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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
961/1137

第百四十六話 僕らなりの勝ち方(8/8)

******視点:十握三四郎(とつかさんしろう)******


 観客(ギャラリー)が待ち望んでたのはやっぱり月出里(すだち)さんの決定的な一打。まぁしょうがないよね。月出里さんは『不戦勝』って言い張ってるけど、多分あの死球がなくても今年は勝てなかった。

 俺もプロに入って3年。毎年それなりに進歩してるつもりだけど、それ以上に月出里さんの成長速度が早すぎる……というか、いわゆる『経験値リセット』とか、それどころか『トレードオフ』すらも全然ない。ずっと0本からタイトル争いできるくらい急激にホームランを打てるようになっても打率が下がるどころかむしろ上がってる。体重を増やしたわけでもないから守備走塁だって落ちてない。

 過去の失敗とか悔しい思いとか、そういうのを余すことなく次に生かしてしまえる。その土台となる『丈夫な身体』と同じくらい、そこが月出里さんの特に恐ろしいところだと思う。何が月出里さんをそこまで突き動かしてるんだか……

 何にしても、実力の差がある以上、評価にも差があるのはしょうがないこと。日本の野球じゃ大抵『"最強打者"の象徴』であるこの4番の座も、ウチにとってはまさにこういう時、『"最強打者"が勝負を避けられた時の備え』という意味合いの方が大きい。それもしょうがないこと。


「ペンギンズ、勝利まであとツーアウトと迫りましたが、バニーズが食らいつきます。3-1でワンナウト満塁。逆転覚悟で月出里(すだち)との勝負を避け、十握(とつか)との勝負を選択しました。これが吉と出るか凶と出るか……」

「ボール!」

「ますは外!154km/hまっすぐ外れました!」

「ストライーク!」

「落としました!空振りでワンボールワンストライク!!」


 満塁でボール先行、ここで落ちる球はちょっと想定外……さっきワイルドピッチもあったのに度胸があるね。


(十握はプロ入り以来、一度としてスリーボールノーストライクからスイングしていないなど、スイング機会には色々と法則性がある。この小柄な身体でミートと長打力を両立できるバッティングのメカニズムから言っても、プレーの上では極めて合理的な考えをしているタイプだとわかる)


 よし、外に入る……!?


「ストライーク!」

「スイングを止めましたが入ってますストライク!」

(チッ、引っ掛けてくれなかったか)


 ツーシーム……かな?嫌な予感がしてストレート狙いのスイングを止めたのは正解。


「これでツーストライクと追い込まれました!」


「346!いつもみたいに思い切って振れや!」

「目の前で敬遠されて悔しゅうないんか!?」


 ……悔しいに決まってるじゃん。満塁策とか抜きにしても、『月出里さんの方が上』って言われたようなもんなんだから。

 でも、それである意味助かってるとこもある。ずっとチビで、『ホームランバッターになるなんて無理だ』って言われ続けて、そんな過去の傾向に従っただけの安い言葉を否定したくてずっとやってきた。常に目の前に立ち塞がる何かがあったから、人並み以上に頑張ることを当たり前にできるようになった。

 そんな俺だから、ごく身近に月出里さんがいるのは俺にとって大きなプラス。昔からメジャー志望だから、元より"帝国一のスラッガー"で妥協するつもりはなかったけど、困難は身近にあった方がずっと良い。『海の向こうにはここよりすごいとこがある』っていう漠然とした事実しか知らないよりずっと良い。


(よし、釣られた……!?)

「ファール!」

「低め!しかしこれは右腕一本で上手く当てました!!」

「強いスイングをしながらもこういう柔軟な対応ができるのが十握の強みですね」


 向こうもバッテリーもきっとお察しの通り、俺は効率とか合理性とかそういうのを突き詰めることで、体格の不利を覆してきた。プロに入ってすぐくらいは怪我ばっかりだったからスイングを見直して、その分長打が少し出づらくなったけど、確実性が上がってトータルの数字も上がった。

 ちょっとしたトレードオフもしつつだけど、俺はもっと上を目指せると思ってる。俺よりもっと小さい月出里さんがもっと良い数字を出してるのは確かに悔しさもあるけど、『俺はいつかそれ以上にできる可能性がある』っていう希望でもある。月出里さんの存在が、『俺にはまだ突き詰めるべき何かがある』ってのを証明してくれてる。

 ……どれだけ頑張っても月出里さんに勝てないのなら、それはそれでしょうがない。俺以上に月出里さんが頑張ったか、月出里さんが俺以上のものを生まれ持ったかってだけの話。

 でも、バットを置く最後の瞬間までは諦めない。そのためにもまずは……


「「!!!」」


 この帝国シリーズが『月出里さんと猪戸(ししど)さんの勝負だ』っていう前提から否定しないとね。


「ライト跳んで……捕れません!フェンス直撃!!」


「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」


「セーフ!」

「三塁ランナーホームイン!続けて二塁ランナーもホームイン!」

(くそっ、せめて4点目は……!?)

