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11:明かされた事実

 アルクはレシリスの声に足を止めて振り返ると、驚いた顔で近付いてきた。


「よぉ、こんな所で会うとは奇遇だな……まぁ、丁度良かった。話しておきたい事があったんだ」


 気さくな笑顔を浮かべ、彼はレシリスを道の端まで導いた。

 人目を避けるようなその行為に、レシリスは無意識に警戒する。


 しかしそんな彼女の様子を気にも留めず、アルクは木の陰で足を止めると、真剣な表情で切り出した。


「《白》に関する情報をできる限り集め、俺の所へ持って来い。どんな事でも良い」


 妙に潜められた声に、レシリスは怪訝そうに眉を寄せる。


「……どうして、そんな事を?」


 彼女の問いに、アルクは焦れたように答えた。


「まだ解らねぇのか? お前が《白》の宿舎に送り込まれたのは、親切で仕事を紹介されたからじゃねぇ。《白》の内部情報を、少しでも手に入れるためだ」

「そんな……何のために?」


 さらに尋ねたレシリスを、アルクの藍色の眼差しが真っ直ぐに射る。


「……ジアルドが《紅》の頭だって言えば、全部繋がるだろ?」


 その言葉に、彼女は絶句した。

 一瞬思考が停止し、脳内が真っ白になる。


 たっぷり三呼吸くらいの間を置いて、それからゆっくりと考えが巡り出す。


 確かに、アルクの言っている事が本当ならば、全ての辻褄が合ってしまう。

 森で行き倒れた所を助け、仕事まで世話してくれる人など、そうそういはしないだろう。

 だが、もしもそれが恩を売って利用するためだとしたら、有り得ない話ではなくなる。


 仕事を紹介すると言って、屋敷に着く直前で姿を眩ました事も、紹介先が敵の本陣であるならば納得だ。

 そして昨日の夕方、市場で出会った時に近況を聞いてきたのも、全ては《白》の情報を得るためだったと考えれば、突然腕を引いて路地に連れ込んだのも頷ける。


 だが、もしそれが本当なら、彼のあの優しげな眼差しは嘘だったという事になる。


 それが、何よりも信じ難かった。


「……じゃ、じゃあ……わ、私は……」


 言葉が詰まる。動揺が、隠せなかった。


 《白》の騎士達は、皆親切に接してくれた。

 それなのに、自分はそれを裏切るためだけに送り込まれた存在であったというのだろうか。


 後になって知らされた事実に、大事な何かが音を立てて崩れるような心地がした。

 そんな彼女に、追い討ちを掛けるかの如く、アルクは続ける。


「お前は《紅》側の人間として、《白》の情報を得るために送り込まれたんだよ。俺はてっきり、お前もそのつもりであの屋敷に潜り込んでいるんだと思っていたんだが……まさかジアルドの奴、本当に何も知らせずに送り込んだとはな」

「……わ、私は……」


 ジアルドに命を救われた事は事実だ。

 彼がいなかったら森で行き倒れ、そのまま死んでいたかもしれない。

 だから恩に報いるためにも、与えられた仕事を全力で全うしようと思っていたのだ。


 だが、その与えられた仕事は、レシリスにとってあまりに残酷な選択を強いられるものだった。


(……どうしたら良いの……?)


 言葉が継げないレシリスに、アルクは小さく息をついた。


「……お前は、《紅》が何を目的に結成された組織か、知ってるか?」

「いえ……反国家勢力という事しか……」


 《白》にやって来た日に、ヴィゼットに教えてもらったのはそれだけの情報だ。詳しい事は何も知らない。


 アルクは僅かに目を細め、続けた。


「それはある意味で正解だな……確かに俺達は現国王のやり方に反発してる。だがそれは、現国王の政治じゃ、この国がいずれ滅びちまうからだ。平和で平等な国、それを望む組織こそが《紅》なんだ」


 その言葉にレシリスは顔を上げた。

 アルクは強く、彼女の目を見据える。


「現国王は貴族社会を重んじる古い考えだ。世襲でしか地位を得られねぇ国じゃ、優秀な人材は育たねぇだろ? だが、現国王は貴族と他国に対して体裁を取り繕う事しか頭にねぇ。その結果が、地方の町や村の貧困と治安の悪化だ……このままにしておけば、いずれ大規模な反乱が起きる。そんな闇の時代を終わらせるために、《紅》が結成されたんだ」


 レシリスは絶句した。


 自分の故郷のヘルイストの治安悪化も、もしかしたら国王が、地方へ目を向けなくなった結果だったのだろうか。


 だとしたら、自分が力を尽くすべきは、そんな国王を護る王立騎士団《白》ではなく、平和な国を目指す《紅》ではないのか。


 解らない。

 様々な思いと考えが巡り、心が雁字搦めにされたような気分だ。


「何も知らされずに送り込まれ、突然こんな話をされれば動揺するのは当然だ。だが、俺達はお前の情報を待っている……情報を渡す決意が固まったら、町外れの教会へ来い」


 彼は最後にふっと笑みを浮かべると、レシリスの頭をくしゃりと撫で、そのまま市場の雑踏へと消えていった。


 今朝方ディアレスにされたのと同じ行為のはずなのに、感じるものは全く違った。

 知りたくもなかった事実を突きつけられたレシリスは、根が生えてしまったかのように、暫くその場を動けずにいた。


 レシリスが屋敷に戻ったのは、予定の時間を少し上回った頃だった。


 アルクから聞かされた事実が胸に蟠ったままだが、それでも仕事は山のようにある。

 大慌てで洗濯を開始し、騎士達の昼食を用意しながら、合間を縫って朝洗い損ねた食器を片付け、自らは休む間もなく掃除に回る。


 見習い騎士達は午後まで稽古だという事で、掃除も一人でこなす訳だが、流石に一人で屋敷全部は無理がある。そのため汚れやすい玄関と廊下だけに範囲を絞り、床を完璧に磨き上げる。


 一人で仕事をこなすのは初めてのレシリスは、くたくたになりながらも夕食の支度のため台所へ向かった。

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