第百四十八話 彗星は流れ墜ちて(8/?)
******視点:伊達郁雄******
「ショート深いとこ、一塁へ!」
「アウト!」
「一塁送球アウト!東山、ファインプレー!これでスリーアウトチェンジ!」
8回の裏は無得点……次の攻撃を凌げば勝ちだけど、一気に追い上げられた直後。できれば1点は取っておきたかった。
……まぁ、その原因は僕だから、打線を責める資格なんて全くないけどね。
「赤猫くん」
「はい」
「最終回もいけるかい?」
「良いんですか?」
「もし次の回があったら、先頭は1番からだからね」
「……嬉しいですけど、その次の回が生まれる原因になるかもしれませんよ?」
「お婆様が来てるんだから、勝利の瞬間までグラウンドにいたいよね?」
「!……ありがとうございます」
勝利のためには引っ込むべきってスタンスだったのに、何だかんだで嬉しそうに笑う赤猫くん。まだまだ若々しいね。これだけ美人なのに、まだ独身なのは本当にもったいない。きっと今だって声をかけられたりするだろうに。
確かに定石と言うか、1点を守り切るだけなら秋崎くんで固めるのがベターだろう。けど、向こうは一発のある打者揃い。センター1人の守備力が1点を守り切れるかどうかに関与する可能性は高くないはずだし、それよりむしろ今日もマルチの赤猫くんを残しておいた方が、失点した場合のリカバリーという点でメリットが勝ってるはず。
……そう。これは合理的な判断。さっきエンダーを出したのは『甘え』かもしれないけど、ここは決して間違ってないはず。同じ失敗をするつもりはないけど、『合理性だけの選択肢』と、『合理性だけじゃなく情も取れる選択肢』があるのなら、迷わず後者を選ぶ。それはきっと僕だけに限った話じゃないはず。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、イェーガーに代わりまして、雨田。ピッチャー、雨田。背番号19」
「メガネ!今日も160km/h頼むで!」
「あと3つ勝って胴上げ投手や!」
「9回の表、ペンギンズの攻撃。8番ショート、東山。背番号3」
「6-5、1点を追いかけますペンギンズ。この回の先頭打者は先ほど良い守備を魅せました東山。今日はバットでも3打数2安打と当たってます」
下位打線からだけど、一筋縄じゃいかないのはわかってる。単純にさっきの回の攻撃で向こうに勢いがあるってだけじゃなく……
「ボール!フォアボール!!」
「ああっと外れた!先頭打者を歩かせてしまいました!」
「ナイセンたけし!」
「ピッチャーノーコンノーコン!」
「まーた"劇場メガネ"かぁ……」
「いっつも1戦目の時みたいな感じやったらええんやけどなぁ……」
雨田くんには時々これがあるからねぇ……
投手にとって、球速より制球の方が才能ってのもこういうとこ。ウチのラスト2回の勝ちパターンであるイェーガーと雨田くん。確かに雨田くんの方が確実に球威があるし、その分、三振も狙えて事故の要素が少ない。でもそれはあくまで『最大値』の話。
打者にその日その日の調子があるように、投手にもそういうのはある。自分としてはちゃんと準備してきたはずなのに、自分では自覚しづらい疲労の蓄積などによって感覚のズレが起きたりする。昨日はパーフェクトリリーフだったのに、今日は大炎上なんてことも決して珍しくない。そういうのを織り込んだ上でストライクゾーンに投げ込むのもまた制球。
リリーフは先発と比べて年間でより多くの試合で投げる。だからこそ、『最大値』よりも『平均値』が重要になってくる。球威で勝るはずなのに防御率はイェーガーの方が優秀なのも、そういう登板ごとの想定外を織り込めてる証拠。
ただ……
「ストライク!バッターアウト!!」
「高め!スイングアウトの三振ッ!最後は157km/h!!」
「ええぞええぞメガネ!」
「最初からそういうので頼むで!」
雨田くんは『速い球を投げるための型』を自分の中でしっかり体系化できてるから、投げてる中での修正はできる。結果として"劇場型"とは言われてるけどね。今年は球種をあえて絞ってるのも、そういう立て直しにリソースを割くのにも役立ってるはず。
(もちろん、ボクとしてもできることならランナーなんて1人も出したくないさ。でも、ボクの仕事は最終的に0を並べること。登板するたびに三凡か炎上の博打みたいなピッチングよりも、劇場をやりながらでも何だかんだでほぼ毎回0で抑える方が、間違いなくチームのためになる。決して『甘え』とか『妥協』とかじゃなく)
とりあえず、今日は自爆での炎上はないと考えて良さそうだね。
「ライトの前……落ちましたヒット!」
「ショート下がって……捕れませんレフト前!二塁ランナーは三塁でストップ!」
「「「「「ほげえええええ!!!」」」」」
「ついてねぇ……」
「どっちもカス当たりやのに……」
……まぁ相手ありきのことだから、こういうのはね。こういうのがあるからリリーフは無駄な四球を出すべきじゃないんだけど、この事態に関しては前の回で勢いをつけてしまった僕のせい。雨田くんは1戦目ほど圧倒的ってわけじゃないけど、今日もストレートは全部155以上。このシリーズはここまでよくやってくれてる。
「3番セカンド、鉄炮塚。背番号1」
「ワンナウト満塁。ペンギンズ、一打逆転の大チャンス。打席には先ほどスリーランの鉄炮塚」
「タイム!」
「ここで内野陣がマウンドに集まります!」
怖い場面だけど、今日は内野陣は最初から守備重視。ワンチャンゲッツーでゲームセットも狙えるし……
「ストライク!バッターアウト!!」
「三振ッ!最後も縦のスライダー!!」
(くぅ〜っ、1点差で三塁おるのに3つ続けるかぁ……)
(冬島さんならちゃんと止めてくれるからね。ゴロでゲッツー取れたら一番スマートだったけど、鉄炮塚さんはフライボールの申し子みたいな人だし、ボク自身も球種を絞っててそういう芯を外すような球がない。ここはこれが一番安全なはず)
さっきホームランとは言え、鉄炮塚くんはこのシリーズ、本調子とは言えない状態。まっすぐもスライダーも球威に関しては安定して高い雨田くんなら交通事故はそこまで心配ない。
「4番サード、猪戸。背番号55」
「ツーアウト満塁!打席には"怪童"猪戸!今日は勝ち越しのソロホームランにスリーベースと、非常に当たっております!」
問題はやっぱりここ。
ただ、イェーガーがもう降りた以上、マウンド上できちんと修正した雨田くん以上にこの場面を任せられる投手はいない。強いて言うなら、このシリーズに向けて特に猪戸くんをマークしてる夏樹くんだけど、夏樹くんだって人間なんだから、その日その日のブレはある。そのリスクを負ったところで得られるのは、わずかばかりの勝率上昇。代える理由には成り得ない。
(図らずも、1戦目でふと思い描いた『同級生対決』が実現、か……)
(燃ゆる場面……ばってん、チームん勝利が最優先。ここはおいもホームランばっかりにこだわらず点ば取りにいく)
あとワンナウトで帝国一の可能性はまだ残る。ここは君に勝敗を預けるよ、雨田くん。




