第百四十八話 彗星は流れ墜ちて(9/9)
以前までは挿絵はノベ+のみでしたが、今回からなろうでも挿絵入れます。過去の投稿にも時間があれば追加します。
******視点:赤猫閑******
「6-5、バニーズのリードのまま9回の表、ペンギンズの攻撃、ツーアウト満塁。そして帝国シリーズは現在ペンギンズが3勝1敗で帝国一に王手。ここでバニーズがワンナウトを取って勝てば明後日から再び帝陵球場で第6戦。ペンギンズがここから試合をひっくり返して勝てばペンギンズが2021年の帝国一に決定します。マウンド上にはバニーズの2017年ドラフト1位の雨田司記。そして打席には同じくペンギンズの2017年ドラフト1位の猪戸士道。互いのチームの勝敗を大きく左右するこの場面に相応しい顔ぶれ」
勝ちパターンを先に切った以上、ここは1点で同点止まりであってもウチの方が不利な状況。そういう意味でも、あたしは引っ込むべきだと思ったんだけどね。だけどやっぱり、伊達さんに最終回も任されて嬉しかったのも事実。おばあちゃんに良いとこ見せられるってのもあるけど、この歳だからこそ、まだ戦力として認められたからってのも。
……向こうの打席に立ってる猪戸くんは、成績やこれまでのバッティングを見る限りでも明らかにアベレージヒッターじゃなくパワーヒッターに分類されるタイプ。少なくともライバルの逢ちゃんほどの確実性はない。ここの点の動きは0か4かの二択だと考えれば、逆にこういうタイプの方が、こっちとしてはありがたいわね。
「!!初球打ち、レフト線……」
!!?
「ファール!」
「これは切れましたファール!」
流し打ち……外寄り低めへのスライダーを強引に引っ張ることなく、逆らわずに……
(やっぱりそうきたか……ルーキーイヤーのフレッシュオールスターの時と同じ……)
(地元におった頃、右方向には民家があって、引っ張って打つとどやされたもんたい。ばってんホームランが打とごたるけん、流してスタンドまで運ぶんば身に付けようて思うた。こん流し打ちもそん過程ん産物。何が自分ば助くるかわかったもんじゃなか)
思った以上に器用……いや、これは必然なのかもしれないわね。
あの猪戸くん、ホームランを打つ技術が最大の持ち味と言っても、その土台にあるのはきっと、逢ちゃんにも引けを取らないであろう打撃のセンス。普段はそれをホームランばっかりに振り切ってるだけで、その気になればこういうバッティングもできるってことね……
(厄介なんはこういう打ち方もできるってこと自体だけやなく、コイツのパワーならこういう打ち方でも長打が十分あり得るってこと。シングルで1点ならまだええけど、長打で走者一掃とかになったらほぼほぼ『詰み』や。伊達さん、今からでも十握くんと赤猫さんを相模さんと秋崎ちゃん辺りに代えてくれへんかな……?確かにもし裏の攻撃があったら1番からで勿体ないけど。っていうかキャッチャーのオレ的には回の頭からそうしてほしかったけど)
なら却って、外野の守備力が問われる場面。熱いじゃない。
幸いもうツーアウトだから、元々弱い肩が仇になるケースは少ない。捕るところまでできれば十分。
「雨田くーん!頑張ってー!」
「あとワンナウト!しっかり守っていこーぜ!」
今のあたしよりは守れるであろう佳子ちゃんと相模くん。ベンチメンバーなりにできることをちゃんとやってる。きっと悔しさもあるはずなのに、チームの勝利を何よりも優先してる。
……あたしが今ここに立ってる以上、せめてあの子達と同じか、それ以上の結果を出さなきゃいけない。
プロに入って以来、13年間ずっと守ってきたセンターを今日も任せてもらってる。指標的にも、セカンド以上ショート以下っていうくらいに重要なポジション。そこにいる以上、打つのだけやってれば良いなんて甘え。できることならここで始まってここで終わりにしたい。たとえ『打率4割』が目標でも、ここを守れなくなったら終わりでも良い。最後の瞬間までは、今日来てくれたファンの人達にも、テレビやネット越しに観てる人達にも、『年上だから』とかそんな忖度抜きに、『バニーズの1番センターは赤猫閑であるべき』って思い続けてほしい。
