16:強襲
レシリスは足早に市場へ向かい、口実のスパイスを買った。
屋敷を出てからもう随分時間が経っている。急いで戻らなくては。
息を弾ませながら屋敷へ向かう。
しかし市場を抜け、人通りの少ない道に入った時、彼女の行く手を阻むように、二人の男が立ちはだかった。
「っ!」
一目で不穏なものを感じ取り、レシリスは腰の剣に手を掛けた。
「……レシリス・ブラインだな」
男の一人が低く唸る。
尋ねるというよりは確認という響きの強いその言葉に、レシリスは眉を寄せた。
アルクの言葉が脳内に蘇る。この男達が、《紅》の過激派という連中なのだろうか。
「裏切り者を、のこのこ帰す訳にはいかねぇな」
もう一人が吐き捨てながら剣を抜く。
レシリスはじりじりと後ろに下がるが、不意に気配を感じて、視線だけ其方に向けた。
そして思わず唇を噛む。背後からも、剣を携えた男が迫っていたのだ。
「……こんな町中で女一人に、男三人掛かりなんて、恥ずかしくないの?」
言いながら、彼女は剣を引き抜いた。
オレンジの光を浴びて煌めく剣を見て、男共は目を細める。
「お前の腕前はアルクから聞いている。彼奴より強いのが本当でも、俺ら三人が同時に掛かれば、余裕だろう」
一人がそう言いながらレシリスににじり寄る。
レシリスは三人共に気を配りながら、剣を独自の型に構えた。
と、背後から迫っていた男が、突然レシリスに斬り掛かった。それをひらりと交わし、彼女は他の二人とも距離を取る。
「……手加減は必要なさそうね」
早く帰って夕飯の仕度をしなければ、その一心で、本気を出そうと構えを変える。
それは、ディアレスやアルクと戦った時とは異なる構えだ。
切っ先を男達に向け、足は肩幅ほどに開く。
その構えを取った瞬間、彼女の周りの空気が、明らかに変わった。
「……?」
男達はその変化に、思わず眉を顰める。
しかし、次の瞬間。
「後ろが隙だらけだぜ」
声がした。
背後、すぐ近くから。
「っ!」
弾かれたように振り返ろうとした瞬間、首の後ろに凄まじい衝撃が走った。
激痛が体中を駆け巡り、剣を取り落として膝から崩れ落ちる。
地面に膝と両手を衝いて、ようやく敵が三人だけではなくもう一人隠れていたのだと悟った。その人物に、背後から硬いもので殴られたのだ。
やられた。完全に、油断した。
「……おいおい、女相手に背後からとは、ちょっとやりすぎなんじゃねぇの?」
目の前にいた男が、けらけらと笑いながら、レシリスの背後に立つ人物に声を掛ける。
「ふん。女は大人しく男の言う通りにしていれば良いんだよ」
その男はレシリスの横に屈むと、彼女の髪を乱暴に掴み上げた。痛みに顔を歪める彼女をしげしげと眺め、下卑た笑みを浮かべる。
「……お、意外に可愛い顔をしてるな。どうせ殺す裏切者なんだ。ちょっと遊んでやろうぜ」
その言葉を聞いたレシリスの目が見開かれる。今目の前にいる男共と、故郷に蔓延っていた下衆の存在とが、見事に重なった。
故郷で心を壊された娘達の姿が、脳裏に浮かぶ。
「いやっ!」
咄嗟にその手を払い除けたが、支えを失った彼女の身体はそのまま地面に倒れ込んだ。
項を殴られた余韻が残り、体の自由が利かない。
それでも、彼女は必死に目の前に転がり落ちている己の剣に手を伸ばす。
しかし、あと少しで剣の柄に手が届かない。
「おっと。アンタに剣を持たれると厄介だから、コレは預からせてもらうぜ」
男の一人が、レシリスの剣を目の前で取り上げようと腰を折る。
しかし、その手が剣に触れそうになった瞬間、ばちっと音がして火花が散った。
「いっ!」
男が思わず手を引っ込める。それを見て、一人が剣呑に目を細めた。
「ただの剣じゃねぇな。抜き身のまま持てねぇなら、その辺に捨てておけ」
それを聞いた男は衝撃を受けた右手を摩りながら頷き、剣を軽く蹴飛ばす。
からんと音を立てて、黄金色の剣は道の端に追いやられてしまった。
「っ!」
レシリスの顔に、絶望が映る。
剣を持たなければ、レシリスはただの女なのだ。
「良いねぇ、その顔……そそられるぜ?」
せせら笑いながら、男は彼女の腕を掴んで強引に立たせ、そのまま引き摺るようにして歩き出した。
「たっぷり可愛がってやるから、覚悟しろよ」
耳元で囁かれるおぞましい言葉に、レシリスは身震いした。
しかし、抵抗した所で剣がないのだから、結局逃げる事などできないだろう。
丸腰の自分が、四人もの男に勝てるとは、到底思えない。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ……っ!)
心の中でそう繰り返し、レシリスは何とか逃げ出す隙を伺う。
しかし、両腕を後ろで掴まれている状態では、どうにも出来ない。
(どうしよう……どうしたら……)
そうこうしているうちに、道を外れて空き地に連れ込まれてしまう。
先程の道でさえ人通りは少ないというのに、此処まで来てしまうと、ますます助けは期待できない。
しかも空き地はL字型に曲がっていて、奥の方は通りから完全に死角になっている。空き地中央まで踏み込んで来なければ、奥に人がいるかも解らないような形だ。
誰か助けて、そう心の中で叫ぶが、その願いは男共の嫌な笑い声に掻き消されてしまう。
「大人しくしろよ」
ニヤニヤ笑いながら、男がレシリスの顎を掴んで、顔を無理矢理自分の方に向けさせる。
「その嫌そうな顔、キスしたらどうなるかな?」
楽しそうに、男がその顔を近付けてくる。
「いや……っ!」
目に涙を浮かべて拒絶するが、押さえ付けられていて顔を背ける事は許されない。
絶望が胸を締め付け、もう駄目だと思った。
目の前が真っ暗になり、唇が今にも触れそうな距離まで近付く。
その時、その時だった。
物凄い殺気を放った何かが、空き地に足を踏み入れた。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援頂けると励みになります!




