うだろうと言い聞かせる。
彼女の男嫌いの原因は、治安の悪い故郷にあった。
故郷の村では、低俗な男達が蔓延り、女は常に虐げられてきたのだ。
だが、此処はヘルイストとは違う。目の前の青年も、体格に対して穏やかな風貌でとても紳士的だ。
それになにより、この町で他に仕事と家が見つかるかどうか解らないのだから、どんな仕事でもありがたく思わなくてはならないだろう。
そんな事を考えていると、レシリスが怖気づいたとでも思ったのか、ヴィゼットは小さく溜め息をついた。
「それで今度こそ続く人を探していたんだが、まさか《白夜》さえ知らずに来るとは……」
諦めたように呟く彼に、レシリスは思わず立ち上がった。
拳を握り締め、勢いのまま口を開く。
「わ、私、頑張りますっ! 仕事や住む所が見つかるかどうかも解らないでレイモストへ来たので、とても不安だったんですけど、住み込みで働かせて頂けるなら、どんな仕事も頑張ってやり遂げます!」
意気込んでそう宣言すると、ヴィゼットは一瞬面食らったような顔をして、それからいかにも楽しそうにクスクスと笑い出した。
「ははは、それは頼もしい」
その笑い声に、レシリスははっとして座り直す。
「し、失礼しました……」
「いや、やる気があるのは良い事だ」
まだおかしそうに笑うヴィゼットに、レシリスは恥ずかしくなって俯いた。
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