0:出会い
深く、鬱蒼とした森の中。
太陽の光さえろくに届かぬ薄闇の中を、一人の少女が進み続けていた。
背中まである金髪と深い海を思わせる青の瞳。
腰に一本の長剣を携えているその少女は、その端正な面立ちに苦渋を滲ませている。
彼女は数日間ずっと歩き続けており、体力は限界を迎えていた。
鉛のように重い足を気力だけで進めてきたが、やがて彼女はがくりと膝を衝いた。
森の出口はまだ随分先だというのに、身体は空腹と疲労を訴え、これ以上歩く事ができない。
(……わ、私、こんな所で、死ぬの……?)
絶望が頭を過ぎる。しかしその意識さえも白んで、ぼんやりとしていく。
視界が霞み、気が遠くなって、上体が前に傾いだ。
と、彼女が倒れそうになった、その時。
「……ーーーーーおいっ!」
声がしたと同時に、倒れかけた彼女の身体を何が支えた。
その声で意識を呼び戻された少女が虚ろな目を向けると、美しい深紅の双眸が自分を見つめていた。
腕一本で彼女の身体を支えていたのは、銀髪の青年だった。
見る者を圧倒する程の美貌を有したその青年に、彼女は言葉を忘れ、じっとその顔を見つめてしまう。
「……? おい、生きてるか?」
長い沈黙に堪えかねた青年が覗き込むようにして問うと、彼女はゆっくり首を傾げた。
「……天使、さま?」
「は?」
「……私、死んだの?」
呆然とした様子でそう尋ねた彼女に、青年は小さく溜め息をついた。
それから彼女を地面に座らせ、その頬をきゅっと抓る。
「痛っ!」
「良かったな。痛いのは生きている証拠だ」
飄々とそう言い放った青年に、彼女はようやく目が覚めた様子で、頬を摩りながら不満げな視線を向けた。
「だからっていきなり抓らなくても……」
「手っ取り早く生きていると解らせるには一番良い方法だろう」
彼女の視線など気にも留めず、青年は軽く肩を竦める。
「で、お前はこんな森の中で何をしている?」
その質問に、彼女は答えを躊躇った。
倒れかけた自分に手を差し出してくれたのだから、悪い人ではないだろう。
だがしかし、初対面の男に易々と自らの情報を答えて良いのだろうか。
逡巡しながら青年の深紅の瞳を見ると、とても優しい光を宿して自分を見つめていた。
そんな彼の目を見ていると、何故だか安心し、無条件に信用できるような気がしてくる。
(そういえば、この人は男だけど、平気だわ……)
男嫌いである彼女だが、不思議とこの青年には嫌悪を感じなかった。
普段なら、男が目の前にいると思っただけで息が詰まりそうになるというのに、青年から発せられる穏やかで優しげな雰囲気がそうさせるのか、不信感はすぐに消え去っていた。
「……レイモストを目指していたんですが……食料が尽きてしまって……」
レイモストは、このブラスタリア王国の城下町であり首都の名だ。この森を抜け、更に少し進んだ場所にある。
「空腹で気を失いかけていたのか……」
彼は呆れた様子で背負っていた袋から何やら小さな包み取り出すと、それを彼女にそっと差し出した。
「こんな所で寝るなんて、盗賊に襲って下さいと言っているようなものだぞ。これをやるから、しっかりしろ」
そう言われ、返す言葉もなく彼女はそれを受け取る。包みを開くと、おにぎりが三つ並んでいた。
「い、良いんですか?」
ぱっと顔を上げた彼女に、青年は彼女の隣に腰を降ろしながら頷いた。それから水筒も手渡す。
「ああ。ほら、水もやる」
「あっ、ありがとうございます!」
お礼の言葉と同時に、彼女は早速おにぎりを頬張る。
素朴なおにぎりだったが、それは涙が出そうになるほど美味しかった。
物凄い速さでそれを平らげ、水を飲み下した彼女は、改めて青年に向き直った。
「ごちそうさまです。とっても助かりました」
笑顔で礼を述べると、青年も柔らかく微笑んだ。
「お前みたいな若い娘がこんな所で倒れるのを、見過ごす訳にはいかないからな」
「本当にありがとうございます。私はレシリス・ブラインといいます。貴方は?」
「ジアルドだ。ジアルド・レイフィック」
互いに名乗り合う二人。と、ジアルドはレシリスの様相を見て、怪訝そうに尋ねた。
「で、レイモストへ向かっていると言っていたが、出稼ぎか?」
「ええ、そんな所です」
「仕事の当てはあるのか?」
その質問に、レシリスは黙り込んだ。まだレイモストに行った事は一度もない。仕事と住む場所が見つけられるかどうか、それは彼女の不安の種だった。
しかし、そんな彼女の様子に、ジアルドは唇を吊り上げた。
「……そうか。なら丁度良い」
「え?」
「仕事を紹介してやろう」
至極優しげな表情でそう告げた青年が、レシリスには本当に救いの神に見えた。
この出逢いが、全てもの始まりだった。
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