あたしがそれだけの存在であれば、きっとお父さんもおばあちゃんも報われる。
(……!まずい……)
「!!!左中間、長打コース!!」
「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」
「いける!いけるぞ!」
「走者一掃じゃ!」
「「「「「ぎゃああああああ!!!」」」」」
「オワタ……」
「アカン……」
あたしはずっとそのためだけに生きてきたんだから、他のものなんて要らない。あたし自身も。
「!!センター跳びついた!」
「「「「「え……?」」」」」
跳びついた勢いで転がって、最後は仰向けに寝そべったまま、ボールが収まってるグラブを、左腕を天に掲げる。
「……アウトォォォォォ!!!!!」
「捕った!捕った!!捕りました!!!センター赤猫、ウルトラプレー!!!35歳ベテラン、赤猫閑!バニーズの帝国一の道を繋ぎました!!」
「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」
「閑たそぉぉぉぉぉ!!!」
「最高や!マジ最高や!!」
「まだまだやれるやんけ!」
「来年打率4割もあるで!」
「赤猫さん!!!」
「すげぇっすよ!アレ捕っちまうなんて!!」
寝転がったまま、少し息を切らしつつ、あたし達の勝利を示す、ボールが収まったグラブをずっと見つめて、その左手の感触も噛み締め続ける。
絶対に溢さないことに意識を向けてたから受け身がちょっと不格好になっちゃったけど、勝てばそれで良いわ。
「閑ー!!!」
万単位の観客が今もなお大騒ぎなのに、おばあちゃんももうそんなに大きな声は出せないはずなのに、おばあちゃんがあたしを呼ぶ声が不思議と聞こえた。
やった。やってやったわ。どうよ?あたしはまだ終わってないでしょ?確かに佳子ちゃんならもっと余裕で捕れてたかもしれないけど、結果がこれなら文句はないでしょ?
「お父さん……あたし、カッコ良かったでしょ?」
なんて、きっとお父さんが行き着いたはずの空に向かって呟いてみる。
「ゲームセット!」
「試合終了、6-5!バニーズ、絶体絶命の状況でしたがこれで2勝3敗!第6戦に……?」
あれ……?
「赤猫、倒れたまま動けません!」
「あ、赤猫さん……?」
「どうしちゃったんすか……?」
おかしいわね?力を抜いたつもりはないのに、急にグラブからボールが溢れて、左腕も下がって……
でも目は見える。耳も聞こえる。だからチームのみんながあたしの元に集まってるのはわかる。
「ッ……!!?」
そして首と頭に突然走る激痛。でも首から下は、まるで最初から存在してなかったみたいに、全く感覚がない。頭がどれだけ命令を送っても、うんともすんとも言わない。立ち上がるどころか、姿勢を変えることも、痛む首と頭を手で抑えることもできない。
「担架持ってこい!」
「救急車!救急車!」
「頭動かすな!ゆっくり載せろ!」
「え……?どういうことや……!?」
「閑たそ、もしかして頭を……?」
野外のサンジョーフィールド。仰向けのまま担架に載せられたから、視線の先にあるのは夜空のまま。昨日は夜中に小雨が降ってたから、都会なのに星が見える。月も見える。本当に綺麗な夜空。
試合が終わってもあたしのことで球場にいる人達がみんなまだ大騒ぎしてる最中だってのに、当のあたしは何だか他人事。というか、そうやって気持ちを夜空に向けてなきゃ、また首と頭の痛みに意識がいってしまいそう。ある種の防衛本能なのかもしれない、なんてこれも他人事のように考える。
「あ……」
「どうしたんだい赤猫くん!?」
「しっかりしろ赤猫!」
「閑さん!」
なおも大騒ぎが続く中、ベンチに到着する直前、夜空に一筋の光。
彗星は流れ墜ちて、そしてあたしも……




