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夜の異変

少し短めです

 〈竜の庭〉を出た後は、後回しにしていた宝石の選定をしようと宝石庫に向かう。

 宝石庫は少し薄暗い。灯されている足元の間接照明以外に点けられる光は、手灯りだけと決められていた。入り口の角灯を手に取ると、中に火を灯す。ゆらゆらと揺れる光が壁と床を照らし出した。

 足元の光に従って、壁沿いを奥に進む。奥には人が二人で囲めるぐらいの机があって椅子もある。そのさらに奥に、ルイスの目当てがあった。

 白氷石(はくひょうせき)

 不透明な薄水色で表面はその冷たさを感じさせないように角をとって丸く加工されるのが一般的だ。

 ちょうどルイスのお守りのように。


 石は太陽の光を嫌った。

 氷と名のつく石。人の体温で溶けることはないけれど、長時間太陽光に晒すと色がなくなってしまう特徴を持っている。だからルイスはお守りの石を基本的に服の下に入れて隠していた。竜仕官になってからカルセドニーにみせることが多くていつの間にか薄水色がもっと薄くなってしまったような気がするけれど。


 角灯を机の上に置く。

 戸棚を開いて中の引き出しを手前に取り出す。

 戸棚の段は手前に引けるようになっていて一段一段取り出すことができた。

 板の上には同じ種類の石が並んでいる。


 納品された宝石は同じ種類ごとに戸棚にしまわれる。その中からさらに竜に与えるものを選ぶのは竜仕官の仕事だ。


 見習い時代、一番教え込まれるのがこの選定の技術だった。

 無数の宝石の中から必要なものを選び出せるのか、竜仕官に必要な資質だ。


 角灯を落とさないようにルイスは机の上に引き出しを移動した。小さな灯りと足元しか照らさない照明では宝石の美しさなんてわからない。だからこそ、選定はしやすくなる。

 本当は真っ暗でなにも見えなくてもいいくらいだ。

 引き出しの隣には籠を用意する。


 宝石選びに肝心なのは自分の手と感覚。伸ばした手を冷たい石が迎え入れた。

 そのままそっと目を閉じ、指先に、手の平に神経を集中させる。

 並んだ石の上に優しく手を滑らせる。一つ一つ石の表面を撫でると、何個目かでそれに当たった。


 竜仕官になりうる資質を持った人はその感覚をこう表現する。

 ――温かい。


 温度のない石の中にあって、温かい。

 内側に熱を込めたような石。心に小さな光を灯してくれるような感覚。


 わずかなその感覚を追って、竜仕官は宝石を選び出す。


 ルイスは石を籠にそっと移した。


 同じ事を引き出し一つ分続ける。

 選定が終わった引き出しは元のように戸棚に戻すが、引き出しの手前にあるフックに選定が終わったことを示すプレートを引っかける。そしてまた次の引き出しへ。

 石を選んで、戻して、プレートを引っかける。それを繰り返す。

 選定から外れて残った石は契約を結んでいる宝石商へ引き取られる。

 戸棚いっぱいにあった引き出しには全てプレートがかけられた。宝石の入った籠は、もっと部屋の入り口付近にある自分の棚に置いておく。


 達成感を胸に、ルイスは大きく伸びをした。凝り固まった体が小さな悲鳴を上げる。同じ体勢で選定をするのは苦ではないが、我に返ったときに固まった首の筋肉を自覚する。

 石の選定が終わると意識が浮上した感じがする。夢の中にひたっていたものが、現実に取り出されたような感覚だ。


 空腹を抱えた胃が音を鳴らした。

 今何時だろう。

 気付けば数時間経っているなんて事ざらにある。締め切られて薄暗いこの部屋は、外に出ないと現在の時刻がわからない。正確には扉の付近に壁掛けの時計が一つ設置されてはいるのだが、放置されて久しいためとまっている。この部屋に入ってわざわざねじを巻く人がいないからだ。

 入る人間が制限された弊害がこんなところに出ている。この部屋に入る人は皆、時間など気にしないし、気になったときには手遅れなのだ。


 鍵を開けて外にでる。室内で使用していた手灯りは火を消して元の場所に戻しておいた。


 窓は近くになく、廊下の奥に端だけが見える。

 屋外は既に暗い。人の姿はなく、話し声もしない屋内はがらんとしていて冷たく感じる。


 食堂はもう閉まっているかもしれない。そうなると帰って寝て朝ご飯を早めに食べるのがいいか。

 そうだ。選んだ石をカルセドニーに持っていこう。時間があるからブラッシングも念入りにできるだろう。いつものカルセドニーの都市滞在期間からするとまだ都市を去るには早いから、明日いなくなっているということはないと思う。


 明日のことを考えると足取りは速くなった。

 住まいは近くの宿舎で、遠くではないけれど、なんせ白亜宮は幾重にも増改築された迷宮である。白亜宮を出てから宿舎までの距離よりも、中を歩く長さの方が長いに違いない。それに今いるところは北側の奥。入り口とは真逆である。宿舎に帰り着く頃には何時になっているか。


 人のいない廊下にこつこつと靴の音が響いた。


 耳が人の声のようなものを拾ったのはそんなときだ。

 最初は風の音を聞き間違えたのかと思ったがどうやら違う。断続的に聞こえてくる音は数人の声として耳に届いた。


(竜の庭の方から聞こえる?)


 気にせずに帰ろうかと思ったけれど、なんとなく放置できなかった。

 声は竜の庭の入り口の方から聞こえてくる。

 ここ最近耳にした不審者の話を思い出して背筋を冷たい手で撫でられたみたいにぞわりとする。


 嫌な予感がする。


 そろりと伺った竜の庭への扉はわずかに開いていて、常駐しているはずの警備兵はいなかった。

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