第十六話 後に続く希望(6/7)
9回裏 紅5-5白 1アウトランナーなし
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右](残り投球回:1/3)
[控え]
夏樹神楽[左左]](残り投球回:1回2/3)
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
山口恵人[左左]](残り投球回:0)
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 ■■■■[右右]
9捕 土生和真[右右]
投 カリウス[右右]
[降板]
三波水面[右右]
早乙女千代里[左左]
桜井鞠[右右]
相模畔[右左]
牛山克幸[右右]
花城綾香[左左]
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******視点:振旗八縞******
人間は基本的に利き手側の方が力がある。仮に多少逆手側の方が純粋な筋力で勝ってたとしても、細かい動作を行う上ではより器用な利き手側の方が関節の連動などを意識しやすく、結果的に瞬発的な力を生み出せることが多い。野球は他の競技と比べて常に動きっぱなしになるような状況がまずなく、打撃・投球・守備・走塁全てのスキルは瞬発力が土台となってるから、その点は決して軽視できない部分。
そして、外角打ちというのは内角打ちと比べて身体の可動域が窮屈になりにくい反面、身体の軸から遠くなる分、スイングのパワーがボールに伝わりにくい。しかも長打というのは角度のある打球でないと狙いづらいから、バットの芯より気持ち上っ面で捉えないと数が稼げないけど、バットの形状は円筒状だから芯から外れれば外れるほどヘッド負けが起こりやすくなる。その上で外角球を長打にするためには、インパクトの瞬間のトップハンドの『押し』が重要になってくる。
昨今活躍してる右投げ左打ちの打者は、当然より多くが右利き。利き手がボトムハンドになってるというのもスイングの上で有利になってる部分はあるし、そのおかげでスイングスピードや打球速度、飛距離の最大値はむしろ右利きの左打者の方が優れてたりすることが多いけど、そういう打者は意外とホームランの本数はイメージより少ないのよね。白組メンバーで言えば、徳田がその典型ね。
「天野」
「は、はい!」
「今のホームランは貴方だから打てたのよ。誰かと比べられる必要なんてないわ」
「あ……ありがとうございます!」
一際恵まれた体格に、相応の筋力。そして幼い頃からフルスイングを身体に染み込ませてきたからこそのナチュラルなフォロースルー。そこから生み出されるのは、逆方向に流れようが場外まで飛ばせるポテンシャル。天野、貴方は誰かに比べられるまでもなくスターの器よ。
「5番サード、オクスプリング。背番号54」
「まだワンナウトだぞー!続け続けー!!」
「……ん?」
天野を労ったり、打席に向かうリリィを応援したり、総じてベンチの雰囲気が明るい中なのに、月出里だけがどうにも複雑そうな顔をしてる。
まさか、ね……
******視点:柳道風******
(お、オレのカッターが……)
(切り替えろカリウス!ここから先は下位に向かっていくんだ!)
「天野!天野!天野!天野!」
「じょ、場外まで飛ばそうがソロムランはソロムランやろ……」
「せやせや、たかが1点やんか。あと1点取らなどっちみち負けやん……」
「せめてさっきの打席で打てや……」
沸き立つギャラリーの中、通ぶって水を差す輩もおるが、笑い話じゃな。
『ホームラン』とは『それ以上のない完璧な打撃結果』。そしてそれを実現したのは白組の主砲たる天野であり、その相手は赤組の守護神たるカリウス。そして捉えたのはその守護神が誇る『絶対的な決め球』。『たかが1点』などよりも、その事実にこそ大きな意味があるというのに。
(全く、情けない話やで。年上として嫌われ役になってカッコつけたくせに、その相手の足を引っ張るなんてな。あの一発は雨田のせいやない。打たれたのはウチのミスをカバーしようとして無茶をやった結果でしかない)
(ほんの少し、浮いちまった分NARA……!)
(このまま黙って雨田を敗け投手になんかできるわけないやろ……!)
「いったあああああああああああ!!!!!」
「こりゃデケェぞ!!!」
「入れ!入れ!入れ!」
オクスプリングのスイングはカリウスの初球をあっさり捉え、ライト方向への大飛球を放った。
「かーっ!惜しい!!」
「あと10cmほど高ければ……!」
「それでもツーベースやで!!!」
「ぐ……!」
『完璧な打撃結果』を出されたからこそ、自らの球威や制球に対して無意識に疑いを持ってしまい、却って『普段通り』を貫けずに制球が乱れてど真ん中へ。いくらカットボールが多少スピードで誤魔化せる球種と言えど、あそこまで甘ければもはや棒球と同じじゃ。
「ボール!フォアボール!」
「ボール!フォアボール!」
「よっしゃ!2人連続でお散歩や!!」
「これで満塁!いける!いけるで!!」
「あのカリウスを後一歩のところまで追い込んだで!」
そして、甘く入った球を痛打され、まともにストライクを取るのも難しくなってしまった。
「冬島さん伊達さんナイセンナイセン!」
(……ウチじゃそれなりに実績のある方だけど、それで半端にスター扱いされるよりも、こうやって若い子達と一緒に『これから』の存在の1人として見てもらえる方が嬉しいかもね。何にしても、今日はこっちの陣営で戦えたのは良い経験になったね)
「あと1点あと1点!バッター最後まで集中していこう!!」
「ランナーも集中切らすなよ!あと1回ホームベース踏みさえすれば俺達の勝ちなんだからな!!」
いまだに『あと1点取らねば敗け』という事実に変わりはないものの、『あと1点取れば勝てる』という気持ちへと切り替わっておるな。
この状況から言っても、天野は1得点を稼いだだけでは無く、チームの活気を復活させ、後に続く希望をも生み出した。あの一打はまさに起死回生の一発。
昨今では打率重視の打撃評価が見直され、長打の価値が上がってる感があるが、それは単に統計上の期待値的な部分が起因してるに過ぎん。野球に於ける『ホームラン』の価値は、単純な数字だけでは到底計れぬもの。だから、他のヒットやこれまでの功績を全て捨ててでも追い求めるバカが古今東西問わず絶えないのじゃよ。