「セーフ!」

「一塁ランナー月出里も快足飛ばして今ホームイン!4-3!!十握、走者一掃、逆転タイムリーツーベース!!!」

「低めのフォーク、今度はしっかり捉えてきましたねぇ……難しい球を捉えつつのあの飛距離、本当に良いバッターですよ」


「「「「「346!346!346!346!」」」」」

「十握!帝シリ初安打オメ!」

「それでこそ"左の最強打者"や!」

「っていうかちょうちょはっや……」

「まだワンナウトや!続け続けー!」


 月出里さんの見せ場を奪うために月出里さんの脚に頼るなんて本末転倒。できればスタンドに叩き込みたかったけど、あのカウントだったから『できれば長打』くらいで妥協した結果。月出里さんに今年唯一勝てた『三振の少なさ』を生かした結果。

 でも、これで良いよね。月出里さんが今一番超えるべき相手だとしても、それ以前に同じチームの仲間なんだから。そしてこれが『俺達なりの勝ち方』なんだから。


「バニーズ、選手の交代をお知らせします。二塁ランナー、十握に代わりまして、秋崎(あきざき)が代走に入ります。4番代走、秋崎。背番号45」

「お疲れ様です十握さん!」

「後はお願いします」

「ここで十握はベンチに下がります!」

「ナイバッチ!」

「さすが4番!」


 ベンチに戻って、遅ればせながらの祝福。


「十握くん、お疲れ様。裏の守りも秋崎くんに入ってもらうからね。明日以降もまた打ちまくってほしい」

「ありがとうございます」


 なるべくなら勝つ瞬間までグラウンドにいたいけど、怪我明けだからしょうがない。


「十握さん」

「月出里さん……」

「十握さんのおかげで、来年は逃げられずに済みそうです」

「……来年は逆に月出里さんに"備え"になってもらうつもりですけどね」

「じゃあ来年も優勝できそうですね」

「きっとそうなりますよ。来年も俺と月出里さんで打撃タイトル全獲りです」


 月出里さんが差し向けた拳に、俺の拳を合わせる。

 ……高校出てすぐプロになって、もっと通算成績を積み上げて、もっと早くにメジャーに挑戦できるようにしたかったけど、結果的に大学に入って婚約者と知り合えて良かったよ。彼女がいるから、月出里さんを単に"超えるべき打者"として割り切れる。月出里さんは月出里さんであのバッピの人と仲睦まじいみたいだし。こんなに打てるくせに無駄に綺麗な人だから困るよね。


「ペンギンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、ライディーンに代わりまして……」

「ここはピッチャー交代です……ペンギンズ、守護神をここで降ろします」

「短期決戦で、まだ得点圏にランナーがいる状況ですからね……ここから続く金剛(こんごう)松村(まつむら)も怖いですよ」


 ・

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「ストライク!バッターアウト!!」

「スイングアウト!2者連続!!これでスリーアウトチェンジ!!!しかしバニーズ、この回は土壇場でゲームをひっくり返しました!4-3、ペンギンズも最終回に追いかける展開となりました!!」


 向こうも優勝チーム。簡単には押せ押せといかないよね。左キラーの投入で上手く火消し。


「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ファーストに入っておりました金剛に代わりまして、雨田(あまた)。ピッチャー、雨田」

「ここでバニーズも守護神投入です!」


「メガネ!ラスト頼んだぞ!」

「劇場はいらんで!」


「また、9番代打、オクスプリングに代わりまして、天野(あまの)がファーストへ。代走で入りました秋崎はセンター、センターを守っておりました赤猫(あかねこ)はレフトに入ります。1番レフト、赤猫。背番号53。4番センター、秋崎。背番号45。5番ピッチャー、雨田。背番号19。9番ファースト、天野(あまの)。背番号32。以上のように代わります」


 守備を固めて1点リードを確実に守り抜く体制。もうベンチに引っ込んだ病み上がりの俺は、『俺達なりの勝ち方』が形を成すのをただ祈るのみってね。

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