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17:助けの手

 四人の男が、表情を変えて振り返る。


 肌が粟立つほどの殺気を放っている人物を、レシリスは呆然と見つめた。

 驚くべきは、彼が手にしているものだった。黄金色に輝くそれは、道端に放置されたレシリスの剣だったのだ。


「ディアレスさん……」


 思わず名を呟いた彼女を蒼の目が捉えた瞬間、彼の表情は怒りに染まった。

 男共を鋭く睨みつけると、瞬き一つの間に己の剣を抜き、一番手前にいた男に驚くほどの速さで斬り掛かる。


「くっ!」


 男も剣を抜いて応戦しようとしたが、相手が構えるより速く、ディアレスがそれを弾き飛ばした。左手にはレシリスの剣を持ったまま右手のみでの攻撃だが、かなりの威力だ。


「つ、強い……っ!」

「黒髪と蒼の目……まさか、一番隊の……っ!」


 今の一撃と彼の外見から、突然現れたこの人物が、《白》の中で最も恐れられる一番隊の隊長であると悟り、男共は血相を変えた。


「っ! や、やべぇ! 逃げろっ!」


 レシリスを捕られていた男が彼女を突き飛ばし、一目散に駆け出す。

 すると、他の三人も散り散りに逃げ出して行った。


 ディアレスはそれを追わず、己の剣を鞘に納めながらレシリスに駆け寄った。


「怪我は?」


 短い問いだが、其処には彼の心配が色濃く滲んでいた。


「だ、だい、じょうぶ、です……」


 首の後ろと掴まれていた腕が少し痛むが、それ以外に外傷はない。


 ただそれよりも、もう少しであの男共に手籠めにされていたという事の方が、よほど彼女の心を抉っていた。


「……っ」


 後になって恐怖が膨らみ、レシリスは体中の力が抜けるのを感じた。

 膝が折れ、地面に崩れ落ちそうになる。


「っ! 大丈夫かっ?」


 ディアレスが咄嗟に支え、ゆっくりと地面に座らせる。


「す、すみませ……怪我は、ないんです、けど、怖くて……」


 恐怖が喉を縛り上げ、言葉が上手く紡げない。


 故郷で見てきた惨状と、自分が先程まで置かれていた状況とが相俟って、脳裏に強く刻み込まれる。

 あと少しディアレスが来るのが遅ければ、あの男に唇を奪われていたのだ。


 思わず口元を押さえ、レシリスはがたがたと身体を震わせた。


「ご、ごめ……なさ……」


 震える唇で必死に言葉を紡ぎかけた瞬間、レシリスは強い力で抱き締められていた。


「っ!」


 男共に襲われた恐怖がまだ胸にある彼女は身体を強張らせた。

 先程乱暴に自分の髪を掴んだ男の手とせせら笑う声が鮮明に蘇り、恐怖と今自分を包み込んでいる温もりが混同する。


「や……っ」


 拒絶の言葉が口を衝こうとした瞬間、更に痛いほどの力で抱き込まれ、掠れた声が耳元に届いた。


「遅くなって、すまない……」


 彼のそんな声は初めて聞いた。切なげに響いたその声に、レシリスが拒絶の言葉を呑み込む。


 同時に、自分を包んでいるこの腕は自分を護ってくれたものだと、改めて認識する。


「……だが、お前が生きていて良かった」


 続けて聞こえた、心から安堵した様子の言葉に、レシリスは目を見開いた。

 恐怖とは別のもので、心が震えた。


「ディアレス、さん……」


 レシリスが名を呼ぶと、彼ははっとした様子で彼女から離れた。

 それから、まるで自分が彼女を傷つけたかのように、辛そうな顔をする。


「……すまない……」

「い、いえ……」


 レシリスは慌てて首を横に振り、そこでようやく彼が持つ自分の剣に目を留めた。


「あ、私の剣……」


 思わず口にすると、彼は思い出したようにその剣を彼女に差し出した。


「道端に落ちていた。この剣がお前の場所を教えてくれたんだ」

「え……?」


 その言葉に驚く。レシリスの剣は気高く、主と定めた者以外では絶対に鞘から引き抜けない上に、抜き身の状態では触れる事さえできない。

 レシリスが初めて剣を抜いた時、感動のままその剣に触れようとした父の手も、先程の男同様弾かれたほどだ。


「……魔剣も、俺に触れられる事はさぞ不本意だっただろう。だが、お前を救うため、俺に力を貸してくれたんだ」


 ディアレスはレシリスの疑問を悟ったのか、僅かに笑みを零しながらそう付け足した。

 気高いこの魔剣が、主を護るために他人に触れられる事を許すなんて思いもしなかったレシリスは、思わず魔剣をまじまじと見つめた。


