第百五十話 ひねくれ者の意思を継ぐのは(4/?)
******視点:赤猫閑******
11月13日。入院してもう1週間以上。相変わらず首には大げさなコルセット。
「ハローアリオス、猫動画再生して」
「わかりました」
アームで支えられて、宙に浮かぶように目の前にあるタブレット。退屈してるあたしに気を利かせて伊達さんが用意してくれたもの。音声の指示に従って、動画アプリを立ち上げて目的の動画を再生する。ほんと便利な時代になったものね。
……考えてみたらあたし、今まで生きてきてここまで長い間のんびりしたことがほとんどなかったわね。あのクソ女のために盗みをやって、お父さんとおばあちゃんのために野球も勉強も必死に頑張って、プロ入ってからももちろん練習と試合漬け。オフだって鈍らないように毎日最低限身体は動かしてたし。
正直、働かずにダラダラと過ごしてる人達の気持ちがほんの少しだけど理解できてしまう。楽に流されることがどういうことなのかってのも、案外実際に経験してみないとわからないものね。
「ニャーニャー」
動画の中で、飼い主の猫じゃらしで戯れて、遊び終わったらご飯を食べる猫の姿。頭を空っぽにするのにはちょうど良い。
でももちろん、これはあくまで『手段』。この退屈な療養期間を乗り切るための。これが終わったら、たとえ行き先が地獄とわかってたとしても野球を続ける。そこは絶対に曲げない。
「失礼します」
「……!」
もう入院して1週間以上だから、バニーズの関係者はあらかた見舞いに来てくれた。そのおかげで、野球を続ける覚悟もし直せた。他で退屈凌ぎができるようになった後でも、そういうのはありがたい。
でも今日姿を見せたのは、入院して以来会ってなかった逢ちゃんと、逢ちゃんが雇ってる打撃投手の子。
「すみません。もっと早くに来たかったんですけど……」
「気にしないで。忙しい立場なのはわかってるから」
「あ、動画観てたんですか?」
「ああうん、今止めるから。ハローアリオス、動画止めて」
「わかりました」
「そこにある椅子使って」
「ありがとうございます」
ベッド横の椅子。ちょうど2つあって数は足りてる。
「具合はどうですか?」
「首が痒くならない限りは平気よ」
「固形物食べれるかわからなかったからゼリー飲料持ってきたんですけど、これなら大丈夫ですか?」
「ありがと。そこに置いといて」
「優輝、お願い」
「うん」
「CM観たわよ。大手の化粧品メーカーなんて大したものね」
「閑さんはそういう仕事したことあります?」
「いかんせんバニーズだからね。そんな全国区の仕事なんてとてもとても。せいぜい地元の企業のイメージキャラクターぐらいよ」
「そう言えば愛知行った時に閑さんの写真がデカデカと貼られた看板ありましたね」
……?シーズンオフに野球教室手伝ってもらった時かしら?
まぁ特に気にせず、他愛のない話を繰り返す。
「……伊達さんから聞きましたよ。現役続けるって」
突然切り出された例の話題。
「そうよ。逢ちゃんも反対かしら?」
「反対かどうかはともかく、やっぱり閑さんってあたしに似てる気がします」
「?」
「世の中、色んな先入観ってあるじゃないですか。たとえばあたしみたいにクッソ美人だと、『見た目の良くない人を内心見下してる』とか、『きっと男にだらしない』とか、『男に尽くさせて苦労知らずに違いない』とか。血液型占いとかもそうですね。でもあたし、そういうの大ッ嫌いなんですよね。あたしの可能性を勝手に見限られてるみたいだし、運命とかそういうのを他人に勝手に決めつけられてるみたいで。だからあたしって、いつも"例外"でいたいって思ってるんです。『クッソ可愛いけど野球で誰よりも頑張れる』とか、そんな感じで」
「「…………」」
「閑さんもそんな感じがするんですよね。『死ぬ可能性があっても現役を続ける』っていうのも、それだけ"例外"であることに強くこだわってるような、そんな気がするんです」
「……そうね。確かにそれがしっくりくるわね。逢ちゃんには教えたことがあったわよね?あたしがロクな生まれじゃないって。生まれた時点でお父さんを裏切って、おばあちゃんにも迷惑をかけて」
そして同じ女としてこの世で一番嫌いな母親に似ちゃって。見た目にだけは恵まれたせいで、ロクな目に遭ってないわね。
「だからある意味、今の状況は都合が良いとすら思ってるわ。逢ちゃんが言うところの"例外"の証明になるから。『こんなあたしでも命を賭けて誰かに尽くせる』ってね」
「…………」
「逢ちゃんはそういう決めつけが嫌みたいだけど、客観的な事実だからあえて言うわ。あたしは逢ちゃんと違って、"ヒーロー"なんかじゃないのよ」
あたしには"ヒーロー"になる資格なんかない。それこそ逢ちゃんが言うように、"例外"になるのが関の山。




