第百五十一話 戦いはもう始まっている(4/?)
******視点:百々百合花******
12月4日。春からの試合の日々が終わって、もうすっかりおでんが美味しい時期。
「いらっしゃいませー」
「あ、待ち合わせてるんですけど……」
「水面さん、こっちこっち」
お座敷のある居酒屋。お膳を挟んで水面さんと向かい合わせ。
「まずは今年もお疲れ様でした」
「百合花ちゃんもね」
とりあえずで頼んだ生で乾杯。私達の間じゃもういつものこと。
「……水面さん」
「ん?」
「行き先、決まったわ」
「ってことは出ていくのは確定?」
「ええ、そこはFAした時点で決めてたわ。それこそシーズンの途中くらいから考えてたこと」
「何か嫌なことがあったの?」
「全然」
「球団の誠意が足りなかった?」
「オーナーから『年俸は倍出す』って言われたし、額面的には出ていったらむしろ損するわ」
「倍だったら逢ちゃん以上じゃない」
「ええ、残ればチームの日本人で一番の稼ぎ頭。もったいない話だわ」
「じゃあ何で……」
「鋭利くんに勝ちたくなったのよ」
「……ここに残っても競えるじゃない」
「そうね。残った方が投げる場所とか対戦する相手とかの条件が平等になるし、単に成績を競うだけならむしろ残った方が良いとは思う。でも水面さんも同じピッチャーならわかるでしょ?やっぱりピッチャーは本番の勝負で投げ合ってこそって」
「ほんと、どこまでもピッチャーね貴女」
「私も、ソフトボールでショートやってた私がこんなに硬式野球のピッチャーにハマるとは思ってなかったわ」
少しの沈黙を、ジョッキを傾けることで誤魔化す。
「閑さんのこともあるし、帝国一をやり残したのは私としても心残りではあるけど、それでもバニーズの一員として、『優勝する』っていう最低限のことはやりきった。私個人としては、チームが負けっぱなしだった頃の鬱憤はそれで十分晴らせた。なのに今年は、私の中に悔しさが残った。まだ高校を出て3年なのに、何もかもが私以上のピッチャーが出てきて」
「…………」
「私ももう来年で33。今以上になるどころか、今の力を維持するのだって難しくなる頃。どんなに意識して砂を握っていても、少しずつ指の間からこぼれ落ちるばかり。そのくらいの『闘争心』がなきゃ、現役だって続けてられないわ」
「ってことはやっぱりリプの球団?」
「ええ、ウッドペッカーズ。不義理を働いて申し訳ないけど」
「選手の権利よ。しょうがないじゃない」
「そう言ってくれると救われるわ」
「……百合花ちゃんが抜けるのなら、先発の枠が1つ空くわね」
「もちろん、水面さんと勝負できるのも楽しみだわ」
「大丈夫?私が本気出しちゃうと百合花ちゃん、バニーズを出ていったの後悔するかもしれないわよ?」
「それくらいでちょうど良いわ。今でもバニーズのことは好きだから。変な話だけど、そうやって後悔するのを期待してる私もいるわ」
「ほんと変な子ね、百合花ちゃん」
「でしょ?」
FAに関する義理不義理はともかく、変なことしてるのは自覚してるわ。でもやっぱり一度きりの人生。プロ野球選手ってチームには所属するけど個人事業主。良くも悪くも自由だから、理性だけで動いてちゃ、『やらなかった後悔』は絶対に残る。
結局のところ食いっぱぐれないのが一番大事だとしても、やっぱりプロのピッチャーになれたからには一番でいたい。勤続年数とかで一番になれる『金額』じゃなく、『実力』で。この歳になってもまだタイトルの1つも獲れてないとしても。
・
・
・
・
・
・
******視点:月出里逢******
12月5日。今年のプロ野球関係の仕事も、そして今年そのものももうすぐ終わり。今日はサンジョーフィールドでファン感謝祭。
「球場のバニーズファンの皆様!大変お待たせいたしました!只今よりバニーズファンフェスタ2021を開催いたします!バニーズの選手・監督・コーチ陣、入場です!」
「「「「「おおおおおお!!!」」」」」
バックスクリーンに今年の試合のダイジェスト映像が流れる中、伊達さんが乗る車を先頭に並んで入場。チームの日本人で一番の稼ぎ頭になっちゃったあたしはリプのチャンピオンフラッグを背負いながら。別に重くはないけど、おかげで目立つ。こういう立場だからしょうがないか。
「初めての共同作業っすね!」
「……誤解を招きそうなことを言うな」
でっかいペナントはちゃんと見えるように、朱美ちゃんと山口さんがそれぞれ端っこを持って。
ファン感謝祭自体は毎年やってるけど、いつもはこんな大袈裟な入場の仕方はしない。リーグ優勝を成し遂げたからこそ。でもやっぱり、何だかんだでこっちの方を当たり前にしたいとは思う。
「ちょうちょー!」
「こっち向いてくれやー!」
「どもども……」
「逢ちゃん!」
呼びかけられたからとりあえず最低でも手を振ろうかと思ったら、佳子ちゃんがあたしと肩を組んで一緒に手を振る。そしてあたし達の横に並んで歩くカメラさんに向かって、ピラピラとはためいてる旗を広げてみせる。
「佳子ちゃーん!」
「背番号1桁台おめでとうやで!」
「来年もセンター頼むで!」
「ありがとうございます!頑張ります!」
佳子ちゃんのグッズを掲げながら熱心に佳子ちゃんに声をかけるファンの人達。
……あたしの可愛さのおかげか、こういうイベントに来る人も年々増えてるけど、やっぱり最終的に佳子ちゃん推しに落ち着く人が多い。
言い方は悪いけど、ファンの面倒を佳子ちゃんに投げられてるからあたしとしては助かってる。でも実際にこうやって佳子ちゃんの方がチヤホヤされてるのを目の当たりにするとどうしても悔しさも生まれる。対応の差を考えたら当たり前なのに。ほんとあたしってめんどくさい性質。
・
・
・
・
・
・




