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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十八話 彗星は流れ墜ちて(6/?)

「4回の裏、バニーズの攻撃。1番センター、赤猫(あかねこ)。背番号53」

「1点を追いかけますバニーズ。この回は打順良く1番から。第1打席はサードゴロ……」


 ウチの打線は3イニング続けて3凡。ただ、そこまで劣勢ってわけでもない。三振ゼロで前には飛んでる。

 それに、氷室(イケメン)くんは先に1点を許したけど、それも一三塁で併殺の間の1点。決定打に欠けるのは向こうも同じ。


「鋭い当たり!ライトの前、落ちましたヒット!今日も巧みなバット捌きが光ります赤猫!」


「「「「「ええぞええぞ(しずか)たそ!!!」」」」」

「ほんま簡単そうに打つなぁ……」

「ワイは来年4割あると思ってるで」


 とりあえず1本。せっかく捉えられてるのに、そんな何度も不運が続いてたまりますかって話。


「2番セカンド、徳田(とくだ)。背番号36」

(確かに向こうはあと1本こそ出てないけど、スコア的に劣勢なのも事実。ここはちょっと流れを変えるためにも……)


 盗塁……ね。あたしのかつての代名詞。もちろん今だって、そこいらの同業者には負けるつもりはない。おばあちゃんが観にきてくれてる以上、こういうチャンスをもらえるのはありがたいこと。


「一塁ランナースタート!」

「ッ……!」

「アウトォォォォォ!!!」

「タッチアウト!盗塁失敗!!」


「何やってんねんもう……」

「かおりんとか続くんやし、リードしてるんならともかく……」

「おばちゃん無理せんでええって」


 スタートは特別良くはなかったけど、長年の感覚を信じるのなら、若い頃なら十分間に合ってたと思う。でも二塁に滑り込む瞬間、自分が思ってたよりも前に進めてなくて、アウトにした相手への怒りなんかよりも、とにかく自分が情けない。

 守備範囲の狭まりと同じ。衰えによる感覚と実際の誤差。バッティングだけはそういうのは全くないのに……


「すみません……」

「いや、向こうも十分警戒してたからね。その中で向こうの読みがうまく当たったのはしょうがないさ」


 時期的にほとんど汗なんてかかないのに、ベンチに座って大げさにタオルで顔中を包む。真っ白な目の前には、映画のスクリーンみたいに、さっきのタッチされる瞬間が何度も映し出される。

 チームが優勝するのも、あたし自身今のバッティングを身に付けるのも、あと5年早ければ……


「打ち上げた!しかしこれは高く上がって、レフト落下点……」

「アウト!」

「捕りました!」


「得意の右に打てや右に!」

「とりあえず1点やろ!」


 まぁバッティングはピッチャーあってこその作業。打球の方向がバッターの意志で全部決まるのなら何も苦労しない。右に打球が集中しやすい火織(かおり)ちゃんでもこういうことはある。

 ……自分がアウトになった後に後続が続かないのはチームの一員としては悔しがるべきなんでしょうけど、効率とか自分のプライドを考えると、ちょっと安堵してしまうあたしもいる。だからそうやって火織ちゃんを擁護できちゃうのよね、きっと。


「痛烈な当たり!レフトの前……いや、捕れません!そのままレフト横抜けてフェンスに当たった!」

「セーフ!」

「レフト打球を追ってる間に打ったバッターは三塁へ!月出里、スリーベース!ツーアウトからチャンス到来!」


「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」

「左3ネキ定期」

「方向的にはレフト前やと思ったのに……」


 逆にこうなると、申し訳なさが込み上げてくる。あたしがちゃんと決めてたら……

 今年の逢ちゃんの最後の30本塁打チャンスを潰したのも、あたしの盗塁失敗。本人のミスはともかく。試合の数が少ないから、傍目からだけじゃなく自分自身もこういう失敗をしょっちゅうやってるような感覚。


 ……それにしても、あたしとほぼ同じ背丈でこのパワー。守ってる方が可哀想になるくらいの弾丸ライナー。ほんと(あい)ちゃんが羨ましいわ。

 確か逢ちゃんは170cmの80kg以上。あの見た目の割に結構重い。ちなみにあたしはプロ入ってからずっと170cmの60kg中盤。スポーツ選手だし特別少食ってわけじゃないけど、昔から痩せやすい体質だし、プレースタイル的に無理して体重を増やす必要はないっていう樹神(こだま)さん理論でずっとやってきた。

 でも4割目指すなら間違いなくパワーの有無も響いてくる。打球速度は決して飛距離だけしか生み出さないわけじゃない。若い頃ほど脚に頼れない以上、いっそのこと思い切って体重増やしてみようかしら?ただ、そうなるとバッティングの感覚まで狂っちゃうかもしれないし……


「ピッチャー返し!二遊間、そのまま抜けてセンターの前へ!」


「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」


「セーフ!」

「三塁ランナーホームイン!1-1!十握(とつか)、同点タイムリー!」


「ナイス346!」

「困った時のちょうちょ346」

「まぁあの2人だけ異様に打つからなぁ……」


 考え事してたせいで、十握(ハイウエスト)くんのタイムリーでの盛り上がりに一瞬乗り遅れ。試合中よね今は。反省。

 まぁ1敗も許されない状況で来年のことを考える余裕があるのは良いこと、なんて自己弁護してみたり。


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 ゲームは進んで7回の裏。攻撃開始時点では2-2。この帝シリの例に漏れず、ずっと僅差続きの展開だったけど……


「右中間!!これは長打コース!!!」


「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」


「三塁ランナーホームイン!続けて二塁ランナーもホームイン!月出里、今日2本目の長打!6-2!バニーズ、グォレンダァ!!!」


「「「「「ええぞええぞちょうちょ!!!」」」」」

「バニーズ打線の攻撃力は8800ゥ!」

「いける!逆転帝国一あるで!!」


 何とも景気の良い連打。4点も突き放すなんて久々。


「ナイバッチ!」

「このまま3つ勝つぞ!」


 でもこのタイミングで今までの揺り戻しが来たのは実に良い巡り合わせかもしれないわね。せっかくサンジョーフィールドで帝シリやるってのに負けっぱなしだったから、みんな表情が固かったけど、CSで王者の風格を見せつけまくってた時みたいな雰囲気に戻りつつある。

 やっぱり自分が活躍するだけじゃなくて、勝たなきゃ面白くないわよね。せっかくこういう流れになったんだから、あと3つ、絶対勝つ。


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