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12:嫌疑と信頼

 昨日のうちに食材を買い溜めして置いて良かったと心底思いながらレシリスが台所へ入ると、其処には意外な人物が立っていた。


「お疲れ様……大丈夫?」


 気遣わしげな目でレシリスの顔を覗きこんできたのは、ガルウィスと共に会議に出ていったはずのサイファだった。

 レシリスは疲れ果てた内心を誤魔化すように、何とか気力で笑顔を作って答える。


「だ、大丈夫ですよ」

「そう……じゃあ、夕食の準備を始めようか」


 言うや、彼は調理器具を取り出し始める。レシリスは慌てて声を上げた。


「えっ? わ、私がやりますよっ!」

「手伝うよ。見習い達はまだ稽古中だし、僕はもう会議が終わって非番だから」


 そう言って笑うサイファを邪険にはできず、レシリスは戸惑いながらも、受け入れる事にした。

 実際手伝ってもらえるのはかなり助かる。


「じゃあ、お願いします」


 そうして二人で夕食の準備を始めたが、女性的な容貌のサイファは、外見に反して壊滅的に不器用だった。


 野菜の皮むきさえまともにできないという事実にはかなり驚かされたが、レシリスが調理の大半を受け持ち、サイファには調理器具の移動や盛り付けなどだけを手伝ってもらう形に落ち着いた。


 それだけでも、普段以上に動き回って疲れているレシリスにとっては随分助かったので、良かったといえば良かったのだが。


(……剣の扱いは上手なはずなのに、包丁は持ち方が滅茶苦茶だし、卵は綺麗に割れないし……やっぱりサイファさんも男の人なのね。時々包丁持ったままこっち向くし)


 治安の悪い村の生まれであるレシリスは、刃物を向けられる瞬間に思わず必要以上に身構えてしまうので、妙に気疲れしてしまったが、何とか夕食の準備が時間までに間に合った。


「……なんだか逆に疲れさせちゃったかな?」


 申し訳なさそうにサイファが眉を下げる。レシリスはゆっくりと首を横に振った。


「いえ、お気遣い頂いて、嬉しかったです。それに、本当なら一人だったので凄く助かりました」

「そう言ってもらえて良かった」


 サイファは安堵した笑みを浮かべ、出来上がった料理を食堂へ運んでいく。


 その後は見習い騎士達も戻り、普段通りに食事が進んでいった。

 後片付けは朝食以降の家事をしていない見習い騎士達が引き受けてくれたので、レシリスは早い時間に部屋に戻る事となった。


(皆も疲れてるはずなのに、優しいなぁ……)


 確かにレシリスは今日一人で洗濯と掃除をこなし、へとへとだったが、皆も一日剣の稽古で体力を消耗しているはずだ。

 それでもレシリスの事を気遣ってくれるのだから、その優しさに胸が温かくなる。


 同時に、自分は皆を欺くために此処に送り込まれたのだという事実が、重たく心を締め付けていく。


 と、自室へ向かっていたレシリスだが、不意に話し声が聞こえて足を止めた。

 其処はサイファの部屋の前だった。


「……二人はどう思う?」


 サイファの声に、二つの唸り声が重なる。


「隙がないのは確かに感じていたが……」

「俺はお前が思うほど怪しいとは思えない」


 それはディアレスとヴィゼットの声だ。

 どうやら隊長三人がサイファの部屋に集まって何やら密談しているらしい。


 レシリスの脳裏に、アルクの言葉が蘇る。


『《白》に関する情報をできる限り集め、俺の所へ持って来い。どんな事でも良い』


 もしも今三人が話している内容が、《紅》への対策や作戦なのだとしたら、その情報を持ち出す事が自分に与えられた使命という事になる。


 だが、できるならばそんな事はしたくない。


 自分を気遣い、優しい言葉をくれる《白》の皆を裏切るなんて、自分は全く望んでいないのだ。

 だが、それをしないという事は、命の恩人であるジアルドを裏切るという事。


 レシリスは葛藤を胸に、拳をぎゅっと握り締めた。

 自分は《白》の情報なんて知りたくない。知ればまた自分は葛藤して苦しむ事になると解っているから。


 情報さえ手に入れなければ、《紅》に渡すものはなく、悩む必要もないだろう。

 だが、足が床に縫い付けられたかのように、動かなかった。


「……隙がないにも程があるよ。僕がほんの少し包丁を向けそうになっただけで、身体を引いて距離を取っていたし」


 サイファの言葉に、レシリスがはっとする。

 まさか、と思う矢先、彼女の思考にヴィゼットの落ち着いた声が入ってくる。


「治安の悪い村の生まれだと言っていたから、慣れない場所で警戒が解けないだけじゃないのか?」


 その台詞で、レシリスは三人の話題が自分に関する事であると確信し、息を呑んだ。


「だからって普通の女の子が、一日中働き通しで疲れているはずなのに、全く隙を見せずに仕事できると思う? 普段だって、背後から近付くだけですぐ振り返るし……多分誰も彼女の肩を叩いた事はないんじゃないかな」


 畳み掛けるような口調のサイファに、二人は押し黙る。

 それは否定とも肯定とも取れ、レシリスは自分が疑われているのだと悟った。


 更にそれに追い討ちを掛けるように、サイファの言葉が続く。


「それにあの剣術、見事だと一言で片付けられるレベルじゃないよ」

「確かにあの剣の流れは一朝一夕で身に付くものではないだろう。だが、生まれながらに剣術に親しめば、有り得ない話ではない。疑う理由にはならないだろう……それに、万が一お前の言う通り《紅》からのスパイだとしたら、剣の腕前は隠しておくのが普通だと思うぞ」


 間髪入れず否定したディアレスの発言に、ヴィゼットが賛同する。


「そうだな。いずれにせよ、まだ決め付けるのは早い。少し様子を見るとしよう。それまでは、信じるのが前提だ」

「……解った」


 サイファが頷くと、椅子を引く音がした。レシリスは慌てて廊下の角へ身を隠す。

 次いで部屋の扉が開き、二つの足音が遠ざかっていった。


(……私が、疑われている……でも、私は実際、《紅》から送り込まれたスパイで……でも、ディアレスさんもヴィゼットさんも、私を信じようとしてくれている……)


 なんとも言えない罪悪感が、心を締め付ける。

 足音が完全に消え去っても、レシリスは暫くその場に立ち尽くしていた。

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