 ありがとう、そう念じながら、剣の柄をしっかりと握って鞘に収める。


 それから、ディアレスを見上げた。


「あ、ありがとう、ございました……」


 先程よりは落ち着いたが、まだ身体の震えが止まらない。

 そんな彼女の肩に、ディアレスは自分の上着をそっと掛け、優しく頭を撫でた。


「もう大丈夫だ……俺がいる」

「は、はい……」


 彼の手に撫でられると、不思議と心が落ち着いていく。

 ただそれでも、心に根付いた恐怖は簡単には消え去らない。


「立てるか?」


 そう問われて、立ち上がろうと足に力を入れてみるが、膝が笑っていて、上手く立ち上がれない。


「……掴まれ」


 そっと差し出された手を躊躇いながらも掴むと、ぐいと引っ張り上げられた。勢いよく立ち上がらされたかと思うと、腰にディアレスの腕が回される。


「えっ?」

「皆心配している。早く帰るぞ」


 戸惑うレシリスに、ディアレスは視線を合わせようとしないまま言い、ゆっくりと歩き出す。


「……大丈夫か?」


 歩きながら、レシリスを気遣って彼は優しく尋ねる。彼女は足に意識を集中させながら頷いた。


「なんとか……」

「背負った方が良いか?」


 真顔で問うディアレスに、レシリスはぎょっとした。


「いっ、いえ! それはちょっと、は、恥ずかしすぎます……」

「そうか」


 慌てた様子のレシリスに、彼は小さく微笑むと、彼女を支える腕に力を込めた。


「幸い屋敷は近い。少しの辛抱だ」

「は、はい」


 なんとか足を進め、ようやく屋敷が見えてくる。


「今日はもう休め。夕飯は後で部屋に運んでやる」

「え、で、でも……」

「無理をするな。これは命令だ」


 ぴしゃりと言い切られてしまい、レシリスは反論できず言葉を呑み込む。

 ディアレスに命令と言われてしまえば、それに反論する事はできないのだ。


 実際彼とてレシリスの事を考えてそう言ってくれているのだから、大人しくその厚意に従った方が良いだろう。


 レシリスはそう自分に言い聞かせ、小さく頷いた。

 屋敷に戻ると、レシリスの帰りが遅いと心配していたギルファとゼオンが玄関まで走って来た。砂塗れでディアレスに支えられながら帰宅したレシリスに、二人共言葉を失う。


「心配掛けて、ごめんね……私は大丈夫だから……」

「大丈夫じゃないだろう」


 ディアレスが呆れ顔で遮り、出迎えた二人に指示を出す。


「今日はもう休ませる。あとの家事はお前達がやってくれ。俺はレシリスを部屋へ連れて行く」

「わ、解りました」


 ゼオンが頷くと、ディアレスはレシリスの部屋へ向けて歩き出した。


「……風呂には入った方が良さそうだな」


 地面に崩れ落ちたため砂塗れのレシリスは、彼の呟きに苦々しい笑みを浮かべる。


「そうですね……流石にこのままベッドには入れません」


 髪を払えば砂埃が舞いそうなほどなのに、そのまま横になるのは流石に憚られる。

 レシリスの部屋に入って彼女を椅子に座らせると、ディアレスは彼女の顔を覗き込むようにして尋ねた。


「もう、大丈夫か?」

「はい。本当に、助かりました。ありがとうございます」


 深々と下げられたレシリスの頭を、彼は優しく撫でる。


「俺は当然の事をしただけだ……それより、後で色々聞かなくてはならない事がある。解っているだろう?」

「はい」


 彼が聞きたいのは、あの男共についてだろう。

 レシリスを襲ったという事は、《紅》が関係しているのだと踏んでいるのだ。それは間違いではない。


 だが、それを話すという事は、レシリスが此処へ送り込まれた経緯から話さなければならないだろう。


 ただ、レシリスはアルクと約束したのだ。

 《白》の情報は渡さない。代わりに、ジアルドやアルクの事を話したりもしない、と。

 いくら《紅》ではなく《白》を選んだからといって、命を助けられた恩を仇で返す事はしたくなかった。せめて、自らが交わした約束くらいは、守りたい。


 そのために、嘘をつかずしてジアルド達の事に触れずに済む方法を、考えなくてはならない。


「では、後でまた来る。それまでに、風呂に入っておけ」

「解りました」


 ディアレスが出て行った後、レシリスは壁を伝うように歩き、風呂場まで移動した。

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