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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十八話 彗星は流れ墜ちて(7/?)

******視点:砂爪勝正(すなづめかつまさ) [西東京雁芒(にしとうきょうかりのぎ)ペンギンズ 監督]******


 あと1つ勝てば帝国一。先制できたし、中盤までは『今日で決まる』と思ってたが、やはり何かと上手くいかないもの。ここで4点もリードできるほどの勢いが向こうについたのは少々厄介。回は8回。このまま1つ負けるだけならまだ良いが、下手をするとその勢いは明後日以降の負けにも繋がるかもしれない。


「ボール!フォアボール!!」

「ここも選びました!連続フォアボール!!」


「おいィ!?何やっとんじゃ!!?」

「4点差なんやからゾーン入れろや!」


 しかし、伊達(だて)の甘さがここで出てくれたな。たとえ4点リードでも、もう1回も負けられない以上、残り2回は最も信頼できるイェーガーと雨田(あまた)で逃げ切るべきだったのに、この回に出してきたのはエンダー。


(せっかく監督(ボス)に名誉挽回のチャンスをもらったのに……!)


 エンダーは去年の勝ちパターンだったし、今年のシーズン中の成績も登板数が少ないとは言え優秀な部類。僅差の試合が続き、イェーガーと雨田も登板が(かさ)んでる。少なくともその先数十試合と残ってることもあるシーズン中であれば、この判断は戦略的に見て誤りとは言えない。

 だが、エンダーはこの帝シリでは1戦目で傷口を拡げるピッチング。シーズン中の成績なんて帝シリの中じゃ参考記録。シーズンで長期離脱するほどの怪我をした助っ人外国人。過去の実績があったとしても、カタログスペックはいまだに衰えていないとしても、枠の関係で今年クビを切られてもおかしくない立場。おそらくそういう事情も(おもんばか)っての判断なのだろう。


 ペナントレースで優勝する資質と、帝国一を勝ち取る資質は別。伊達も優勝はできずとも選手として15年以上戦ってきたから、ペナントの戦い方はきちんと把握して、その経験を監督としての能力に落とし込めてるのだろう。だが、ポストシーズンなどの短期決戦は致命的に経験不足。

 俺だって監督としてだとこの晴れ舞台は初めてだが、90年代のこのチームの黄金時代にクローザーを務め、帝シリで4度胴上げ投手となった俺なら、この判断は確実に誤りだと断言できる。

 まぁ伊達にしても、観客としてこの試合を眺めていたら、ここの判断が誤ってると気付けるはず。だが、実戦の中で常に冷静に判断するためにはどうしたって経験が必要。経験があれば、大体の判断は定型化できる。経験がなければ、何かが起こるたびに思考が必要になる。『野球は頭を使う競技』と、俺の現役時代の監督もよく言ってたが、勝負のプレッシャーの中で思考というタスクを無駄に増やしたところで、こういうミスを誘発するばかり。


「3番セカンド、鉄炮塚(てっぽうづか)。背番号1」

「ノーアウト一塁二塁で打席には鉄炮塚!今日はまだヒットはありません!」


「エンダー!ビビらんでええぞ!」

「サンジョーフィールドじゃそう簡単に一発なんて出ぇへんわ!」


 ……確かにな。ウチのチームの打線は少なからず、本拠地の狭さに助けられてる。鉄炮塚の3度のトリプルスリーと本塁打王・盗塁王の両獲り、そして猪戸(ししど)の高卒2年目での36本塁打。帝陵との因果関係を否定するつもりはない。

 だがそれは、単なる物理的な恩恵だけではない。狭い分、外野フライが他球団の選手よりも多くホームランになったというだけの話ではない。


「!!打ち上げた!」

「ファール!」

「しかしこれはレフトファールゾーンへ!」


「あっぶねぇ……」

「ほんまこんな奴ばっかやなペンギンズ……」

「あんなほっそいのによう飛ばすわ……」


 鉄炮塚は身長こそ日本のプロ野球選手として平均程度はあるが、見ての通り細身で、しかも俊足。当時のペンギンズ首脳陣としても当初は『中距離打者になれば十分』くらいの考えだった。野手としてあらゆるスキルでNo.1になれるほどのスターになったのは嬉しい誤算だった。

 鉄炮塚はあの身体で高校の先輩にあたる金剛(こんごう)を上回るほどのスイングスピードを有してる。それについては脚を生かすためにも確実性を上げるために使えばと周囲は考えていたが、鉄炮塚はそうしなかった。フライ打ちの再現性を徹底的に追求した。

 他球団ならそういう方針に『待った』をかけてたかもしれないが、ウチはそういうスタイルでも球場の狭さによって『成功体験』を積みやすいからな。人間は確かに痛みや苦しみ、辛い経験を未来の糧にできるが、多少なりの『成功体験』も必要。成長の過程であっても成果が生まれなければ、努力はなかなか維持できないし、周りだって黙っちゃいない。


「!!これも引っ張って……」


 その結果がこれだ。


「入りましたホームラン!鉄炮塚、シリーズ第1号!スリーランホームラン!レフトスタンド中段、高々と舞い上がり、深々と突き刺さる会心の一発!」


「「「「「うおおおおお!!!」」」」」


 人間はどれだけ文明を発展させようが、他の動植物と同じ生き物。環境に依存し、その環境でより生きやすくなれるように進化する。逆にその環境にそぐわない姿形になるような自殺行為は、少なくとも本能レベルでは絶対にしない。

 ウチの野手陣は帝陵の狭さがあるから、帝陵の狭さに頼る必要のないスラッガーになれる可能性を掴めるんだよ。


「今ホームイン!6-5!ペンギンズ、1点差まで迫りました!」


「シドーくんごめんな?同点満塁弾打ちたかったやろ?」

「いや、(はな)さんが打ってくれたんならそれに越したことはなか」


「ナイバッチ!」

「流石っす花さん!」


 実は鉄炮塚も、このシリーズではここまであまり打ててない。だが、鉄炮塚には帝シリのみならず数多くの国際試合で活躍してきた経験がある。トータルで打ててなくても、こういう場面でクリティカルな結果を出してくれるなら十分。要は最終的に帝国一を獲れれば、個々の判断も全て正解にできるのだから。


「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、エンダーに代わりまして、イェーガー」


 よく言われる『戦力の逐次投入』というやつだな。やらないよりはマシだが、せめてもう一手早ければな。おそらく鉄炮塚も歩くことになってたらどのみちエンダーを代えてたはずだから、たとえ1点足りなくても一発を狙った鉄炮塚の判断は正しい。


「レフト、前に出て……」

「アウト!」

「捕りました!これでスリーアウトチェンジ!」


 後続を綺麗に断たれた。やはり結果としても伊達の判断は誤り、鉄炮塚の判断は正しかったな。もちろん、もう1点以上取って嬉しい誤算があった方が良かったが。

 ただ、向こうの勢いに上手いこと冷や水をかけられたのは大きい。この帝シリは勝敗数的に俄然ウチが有利な状況。切り札のイェーガーを切らせたし、次の回にあと1点さえ取れれば、延長戦は有利に戦える。ビハインドの状況だが、今日で帝国一を獲れる可能性は十分にある。

 商売の上では明後日以降に勝って本拠地で胴上げといきたいところだが、リコの代表としてリプの連覇を止める義務があるし、残りの2試合は向こうの先発陣のツートップを投入してくるはず。ゆえに、今日で決めておくに越したことはない。このままひっくり返えさせてもらうぞ、バニーズ。


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