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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十八話 彗星は流れ墜ちて(4/?)

「もしもし?」

「あ、すみません。夜分遅くに」

「構わないわよ。宅飲みで暇してたのよね。何か用かしら?」


 試合後、久々に旋頭(せどう)さんと電話。


「ちょっと相談したいことが……」

「……『連敗の抜け方』、とか?」

「その通りです……」


 もし(やなぎ)監督がご存命なら……ってとこだけど、旋頭さんは僕よりも長く柳監督の元で戦ってきた人。バニーズの関係者でこういうことを相談できるのはこの人くらいのもの。


「このまま明日、みすみす地元ファンの目の前で……っていうのは、あまりにも忍びないですから……」

「ビールをあおりながら高みの見物してる立場からしたら、貴方達は十分よくやってると思うけどね。去年までと比べたら、貴方達は信じられないほど強くなったわ。月出里(すだち)とか風刃(かざと)とかあの辺抜きにしても」

「それでも勝てないんですよね……」

「まぁそこはしょうがないわ。日本のプロ野球選手にとって一番の仕事は『ペナントレースで優勝すること』。年俸の計算だってペナントレースの成績がメインで、選手視点ではCSや帝シリはある種のボーナスステージみたいなもの。CS以降でも多少成長が見られるけど、貴方達は優勝できた時点である程度は完成してしまってるのよ。リーグ・プログレッサーという環境で逃げ惑うしかできなかったウサギが、肉食獣として堂々と大地を闊歩(かっぽ)できるようになった。ワニやサメなんかと同じ。彼らは人類が誕生するよりも遥か昔からほとんど姿を変えてないと聞くけど、それは彼らが十分に強いから。人類ほど地球上で支配的な存在じゃないけど、それでも最低限生きていく上では変わる必要がないから」

「…………」

「『選手達が怠けてる』って話じゃなく、『生き物なんだからしょうがない』って話。どんな生物も、最優先事項は『そこに()ること』。人間で言えば、『最低限喰うに困らないこと』。逆にそれさえ叶ってしまえば、それ以上はなかなか目指せない。変わる必要に迫られなきゃ、生き物は変わることができない。痛みや苦しみを伴わなきゃ、人はなかなか成長できない。逆に貴方達が今年これだけ強くなれたのは、その分だけ勝利に対する『渇き』があったから。『渇き』があった時点で十分立派なもの。『潤った』貴方達がこれ以上を目指すのは至難の業。それどころか今の強さを維持するのすらきっと苦労するわ。だからV9は『奇跡』って言われるのよ」

「『努力も才能の内』、ですね……」

「個人単位なら『メジャーで大儲けする』とかで努力を維持できるでしょうけど、チーム全体がそういう意識で、ってなるとね……今の時代、一定以上のレベルの選手はすぐメジャーに行きたがるから、チーム単位じゃむしろマイナスになりかねないし」

「でもある意味そのおかげで戦力が均衡して、連続優勝が難しくなってる部分もありますね」

「選手のメジャー挑戦に良い顔しない一部の球団を除いてね。まぁ難儀な時代だわ。私達の頃は体罰やら何やらで嫌でも頑張らなきゃってとこがあったけど、今はそういうのはもはや絶対悪。もちろん私だってそういうのを好き好んでやるつもりはないけど、甘やかしを助長する大義名分になってしまってるのも実態としてあると思うわ」

「ははは……」


 もしかして僕に対しても言ってるのかな……?


「まぁそんなわけで、今の私にはクリティカルなアドバイスはないわ。強いて言うなら、変に勝とうとして勝てる勝負を逃さないように……ってことくらいかしらね。悪いわね、あんまり力になれなくて」

「いえ、そんな……お時間いただきありがとうございました」

「……あ、それともう1つ」

「?」

「柳監督がやり残したこと、よくやってくれたわ。ほんとにありがとう」

「こちらこそ。旋頭さんが育ててくれた投手陣、本当に頑張ってくれましたよ」

「気休めだけど、ここから3つ取り返せると信じてるわ」

「ありがとうございます。それでは……」

「ええ、おやすみ。明日も頑張りなさい」


 『痛みや苦しみを伴わなきゃ』、か……

 もちろん、僕だって今年の優勝のために、そしてこれからの『黄金時代』のために、自分なりに甘さは捨てたつもり。僕は昔から『体罰なんて暴力と同じ』って考えだし、そんなのに元から頼るつもりはないけど、そういう時代に片足は突っ込んでたから、ゆとりがどうとかなんかより、辛い体験の方が成長の糧になると思ってる。だから今年はキャンプの練習量を増やしたり、強くなるための明確な努力を選手達に要求した。それでちゃんと結果も伴ったし、そこは決して間違ってないと自信を持って言える。

 でもやっぱり、自分ではわからない『甘さ』ってのも多分どこかにあるんだと思う。自分で言うのも何だけど、多分僕は12球団の監督の中じゃ比較的選手達に嫌われてない方。そこのところがプラスに働いて優勝に漕ぎ着けた部分もあると思う。でもその分、選手達も無自覚ながら僕を軽んじてる部分がどこかにあるのかもしれない。そういうところがあと一歩殻を破れない要因なのかもしれない。


 ほんと、人を動かすってのは難しい。

 僕も会社勤めは経験したけど、ほんの2年間で、もちろんずっと平社員だった男。そんなのがそこいらの会社よりもよっぽど経済力のある組織で役職に就いてる。学生時代から勉強より野球を遥かに多くやってきた男が。その役職にしたってまだまだ2年目。

 言い訳になっちゃうけど、そりゃ上手くいかないよね……


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