第百四十八話 彗星は流れ墜ちて(3/?)
回は進んで、もう5回の裏。
「左中間、高く上がりました!」
「アウト!」
「しかしセンター小林の守備範囲!これでスリーアウトチェンジ!42歳の冨永、何とここまで被安打2、与四球1、無失点の素晴らしいピッチング!勝ち投手の権利を堂々と掴み取りました!1-0、ペンギンズのリードです!」
「「「「「カズオ!カズオ!カズオ!カズオ!」」」」」
「見たかバニ!」
「ストガイばっかのリプのバッターにカズオは打てんわ!」
実際、平均球速が示すように、リコはリプと比べると技巧派だったり先発左腕が多い。でもそれは決して優劣を示すものじゃない。むしろ投手の傾向に差異があるからこそ、慣れない投手相手にこういうふうに打ちあぐねる。
「4番サード、猪戸。背番号55」
「!!引っ張った!」
(させない……!)
「アウトォォォォォ!!!」
「捕りました!ファースト天野、ファインプレー!!!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「これでスリーアウトチェンジ!百々、この回はランナーを許しましたが安定のピッチング!」
ただし、『慣れ』という点では向こうも条件は同じ。DHありで最初の2戦よりも失点リスクが増えてる部分はあるけど、DHが使えるということはバックの守備力の向上もできるということ。
「打ち上げた!これはファールゾーン……」
「アウト!」
「ファースト捕りました!」
「ストライク!バッターアウト!!」
「スイングアウト!最後はシンカー!七色の変化球が冴え渡ります冨永!」
球の速さで強引に誤魔化せないハンデをものともしないピッチング。今の時代、150km/hくらい出てるのにポンポン打たれてるピッチャーがごまんといるのを考えると、制球こそが才能だなぁと改めて思う。僕らの時代じゃ球速の方がむしろ才能扱い、そういう才能がないピッチャーが制球を努力で磨くみたいなとこがあったけど、時代は変わったもの。球速の出し方は今や機械の分析である程度マニュアル化できてしまってるからね。
もちろん、機械に頼ることでフォームの再現性を維持しやすくなり、特定のコースに球を集めやすくはなるはずだけど、内外高低に自在に投げ分けたり、球場や天候ごとに違うマウンドのコンディション、球審の傾向、打者によって微妙に違うストライクゾーン、環境によって品質の異なるボールなんかを逐一踏まえて正確に投げ込むっていうのは機械だけじゃどうしようもない。
それに、球速は速ければ速いほど故障のリスクも増す。ごく稀にものすごく頑丈な速球派投手もいたりするけど、物理的に考えて球速と身体への負担が比例するのは誰しもにとって同じはず。だから、息の長い投手は大抵、球速よりも制球で勝負するタイプ。
たとえそんなに長くプロをやる気がないとしても、球速と違って制球はいくらあっても困ることは全くない。制球の良い投手は自分の身体の動きを把握する能力に長けてることが多いから、球速の出し方がある程度わかる今の世の中の恩恵も受けやすい。球数制限の厳しい現代だと、故意ではないボール球を減らせる恩恵もすこぶる大きい。
速球派投手が量産されればされるほど、制球型の投手はますます『慣れ』や『特異性』の面で優位に立てるという構図。
「百々くん、まだいけるかい?」
「もちろんです。今日は個人的にもどうしても勝っときたいですし」
「……?そっか。それじゃ、いけるとこまで頼むよ」
そういう意味でも、これからの『黄金時代』がなるべく長く続くよう、百々くんには来年以降も頼らせて欲しいところ。
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「引っ掛けた!ファースト前進!」
「アウト!ゲームセット!」
「ベースカバー間に合いました!試合終了、2-1!ペンギンズ、これで3連勝!3勝1敗、敵地・サンジョーフィールドで、早くも王手をかけました!」
「「「「「おっしゃあああああ!!!」」」」」
「あるぞ!20年ぶりの帝国一あるぞ!」
「リプの天下ももうすぐ終わりだ!」
「おいおい!もうちょっと頑張れやバニ!」
「リプの帝シリ9連覇もかかってるんやで!」
「このまま負けたらまた"お荷物"扱いやんけ!」
「「「「「…………」」」」」
(勝てなかった、か。まぁしょうがないわよね、こればっかりは。ちょっと心残りではあるけど……)
ほとんどの選手にとって初めての、帝国シリーズでのホームの連戦。なのにみんな表情は硬いまま。
ここまで全ての試合で1点差。もちろん、運の要素もそれなりにあると思う。そのスコアが示すように、決定的な実力差はない。でも実際に戦ってみると、統計的な僅差より、精神的な大差をより強く感じる。
現役の頃、優勝どころかAクラス入りすらロクにできなかった僕の判断が、栄えあるリーグ王者の勝敗を左右してる。人によっちゃそこに優越感だったり達成感を覚えたりするのかもしれないけど、僕にはそんな感情が全く湧かない。
「すまない……」
技術的な部分なら選手のみんなに教えられることはまだある。僕だってただの神輿でいるつもりなんてない。でもやっぱり、『勝ち方』ってやつはどうしても……
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