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第17話 アーノルド様に庇ってもらいました

 村の外れでネリネはケガ人の治療に当たる。

 だが、その時だった。

 不意にネリネの背後で唸り声が響いたと思うと、森の中から黒い塊が飛び出してきた。

 ――それは体長三メートルほどの巨大なブラックグリズリーだった。

 その瞳は血走っており、口からはダラリと唾液を垂らしている。

 明らかに正気を失っている顔つき。魔獣特有の狂暴性を発揮し、ネリネたちに襲い掛かってくる。


「ネリネ!」

「きゃああっ!?」


 ネリネは突き飛ばされ、地面を転がる。間一髪で魔獣の爪の餌食にならずに済んだ。

 だがネリネの代わりに、彼女を庇ったアーノルドがブラックグリズリーに組み伏せられてしまう。


「グガアアァッ!!」

「あ、アーノルド様!?」


 ネリネは慌てて立ち上がると、アーノルドの元へ駆け寄ろうとする。だが――。


「心配しなくてもいい。君はそこで見ているといい」

「えっ……!?」


 ブラックグリズリーに組み敷かれたアーノルドは、顔色一つ変えずに涼しげに言った。

 この状況で、何故そんなに落ち着いていられるのだろう?

 そう思ったネリネだが、理由はすぐに判明した。

 ブラックグリズリーの腕に力が入っていない。何故なら、グリズリーの両腕は肘から切断されていたからだ。


「『風刃ウィンド・カッター』」


 アーノルドが静かに呟くと、彼の周囲に風の刃が無数に現れる。

 それらはアーノルドの命令を受け、一斉に動き出した。

 無数の風の刃がブラックグリズリーの全身を切り刻む。

 黒い毛皮がズタボロになり、鮮血が飛び散った。

 ブラックグリズリーの身体はズタズタに引き裂かれ、その場に崩れ落ちる。

 それでもなおアーノルドに一矢報いようと足掻いてもがくが、全て無駄に終わる。

 ブラックグリズリーはアーノルドに辿り着くことなく、絶命した。


「ふう……終わったか」


 アーノルドはため息をつくとゆっくり体を起こす。そしてブラックグリズリーを一瞥して言った。


「雄のブラックグリズリーか。先程倒したのは雌だったな、ルドルフ?」

「はい、アーノルド様! 今の時期だと恐らくつがいだったのでしょう。雌を殺されて怒り狂った雄が襲ってきたんでしょうね。大丈夫でしたか?」

「問題ない。……と言いたいところだが、少々不覚だったな。ネリネに接近を許してしまった。……ネリネ、無事か?」

「は、はい……アーノルド様のおかげで無事です……!」


 ネリネが答えると、アーノルドは安堵のため息を漏らす。

 それから彼はネリネに手を差し伸べて助け起こした。

 アーノルドの右腕からは血が滴っていた。恐らくブラックグリズリーからネリネを庇った時についた傷だろう。


「大変です! アーノルド様こそケガをしているじゃありませんか!!」

「この程度かすり傷だ。大したことはない」

「いけません! すぐに手当しないと……!」

「だから平気だと――」

「ダメです! 野生動物につけられた傷は、雑菌が入りやすく化膿しやすいんですから!」

「そ、そうなのか? よく知っているんだな……」

「はい、医療院でよく怪我人の手当をしていましたから!」

「分かった、君の言う通りにしよう。ネリネ、すまないが手当を頼む」

「かしこまりました」


 ネリネはアーノルドの腕を取ると、『応急手当ファーストエイド』を発動させる。

 アーノルドの血が止まり、傷も塞がっていった。


「これで良し……っと。アーノルド様、ありがとうございました」

「なぜ君が礼を言うんだ? 礼を言う必要があるのは治療してもらった私の方だろう」

「でも無理強いするような形になってしまったので……」

「そんなことは気にしなくていい。私のことを心配してくれたのだろう? ありがとう、嬉しいよ」


 アーノルドはそう言うと、ネリネの頭にぽんと手を乗せる。そして優しく頭を撫でた。

 ネリネはポカンとする。そして一瞬の後、自分が何をされているのかを知って、様々な感情が一気に押し寄せてきた。


「ぅ……っ、ふぇっ……!」

「な……!? ど、どうした!?」


 突然泣き始めたネリネを見て、アーノルドは慌てる。


「すまない、嫌だったのか……!?」

「いえ、違うんです……! だ、誰かに頭を撫でられるのなんて、私、初めてだから……」

「初めて? ご家族は健在なのではなかったのか?」

「あっ――」


 しまった。余計なことを言ってしまった。

 自らの失言に気付いたネリネは慌てて涙を拭うと取り繕った。


「ひ、久しぶりの間違いでした! すみません、変なこと言って……! あはははは……!」

「…………そうか」


 アーノルドは何か言いかけたが、結局何も言わなかった。


「……よし、それでは村の見回りをしよう。まだ魔獣がいるかもしれないからな」

「はい!」


 こうして三人はミスカ村を隅々まで見て回った。

 その最中、ネリネは先程のことを思い出し、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。


(誰かに頭を撫でてもらうのって、あんなに安心するものなんだ……)


 ネリネはまだ一歳の時に実母を亡くした。

 それから実父と養母には愛情を注がれず、婚約者のローガンとの間にも愛はなかった。

 ネリネは誰かに頭を撫でられた事がない。

 妹のミディアがよく両親に撫でられているのを、ずっと羨ましいと思って見てきた。

 もしかすると死んでしまった実母は撫でてくれたのかもしれない。

 でも赤ん坊だったネリネは覚えていない。

 だから今の今まで知らなかった。誰かに頭を撫でてもらえることがこんなにも幸せな気持ちになれるということを。


(またアーノルド様に頭を撫でてほしいなぁ……)


 そんなことを考えながら、ネリネはケガ人を治療して回った。

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