第百四十七話 人を変える力(1/?)
******視点:雨田司記******
「9回の裏、ペンギンズの攻撃。1番センター、小林。背番号9」
「最終回、1点を追いかけますペンギンズ。土壇場でゲームをひっくり返したバニーズは満を持して守備を固めて守護神を投入。5番手としてマウンドに上がるのはプロ4年目、2017年ドラフト1位の雨田司記。最速160km/hのまっすぐと鋭いスライダーを武器に今シーズンはクローザーとして起用され、47試合に登板。47回で防御率2.49、57奪三振、そしてリーグ2位の30セーブ。2017年ドラフト組の例に漏れず、今シーズンの優勝に大きく貢献しました」
急な逆転劇だったけど、今日はどうしても投げたかったから準備は十分。
((司記……))
「怜治!出塁頼むぞ!」
「猪戸まで回して逆転サヨナラや!」
「リプのテンプレストガイなんて怖くないぞ!」
(まぁまっすぐのスピードはこっちの方がちょびっと上みたいだが、先発であんなバケモンを相手にしたんだ。ちょっとくらいの上乗せなら、1打席の間でアジャストしてみせるぜ……!?)
「ストライーク!」
「……!!?」
「初球真ん中まっすぐ空振り!いきなり出ました160km/h!!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
ちゃんと腕が振れてる。でも、あの時とは違う。ルーキーの頃、キャンプの紅白戦で初めて159km/hまで出せて調子『に』乗って、赤猫さんに手痛い一発を喰らったあの時とは。自分でも理解できない出力に酔ってたあの時とは。
「ストライーク!」
「今度はインコース159km/h!身体をのけぞらせましたが入ってますストライク!」
「バッチビビってんぞー!」
「それでええぞメガネ!」
「コーナー狙って劇場せんでええぞ!」
今は単に調子『が』乗ってるだけ。どういうメカニズムでこれだけの出力を生み出せるのかを理解してて、そのメカニズムを細部まで再現できるくらいのコンディションだからこうなってるだけ。
「ファール!」
「外高め!今度はどうにか当てましたがこれも159km/h!」
「ここまで全て159km/h以上ですか……」
(くそっ、ボール気味だったのに……!)
だから、自信を持って続けられる。
「ストライク!バッターアウト!!」
「スイングアウト!最後も高め、158km/hまっすぐ!先頭打者をまっすぐのみでねじ伏せました!」
「「「「「雨田!雨田!雨田!雨田!」」」」」
「クッソォ、調子こきやがって……!」
「こんな時にまっすぐだけとかナメすぎだろが……!」
もちろん、驕ったわけでも侮ったわけでもない。
向こうからしたらボクは対戦経験が少なく、クローザーであるからにはこのシリーズでこの後も何度か対戦することが予想される相手。先頭打者であるからには他の球だって見ておきたかっただろうし、配球的に事前知識のある縦スラを決め球にしてくるのが頭にあったはず。
(やからこその全球まっすぐ。雨田くんがあの時とは違うんはいつも受けてるオレがようわかってる。まぁそれにしたって今日はやけに球が走ってるように思うけどな)
「西村さん、アレちょっとやべーっすよ。思った以上に伸びてきます」
「ええ、そうみたいね。留意するわ」
「2番レフト、西村。背番号23」
小林さんと一言二言会話を交わしてから、今度は西村さんがお出まし。タイプ的には赤猫さんに近いけど、普通にスタンドまで持っていけるだけの力もある。
「!!」
「ストライーク!」
「ファールチップ!今度もまっすぐ、159km/h!」
こっちとしてはやることは変わらないけどね。
「平均球速159km/hの暴力」
「クソ甘いけどちゃんとゾーンに入ってるし、今日のメガネほんま調子ええな……」
(メジャーにいた頃を思い出すわね……私がいた頃は今ほどこういうのがゴロゴロしてたわけでもないけど)
ただもちろん、単に良いまっすぐを淡々と再現してるだけで打ち取れるとは思ってない。プロの舞台でもまっすぐで空振りを取れるのは、『他の選択肢の存在』というのも大きい。判を押したようなまっすぐだけで打者に勝ち続けるのは不可能。そんなのは結局マシーンの球と一緒。打者側だっていずれは慣れてくる。打者の想定内の球はいつか必ず打たれる。
だから……!
「!!?」
「……ボール!」
「外!際どいところですが判定はボール!しかしここで162km/h!雨田、自身最速をここで更新!!」
「「「「「はえええええ!!!」」」」」
打者の想定さえ超えれば、まっすぐに限らずどんな球種でも打てない球になる。こんな時に外れちゃったけどね。
(手が出なかったわ……こんなのを続けられるとちょっと……)
「ストライーク!」
「外!今度は入りました160km/h!」
「ストライク!バッターアウト!!」
「外高めスイングアウト!最後も160km/h!雨田、この場面、まっすぐのみで2者連続奪三振!!」
「ナイピー雨田くーん!!」
「あと1つ!打たせていっても良いよー!」
虎の子の1点を守るために動員された秋崎と天野さん。ここまで全員三振で打ち取ってるからせっかくの守備力の意味がないように見えるけど、そんなことはない。自信を持って腕を振れるのは、たとえ投げ損ねて打たれてもバックがフォローしてくれると信じられるから。
……自分で言うのも何だけど、変わったな、ボクも。父さんが何のつもりで今日来たのかはわからないけど、心情的に何かが変わったのは間違いない。人は何がきっかけで変わるかわかったもんじゃない。
(よそのお庭でちょーっと調子こきすぎやな……)
「3番セカンド、鉄炮塚。背番号1」
「バニーズ、帝国シリーズ第1戦勝利まであとワンナウトに迫りました!打席には今日タイムリーも放ってる鉄炮塚!」
(頼む、花さん……おいが必ず……!)
……『逆転サヨナラツーランもある場面で、同い年同士の勝負』。それはそれで確かに心躍るものはある。猪戸にはルーキーイヤーのフレッシュオールスターで打たれた分を返したいって気持ちも正直あるし。
でもボクが一番望んでるのはそういうドラマじゃないし、流れ作業で勝利を最後に仕上げる立場のボクが、そんな私情に他の人達まで付き合わせるわけにはいかない。
「!!?」
「ストライーク!」
「初球空振り!ここで今日初めての変化球、縦のスライダー!」
「これは意表を突かれましたねぇ。低めのボールゾーンへ落ちる球。おそらくまっすぐ狙いだったんでしょうが……」
(なかなか味なことするやん……)
(ここまで投げてなくて外れる可能性の高い球でも、こういう使い方があるんやで、鉄炮塚さん)
冬島さんだってこうやって、ボクをヒーローに仕立て上げようとしてくれてるんだしね。冬島さんも8回にチャンスで打てなくて悔しい思いをしたはず。『代えなくて良かった』と思い知らせたいはず。
「ボール!」
「ボール!」
「ファール!」
「まっすぐ!ここでも出ました161km/h!バニーズの第1戦勝利、そしてリプの帝国シリーズ13連勝まであとストライク1つ!」
ボクが一番望んでるのは、今日苦戦したこの試合、最終回は完璧に乗り切って、その勢いで残りの試合も無事に勝ち切って帝国一になるドラマ……!
「ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!!」
「スイングアウト!三者連続!最後は縦のスライダー!試合終了、4-3!バニーズ、帝国シリーズ第1戦は劇的な逆転勝利となりました!!」
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
「ッしゃあああっ!!!」
歓声に負けないくらいに吼える。"世界一のエース"を志すきっかけになった坂井田のように。
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