第百四十七話 人を変える力(6/?)
「8回の裏、ペンギンズの攻撃。7番ファースト、ディエシシ。背番号13」
「0-0、まだ試合が動きません。バニーズ先発の山口は5回までパーフェクトピッチング。ここまで許したヒットはわずかに3本で四死球なし。初の帝国シリーズのマウンドで7回無失点7奪三振と素晴らしいピッチングを展開しております」
「ふぅーっ……」
伊達さん曰く、最長でもこの回まで。ゴールは一応見えてる。でもあくまでそれは『おれ自身の仕事の』であって、『勝つための』じゃない。
運がどうとかって割り切るとは言っても、流石にこれだけやって1点ももらえないのは、どうしても人間として『報われない』って気持ちが込み上げてきて、疲れとは別の何かが気持ちを億劫にさせる。
でも……
((恵人……))
「ストライーク!」
「身体をのけぞらせましたが入っておりますストライク!初球はインコースのスライダーから入ってきました!!」
「このスライダーが本当に安定してますよねぇ。出処が見づらい上に横からの角度がある独特の投げ方ですから、右相手でもこうやってスイスイとカウントを稼げるんですよねぇ」
「プロ入り前はまっすぐとチェンジアップだけしか投げておらず、このスライダーとカーブはプロに入ってから身に付けたとのこと。異例の中学卒業後からのプロ入りですが、今やチームを優勝に導いた左のエース。周囲の期待に応えて上り詰めてきました、19歳の小さな大投手」
お父さんとお母さんの目の前で、情けないとこは見せられないよね。
「ストレート打った!しかしこれは打ち上げて……」
「アウト!」
「ショート捕りました!まずはワンナウト!!」
「「「「「恵人きゅん、ナイピー!!!」」」」」
「8番ショート、東山。背番号3」
「ワンナウトランナーなし、打席にはプロ8年目の東山武。今シーズンはショートのレギュラー争いを制し、開幕スタメンを勝ち取りました。シーズン全体では前年度を下回る成績となったものの、シーズン終盤に大活躍を魅せ、チームの優勝に貢献しました」
(今のところ左右に関係なく俺を優先してもらってるが、既定に届いたのは3年前に1回きりの立場。来年以降はどうなるかわかったもんじゃねぇ。せめてこのシリーズで少しでも結果を出さねぇと……)
「ボール!」
「まずは外!144km/hまっすぐ外れました!!」
スピードはまだ出せる。でもやっぱり疲れのせいか、俺の意識できないところで多少の齟齬が生まれて、思ったとこよりも少し外れる。
ただでさえ一軍より試合自体が少ない二軍で今まで立場的に大事に大事に使われてきて、今年初めて年間を通じての一軍。思った以上にしんどい。正直、帝シリがかかったCSの先発で風刃さんと百々(どど)さんはともかく、シーズン途中からの常光さんを優先されてちょっとムッときたけど、休みをもらえてありがたいって気持ちもあった。伊達さんもきっとそういうのを配慮してくれたんだと思う。
「ストライーク!」
「これは上手くタイミングを外しました!外チェンジアップ空振りでワンストライク!」
(くそっ、まっすぐとの投げ方の違いが全然わからねぇ……!)
その上でマウンドを任された以上、抑えられませんは甘えだよね。
(恵人ちゃんはお疲れ気味の様子。少し制球は乱れてるものの、出力はどうにか維持できてる状態。ならばこれですかねぇ)
「ファール!」
「フルスイング!高めのボール球を振らせて追い込みました!!」
(……スコア的にも一発がベストだが、今日の3打席だけでまともに打てる相手じゃねぇ。大した小僧だぜ。まだギリギリ10代でこれ。よっぽどの不運でもねぇ限り、今の時代だったらメジャーでも投げて将来何十億って稼いだりするんだろうな。一回りも年下だが、それくらい格の違う相手)
「ファール!」
「外のスライダー!合わせました!」
(だから、何の気兼ねもなく泥臭い真似ができるぜ)
「ファール!」
「今度はクロスファイヤー!窮屈なまっすぐですが何とか当てました!」
「ボール!」
「高め!バットは止まってます!!」
今度こそ……!
(スイング!?いや、止めるか……!!?)
「……ボール!」
「ああっと、わずかに外れましたインハイまっすぐ!」
「おいィ!?入ったやろが今の!」
「可変かましてんじゃねーぞ!」
(あっぶねぇ……迷って手が出なかったわ……)
……こういうこともある。人間がジャッジする以上は。おれだって入ったって確実には言えないし。
「ファール!」
「緩いカーブ!しかしこれも何とか合わせました!!」
(欲張ってたら間違いなくアウト……ゲーム展開的にも、最初からこうやって攻めるべきだったか……まぁ反省は後だな)
なら緩い球の後のまっすぐとみせかけて……!?
「ボール!フォアボール!!」
「ああっと、叩きつけてしまいました!山口、今日初めてのフォアボール!」
やっちゃった……
「「「「「良いぞ良いぞ、た・け・し!」」」」」
「ナイセン!」
「この回で決めろよ!」
「ペンギンズ、選手の交代をお知らせします。9番ピッチャー、佐竹に代わりまして……」
「うーん、佐竹ここまでかぁ……」
「向こうホームの試合なら完封も狙えたかもしれんのになぁ」
同じく無失点とは言え、そこそこ打たれてて球数も嵩んでる先発をここで降ろす。それはまぁ想定内。
「タイム!」
「ここでキャッチャー有川がマウンドへ向かいます!」
「恵人ちゃん、大丈夫ですか?」
「はい。心配ないです」
「あとツーアウトです。向こうはあえて左を代打で持ってきて、次は右の小林さん。細かく投げ分ける上では面倒な布陣ですが、球はちゃんと走ってます。いくら球場が狭いと言っても、一発なんてそんなにポンポン出るものじゃありません。球種が見分けづらいという恵人ちゃんの持ち味を生かすためにも、臆さず腕を振ってどんどんストライクを取っていきましょう」
「はい!」
「プレイ!」
あと2つ。それに、9回は月出里さんから。1点くらいならきっとそろそろ取ってくれるはず。あとちょっと頑張れ、おれ。




