第百五十一話 戦いはもう始まっている(2/?)
******視点:???******
11月14日、福岡。博多CODEヴァルチャーズの球団事務所。
「やぁやぁ皆様、お疲れ様です」
帝国屈指の実業家にも関わらず、掃除のおばちゃんにも腰の低い対応。我が球団のオーナーにしてCODEグループのトップに立つ梅谷本慈会長。
会長が九州の出身で、球団も九州にあるが、CODEグループの主な活動拠点は帝都。会長本人も時折政治家・官僚相手にアドバイザーを務めたり、その立場を利用して政治に介入するという噂もよく聞くが、何にしても多忙な身。そんな方がわざわざ直接現場に足を運んだのは、今シーズンの労いと、来年度からの新体制に向けての訓示のため。
新社長の呼びかけで、俺達正社員からさっきの掃除のおばちゃんまで、スタッフ全員が食堂に集まり、滅多にお目にかかれない組織のトップに視線を集める。
「えー、皆様。本年度はお疲れ様でした。ヴァルチャーズは結果としてリーグ2連覇、そして帝国シリーズ5連覇は叶いませんでしたが、積年の疲労や怪我人の続出の中、実によく戦ってくれたものと認識しております。また、この苦しい中で球団スタッフの皆様にも公式戦の運営、プロモーションなど、様々な面で今年も球団に貢献していただけました。おかげさまでヴァルチャーズは本州から離れた地を拠点にしているにも関わらず、今や12球団中3指に入るほどの集客力を持つまでに至りました」
本人は飽くなきトップへのこだわりから、血の滲むような努力の末に成功者になった男。こんなことを言い並べているが、去年までの栄華からリーグ4位の憂き目。本心じゃないのは大体の人間が察するところ。
「ですが、ヴァルチャーズの人気は同時に大きな責任も伴うものです。本州などにお住まいで、普段なかなか本拠地で応援できないファンの皆様がそれでもなお我々を支持するのは何故なのか?それは我々がこれまで、『勝利』という最大のファンサービスに誰よりも誠実であったからに他なりません。野球という競技は100年を超える歴史を持つ競技ではありますが、その技術は今なお進歩しております。我々もまたその中で妥協はできません。ゆえに心苦しい判断ではありましたが、功労者たる羽雁監督に代わって岸川新監督に、球団社長も御前新社長という新体制で、来年度に臨みたいと思います。御前社長も一言どうぞ」
「ただいまご紹介に預かりました、御前御蔭でございます。来年度からこの球団全体の指揮とオーナー代行を任されることになりました。栄光あるヴァルチャーズでこのような役職を賜ったことを大変光栄に存じております。ファンの皆様のご期待に添えるよう、また、皆様1人1人の働きが球団へ最大限にフィードバックされるよう、精一杯尽力していきたいという所存です。どうかよろしくお願いいたします」
肥えてはいるがビシッとしたスーツの着こなしで、背筋の伸びた50代の女性。堂々とした姿からも想像できるように、この球団の社長だけじゃなく、他にも財務や情報管理など、CODEグループの多くの役職を兼任する、グループ内屈指の実力者。CODEグループの組織の規模を考えれば、彼女だけでもそこいらの大企業のトップに並べるほどの大物と言えるだろう。
「御前新社長、ありがとうございます。『新体制』と言えど、『準備期間』などと言って『勝利』に妥協することは我々には決して許されません。これからの新戦力、そしてこれまでに準備してきたもの、持ちうる全てを駆使して、リーグ優勝に帝国一の座をいち早く奪還し、ファンの皆様に報いられることを心より願っております」
「承知しております。来年の今頃にはここで祝杯を交わせるようにいたしますので」
会長はほぼ常に細目で、人当たりの良い笑顔を絶やさないが、ほんの一瞬だけ新社長に見せたギョロリとした目。そしてそれに動じずに応えてみせた新社長。
……ヴァルチャーズは確かに今なお保有戦力は巨大。だがそれでも、主力野手の友枝、穂村、田所も確実に歳を重ね、今年の故障者続出も決して一過性のものとは言えない状況。エースの真木も今年はシーズン途中からの参戦になったし、メジャー挑戦の意欲も強いから、計算できるのはおそらく来年度いっぱい。
月出里や風刃など、若手が次々と台頭し、来年度も見通しの明るいバニーズと違って、ヴァルチャーズは冷静に分析すれば世代交代を意識すべき時期。戦力の『層』はともかく、戦力の『最大値』という点では確実にバニーズに分がある。
あの会長が根性論や精神論だけでそれだけ高い目標を設定するとは思えない。つまり、この状況をひっくり返せるほどの『何か』がある、ということなのか……?
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******視点:梅谷本慈 [博多CODEヴァルチャーズ オーナー]******
「お疲れ様でした、会長」
「いえいえ、御前さんも」
スタッフ達が解散した後、事務所の社長室。御前さんと今後について、改めて話し合い。
「御前さんもご存知かと思いますが、私は『金は誰より出すが口は出さない』が球団オーナーとしてのモットーです。ゆえに、『勝利』という『結果』は求めますが、『手段』については御前さんを始め、現場の皆様に全て委ねます」
「つまり……『例のもの』も活用しても構わない、という認識でよろしいですね?」
「ええ、必要とあらば。そのために何年も前から保田オーナーなどに根回ししたのですから」
あの小娘が嗅ぎ取ったのか、バニーズだけはリプの球団の中で『アレ』を導入してないのは痛手ですが……プロ野球は基本的に総当たり戦。優勝を争う相手に直接勝たずとも、それ以外の球団から勝ち星を稼いで頂点に立ったとしても、ルール上問題ない……ですよねぇ?
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