13:苦悩
翌日、レシリスは浮かない顔のまま仕事をこなしていた。
見るからに元気のない様子のレシリスを、見習い騎士達が心配そうに見ているが、妙に思い詰めている様子の彼女になんと声を掛けたら良いのか解らず、結局誰も声を掛けられずにいた。
(……私は、どうしたら良いの……?)
ずっと心の中に渦巻いている疑問。
しかし、どんなに問うても、答えは得られない。
命の恩人に対する恩と、家族のように接して受け入れてくれる騎士達に対する恩。
二つの恩を天秤に掛けてみても、それを量る事はできなかった。
山積みの皿を洗いながら、レシリスは今日何度目になるのか解らない溜め息を深々と吐き出す。
気付けば夕食の皿もこれで最後だった。いつもより手の動きが遅いのに、いつもより早く感じるような気がしてしまうのが不思議だ。
「……何か悩みでもあるの?」
声を掛けられてはっとすると、隣で皿を拭いていたギルファが心配そうな目を此方に向けていた。
レシリスは咄嗟に、取り繕うような笑みを浮かべる。
「ううん、大丈夫! ちょっとぼーっとしちゃっただけ。ごめんね」
ギルファはまだなにか言いたげな顔をしたが、無言で作業を続けた。
他の騎士達も、皆気遣うような素振りを見せながらも、彼女自身が何も言わないので無理に聞きだそうとはせず、普段通りに優しく接してくれる。
しかし今のレシリスにとっては、彼らのそんな優しさが、鋭いナイフの如く胸を抉ってくるような心地だった。
こんな優しくて良い人達を、自分は騙しているのだ
ますます重くなる心を引き摺るようにして、レシリスは洗濯、昼食、掃除とこなし、どんよりとした気分のまま、なんとか夕食を作った。
ただレシリス自身は、悩みすぎのせいで食欲が湧かず、夕食もほとんど食べずに片付けに取りかかった。そういえば昼食もろくに食べていなかったな、などと後からぼんやり思う。
と、レシリスが皿を洗い始めた時、台所に誰かが足を踏み入れる気配を感じた。彼女が振り返るのとほぼ同時に、声が掛けられる。
「レシリスはいるか?」
その視線は質問を終える前に、彼女を捉えていた。自分をじっと見据える蒼の瞳に、無意識に緊張を覚える。
「はい……どうかしましたか?」
「今日お前の様子がおかしいと、数名が話していた……体調でも悪いのか?」
ディアレスの質問に、見習い騎士達も納得した様子で小さく頷き合う。
実際、今日一日の彼女の様子を見れば、誰でもそう思うだろう。
今朝ギルファにも大丈夫かと問われていたレシリスは、浮かない顔をしていた自覚があり、誤魔化すのはやめて苦々しく笑った。
「いえ、体調とかではなく……ちょっと、色々あって……」
歯切れ悪い彼女の口調に、ディアレスは何か思うように目を細める。
「そうか……この後、時間はあるか?」
思いも寄らぬ彼の言葉に、レシリスが目を瞠る。
「え?」
「少し話がしたいと思ってな……色々と確認したい事もある」
その話の内容を想像して、僅かに動揺する。
昨夜聞いてしまった三人の隊長の会話を思い出すと、その話が自分にとって良いものだとは到底思えなかった。
しかし、見習いの騎士達もいる前でそのように呼び出されては断る事もできない。
あくまでも自分は騎士達の使用人であり、彼は一番隊の隊長なのだ。逆らう理由は何処にもない。
「わ、解りました……でも、ちょっと待って下さい。この洗い物を片付けますので」
できる事なら、悪い話は聞きたくない。
しかし誘いを断る術を持たぬレシリスは、わたわたと洗い流した皿を拭き上げようと布巾に手を伸ばす。
と、大きな鍋を洗っていたゼオンがその手をそっと制した。
「此処は僕達がやるから、行ってきて大丈夫だよ」
「え、でも……」
「もうほとんど片付けは終わってるから、大丈夫。ね?」
反対側からギルファも、安心させようと微笑む。実際、見習い騎士が五人で片付けをしていたので、作業自体は間もなく終わる頃だった。
「……ありがとう」
複雑な思いを抱えたまま礼を述べると、レシリスは手についた泡を軽く流した。手拭で水分を拭いながら、ディアレスを振り返る。
「大丈夫そうだな」
「はい」
頷いたレシリスについて来るように言い、彼は歩き出した。
「……慣れない仕事で、相当疲れているんじゃないか?」
歩きながら尋ねるディアレスに、レシリスは言葉を探した。
「そ、そんな事は……」
元気がないと見られてしまったのは、昨日のアルクの言葉を考えてしまっていたからなのだが、そのように誤解されて心配させてしまったと思うと、何だか申し訳ない。
しかしその通りに答えられないので言いあぐねていると、ディアレスは淡々とした口調のまま言葉を繋げた。
「お前の仕事ぶりから、疲れても無理はないと思っている」
予想外な言葉に、レシリスが驚いた顔をする。
「お前が来てまだ数日だが、屋敷内の掃除は行き届いているし、衣類やシーツも綺麗に洗濯され、料理も美味い。皆お前の働きを高く評価している。特に昨日は、報告書の提出を任せたというのにそれ以外の家事もほぼ完璧にこなされていた……だが、仕事が完璧ならば、それだけ疲れていて当然だ」
ディアレスはレシリスの顔を見る事もなく、静かな口調で続ける。
「体調が優れなければ、すぐに報告しろ。無理はしなくて良い」
「は、はい、ありがとうございます……」
レシリスは妙にドキドキしながら、それを悟られぬよう少しだけ距離を置いて彼の後に続き、庭へ出た。
朝から夕方頃まで騎士達が一心不乱に剣を振るって腕を磨いている庭も、夜は真っ暗で人の気配が一切ない。
ディアレスは庭の端に置かれた休憩用のベンチに腰掛けると、レシリスにも隣に座るよう目で促した。
「……あの、話というのは……?」
ディアレスから少し距離を空けて座ると、レシリスは沈黙に堪えられず自らそう切り出した。
ディアレスは彼女の顔を見つめ、ゆっくりと口を開く。
「お前の話が聞きたい……特に、剣術についてな」
「私の剣術ですか?」
意外な質問に、レシリスが思わず面食らう。
「お前の剣の腕、実に見事だ……だが、今までに見た事のない剣の流れだった。俺もこれまでそれなりの敵と戦ってきたが、あんな剣術は初めてだ」
「あれは、我流で身に付けたものですから」
「治安の悪い村で生まれ育ったと聞いているが、それが関係しているのか?」
その問いに、レシリスは僅かに表情を曇らせた。
ディアレスは、彼なりにレシリスを探っているのだ。サイファが疑いを持った事で、彼も動かずにはいられない状況となったのだろう。
レシリスは少し悩んでから、思い切って話し始めた。
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