第百四十七話 人を変える力(7/?)
「初球打ち、レフト上がった!しかしこれは高く上がって……」
「アウト!」
「捕りました!これでツーアウト!!」
「おいィ!?何やってんだよ!!?」
「ちゃんと根拠あったんか今の初球打ち!?」
(単純にミスショットだよちくしょう……)
……思ったよりあっさり1つ取れちゃった。この調子ならいけそう、ではあるけど……
「1番センター、小林。背番号9」
初見勝負の代打と、もう4巡目の上位打線。こっちからしたらどっちの方が厄介かなんてのは言うまでもない。
「ボール!」
「インコース!これは外れました!」
(よし、ようやく目が慣れてきた)
「ファール!」
「外まっすぐ144km/h!これはレフト方向、フェンス直撃の強い打球!」
(アジャストされてますねぇ……)
(緩急の使い分けは大したもんだし、球自体も左の先発でこれなら"一流"だ。だが俺だって"一流選手"。ここまでの3タコを無駄にゃしねぇ。次まっすぐ来たら遠慮なく引っ張らせてもらうぜ)
なめるな……!
(!!?……やべ……)
「打ち上げた!これはフラフラっと上がって……」
よし、圧し切れた……!?
「くっ……!」
「ショートとレフトの間……相沢跳びましたが捕れませんヒット!」
「150km/h、多分今日最速ですね。内容は間違いなく勝ってたんですけどねぇ……」
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
(助かったぜ……一応有言実行、ってな)
そんな……
「ついてねぇ……」
「え!?恵人きゅんって付いてないのか!!?」
「やっぱりそうだったのか……」
「2番レフト、西村。背番号23」
「粘ってのフォアボール、そしてポテンヒット。喰らいついてチャンスを作りましたペンギンズ。打席にはベテランの西村。実に2倍以上の年齢差の対決。ここまでヒットはありません」
(その掛け算は必要ないわよ……!)
……切り替えろ。こんな時だってある。
「ストライーク!」
「外!スライダー空振り!」
「ええぞ恵人きゅん!」
「キレてるキレてる!」
(まぁ実際大したものだわ。私なんてまだプロにすらなれてなかった年頃でこれだけの球……そして何より、打線の援護にも運にも恵まれない中、終盤までこの球威を維持できる精神力。将来間違いなく大物になれるわ)
「ファール!」
「インコースまっすぐ!差し込まれました!」
(同じ左相手にあえて三塁寄りに立つことで、インコースを見やすくして攻めるアプローチ。恵人ちゃんはこれがあるから強いんですよねぇ。ベテランにはセオリー通り力勝負です)
やっぱりちょっとしんどいけど、あと1人。やれなくはない……!
「ファール!」
「ボール!」
「ファール!」
「ここもまっすぐ!しかし粘ります西村!」
(合わせてきますねぇ……メジャー時代も向こうの人達からコンタクト能力がずば抜けてると言われてましたが……)
(お疲れのとこ、こんなことして申し訳ないわね。私だって歳だからこういうことしてると次以降の試合に響きそうだし、若い頃だったらとっくに前に飛ばせてるはずなんだけどね……)
「ファール!」
(でも私、メジャーに挑戦はしたけど、この球団には愛着があってね。ここに居場所がなくなったらもう辞めるつもり。でもその前に、何としてでもこの球団での帝国一を味わっておきたいのよね。短期決戦で1勝を先に取られて、今日は佐竹がここまで頑張ってくれた以上、今日は絶対に負けられない。この1打席に全てを賭けるつもりよ)
今度こそ……!
「!!!レフト線……」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「ファール!」
「切れました!」
「あっぶねぇ……」
「頑張りすぎやろあのおばさん……」
前までの打席よりも明らかにスイングが鋭くなってる……
(恵人ちゃんの球を見極めるためにリソースを上手く配分してきた、ということなんでしょうねぇ。それで満を持してこのタイミングで全力スイング。こっちとしてはここまでスムーズに打ち取らせてもらってた分のツケを払わされてるようなもの……)
どうします?
(やはり外スラ、ですかねぇ……?)
ですね。あとワンストライク……!
(ッ……!?)
よし、振らせた……!?
「!!拾い上げて……サードの頭上超えた!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
「セーフ!」
「二塁ランナーホームイン!1-0!!均衡を破ったのは、大ベテランの技ありの1本!!!」
あんな地面スレスレのスライダーを……
(貴方には私より20年分多くの未来があるけど、私は貴方より20年分多くの過去を積み重ねてきた。あのスライダーに手が届いたのはその分でしかない。大したものだわ)
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、山口に代わりまして、鎌ヶ谷。ピッチャー、鎌ヶ谷。背番号30」
「ああ……山口はここで降板です……」
「マジかよ……」
「恵人きゅんここまで頑張ったのに……」
「恵人くん、本当によくやってくれた。何も恥じることはないよ」
「はい……」
伊達さんの精一杯のねぎらい。でも、もう結果は覆らない。
あとほんのちょっとスライダーが曲がってたら、さっきの打席で打ててたら、こんな形で降りることがなかったのに。
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