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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十八話 彗星は流れ墜ちて(5/?)

 11月1日。快挙の年もいよいよあと2ヶ月というタイミングで、帝国シリーズ第5戦。

 ここまで1勝3敗。ここから先の3戦、1回でも負けたらその時点で終わり。3つ勝たなきゃ帝国一はない。


「今日の向こうの先発はシュートが武器……でも多分、西園寺(さいおんじ)さんのを打つ感じでいけるはず……外の制球が良いみたいだから、ここぞと言う時にはそっちをあえて狙って……」

月出里(すだち)!どうしたの月出里!?あんたの番よ!」

「は、はい!すみません!」


 そんな状況だから、あの月出里くんも相当根を詰めてる。良くも悪くも。そして他の選手達も、明らかに固くなってる。


「オッケーイ!」


 そんな中、のびのびと練習する数少ない人物。野手陣最年長の赤猫(あかねこ)くん。


「お疲れ赤猫くん。調子良さそうだね」

「あ、お疲れ様です」

「さすがだね、この状況でも準備に余裕がある」

「……今まであたし達って『次に負けたら何々』って状況の時、ほとんど『Bクラス確定』とか『最下位確定』とか、仮に(まぬが)れたとしても大して嬉しくないことばっかりだったじゃないですか?」

「確かに」

「でも今回は違う。免れたら『帝国で一番』。やる気も違いますよ」

「そうやって気持ちを上手くコントロールできるのも君の強みだね。今日の円陣で使わせてもらっても良いかい?」

「ふふっ、どうぞ……でもあたし、ほんとは多分他の子達よりずっと焦ってるんですよ」

「どうしてだい?」

「ただでさえ今年あんまり試合に出られてない以上、この帝シリでしっかり結果を出さなきゃいけない立場なのに、打つ方も言うほどだし、守る方もまずった場面は結構あるし」

「……エラーはしてなかったはずだけどね」

「それでも実際に守ってる立場だと、『佳子(よしこ)ちゃんなら捕れてた』とか、『佳子ちゃんなら送球が間に合ってた』みたいな場面はしょっちゅうありましたよ。素人目には誤差だとしても、守備範囲の狭まりって、守る方からしたらほんの数十センチでも嫌と言うほど実感しちゃうんですよね」

「ポジションは違うけど、同じプロだったからよくわかるよ。誤差は大差。キャッチャーもポップタイムの0.1秒の差がアウトかセーフかを分つ。歳は取りたくないもんだよね」

「おばあちゃ……祖母の前じゃ言えませんけどね」

「ん?今日お婆様がいらっしゃってるのかい?」

「はい。ようやく予定とかが合ったので。最近はウチの試合でもチケットがちゃんと捌けててありがたい話ですけどね」

「来年はシーズン中もそのくらいであってほしいね」

「全くです」

「そのためにも、やっぱりまだまだ君の力が必要だ。一昨日の記事読んだよ。来年の目標は『打率4割』なんだってね?」

「ネットで『どうせ今の時代できっこない』、『来年には確変が終わってそもそも居場所がない』みたいなこと言われまくりましたけどね。(あい)ちゃんとか若い子がどんどん出てきてる中で、あたしみたいなおばさんが前例もないようなことで現役にしがみついてたら、ファンが煙たがるのも無理はないですけど」

「…………」

「あたしが今年出てきたの、『彗星の如く』なんて言われてますけど、彗星なんてすぐ消えるもの。表現としてはピッタリかもしれませんね」

「……ウチだって優勝できたんだ。本気でやろうと思えばできないことなんてない。最近の君のバッティングを見てたら、本当にできると思える。そして結果を出し続ければ誰も文句なんか言えない」

「…………」

「それに、彗星は消えるのではなく一時的に見えなくなるだけ。打者ならちょっとくらい調子の波があるのはご愛嬌だろう?だから最低でも、僕よりは長く現役でいてね?」

「……はい。あたしにできるのはこういうことくらいですから。身体が保つ限り、限界までやりますよ」

「……?」


 意味ありげにフッと笑って、練習を再開する赤猫くん。

 ……ま、大事なお客様も来てる試合だ。とにかく今日は勝つしかないよね。


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******視点:赤猫閑(あかねこしずか)******


「1回の裏、バニーズの攻撃。1番センター、赤猫(あかねこ)。背番号53」


 いよいよ始まった帝シリ5戦目。今年最後になるかもしれない試合。

 伊達(だて)さんに言ったことに嘘はない。このシリーズだけじゃなく、これからの現役生活に不安があるのも事実。この晴れ舞台にようやくおばあちゃんを呼べたし、プレッシャーの量なら今日どの選手よりも一番だと思う。

 だけど、そんなので折れたりしない。たとえ敗色濃厚な現状でも、非現実的な目標を掲げながらでも、あたしは生きてる以上、戦い続けなきゃいけない。他人の子だとわかっていながらその身を犠牲にしてあたしを育ててくれたお父さんの命に意味を与えるためにも、諦めるのは許されない。あたしのためじゃなくお父さんのために、栄光を求め続けなきゃならない。


「!!逆方向、強い当たり!サード猪戸(ししど)弾いた!」

(ばってん、前には落とせた。これなら……!)

「アウト!」

「一塁送球間に合いました!まずはワンナウト!」


「良いぞシドー!」

「守る方もちょうちょに負けてねーぞ!」

「いや、それは流石にないだろ」

「35のおばちゃん相手だしなぁ」

「元キャッチャーだから肩は良いんだけどなぁ」


 今のも、あと5つ若ければきっと先に一塁を踏めてた。そう遠くない未来に『終わり』があるのはわかってる。

 でもその代わり、このバッティングを得られた。一度諦めかけたから逆に自分を見つめ直せて掴めたのかもしれないこの感覚。アウトにはなったけど、タイミングはちゃんと合わせられてるし、運さえ乗り越えられればいくらでも打てる自信がある。来年以降もコンディションの管理さえ上手くできれば4割は多分いける。20代の頃に3割なら何度か打てたから、もう1割いけるかどうかは何となくわかるし、それだけの手応えもある。

 あの樹神(こだま)さんですら全盛期でもできなかったことだけど、それでもやってみせる。そしておばあちゃんにも今日良いとこを見せて勝つ。


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