第百四十六話 僕らなりの勝ち方(6/?)
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、夏樹に代わりまして、三波。ピッチャー、三波。背番号33」
「8回のバニーズの守り、プロ10年目の三波水面が4番手として登板します。今シーズンは34試合に登板し、35回2/3を投げて防御率3.03。元先発の経験を活かし、ワンポイントからロングリリーフもこなすなど、チームの台所事情を支えてきました」
「「「「「水面ちゃーん!」」」」」
「水面ちゃん言うな!」
リリーフカーで移動してる間にお決まりの流れをこなしてから、あたしより身体の小さい水面さんがマウンドで投球練習。
「8回の裏、ペンギンズの攻撃。6番キャッチャー、小池。背番号27」
「3-1、ゲームはペンギンズの2点リード。この回の先頭打者は小池。今日は風刃を相手に2安打と当たってます」
(……!むっ……)
「ストライーク!」
「空振り!初球スライダーから入ってきました!」
スクリューで有名な水面さんだけど、このスライダーも大きな武器。右のサイドスローから繰り出される、テレビゲームのスライダーさながらに大きく横滑りする球。
「ストライク!バッターアウト!!」
「膝下いっぱい!見逃し三振!!」
「「「「「ええぞええぞ水面ちゃん!!!」」」」」
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「ライト落下点……」
「アウト!」
「捕りましたスリーアウトチェンジ!ペンギンズ、この回は無得点!」
「ナイスリリーフ!」
「まだ1イニングあるぞ!」
「2点差くらいひっくり返せや!」
水面さんはヒット1本打たれただけで、右続きの向こうの打線相手にスライダーがビタビタに決まって危なげなく1回無失点。
「ナイピーっす!」
「ありがと!……ん?どうしたの逢ちゃん?」
ベンチに戻る道すがら、水面さんへ送ってた視線に気付かれてしまった。
「いや、何て言うか……リリーフって大変だなぁって」
「んー?まぁそうだけど……どうして急に?」
話の流れでベンチに隣り合って座る。
「勝ってる状況ならともかく、今みたいに負けてる状況でも投げなきゃいけないじゃないですか。今は点差がそんなにないからまだ良いかもしれないですけど、水面さんってロングリリーフとかもしますよね?先発が燃えたのは自分のせいじゃないのに、急に投げるように言われて何イニングも……先発が燃えたってことは勝てる見込みも薄い試合がほとんどだと思いますし」
「……そうね。確かにそう。私だってせっかく良い感じに投げたのに勝ちに繋がらないのは正直『報われない』って気持ちになるわ。私達ってリプのピッチャーだから、自分達で打席に立って負け試合を勝ち試合にひっくり返すことがほぼできなくて、もどかしさを感じることもあるわ。結局は打線が頑張ってくれるか次第だし、仮に頑張ったとしても、野球は運次第でいくらでも勝敗が揺らぐ。今日の試合だって、私から見てみれば傾きがコロコロ変わる運にどっちの球団も転がされてるような感じに見えるわ」
「…………」
「野球での勝負は常に何らかの形で運が働いてる。それについては紛れも無い事実。多少の実力差よりも運の方がよっぽど勝敗を左右するから、勝率6割で優勝、4割でビリってくらいのゲームバランスになってる。でも私は、その事実を持ち出せるのは運以前の当たり前を当たり前にこなしてきた人だけだと思ってるわ」
「当たり前を当たり前に……」
「ゴロを処理した野手がたまたま一塁への送球をちょっと逸らしたのに、打ったバッターが一塁まで全力で走ってないせいで結局アウトになったら、そんなのは運以前の問題でしょ?」
「!……確かに」
「たとえ終始大差で負けた試合でも最後まで当たり前を貫き通すことができれば、たとえ向こうの方が実力的にも格上だったとしても、『運悪く負けた』って言ってもらう資格も、『運が良ければ勝てたかもしれない』と言ってもらう資格も得られる。逆に当たり前を当たり前にできなければ、『負けるべくして負けた』と言われるだけ。私は10年このチームにいて、先発からリリーフ、クローザーまで、ピッチャーとしての役割は全部やってきたけど、どんな役回りだとしても、チームがボロボロだとしても、いつか勝ちまくれる時のためにずっと当たり前を当たり前にこなしてきたからこそ、今年優勝を味わうことができたと思ってるわ」
「強いですね、水面さん」
「むしろプロならその辺アマチュアより楽だと思うけどね。チームが負けまくってても個人成績が良ければ給料いっぱいもらえるし、どうしても優勝したいって言うならその成績で強いチームに売り込んでついでに給料アップとかも狙えるんだし、最悪活躍できなくても真面目にやってたら再就職先を斡旋してもらいやすくなるし。逢ちゃんもそのつもりでやってるんじゃないの?今年もものすごい成績挙げちゃって」
「いや、あたしはそういうのが義務と言うか……」
「何それ……?」
「お金ももちろんある程度は欲しいですけど、とある人のために成績の方が目的なんで……」
「……逆にそっちの方がすごいと思うけどね。他人のためにそこまで……」
「そうですかね?あたしってめんどくさがりですから、自分のことだとあんまり頑張れなくて……むしろそういうプレッシャーがあってある意味助かってるくらいです」
「……そんな逢ちゃんがいるから、このチームはここまで来れたのかもしれないわね」
「?」
水面さんが会話の中で黙って指を差す。その方向を見ると、素振りしてるリリィさんの姿。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。9番、三波に代わりまして、オクスプリング。9番代打、オクスプリング。背番号54」
「ここで代打登場です!バニーズ最終回、先頭にはプロ4年目のリリィ・オクスプリングが向かいます!月出里逢と同期の2017年ドラフト3位。1年目からチーム屈指の強打者として打線の中核を担い続けております。今シーズンも打率.288、18本塁打、84打点。プロ入り以来全シーズンでOPS.800以上。CSではDH枠の関係でスタメン出場は無し、今日の帝国シリーズ1戦目もベンチスタートとなりましたが、期待される打棒をここで発揮できるか!?」
「おっ!ついにイギリス人出すんか!」
「さっきの冬島のとこで出せや!」
「もういよいよ9回だけど、7回と同じで、ランナーが1人でも出れば逢ちゃんに回る。伊達さんもこの回こそはって気持ちなんでしょうね。前の回は不運もあって拙攻だったけど、逢ちゃんにもう1打席あるかもしれないくらい打順が進んだんだから、積み重ねた当たり前や頑張りは決して無駄になってない。逢ちゃんも良い感じに『背負ってる』んじゃない?」
「……水面さん」
「ん?」
「今日は水面さんを勝ち投手にします」
「うん、期待してるわ」
今勝っていようが負けていようが関係ない。勝負が終わる最後の瞬間まで、当たり前を当たり前に……それはきっとつまり、『あたし達なりの勝ち方』を目指し続けるってこと。
「リリィさん!頑張って下さい!!」
「おう!絶対回したるからな月出里!!」
こんな些細な当たり前もこなしつつ、あたしも少しずつ準備を進める。たとえ最後は運任せになるとしても、その運さえあれば手の届くところに行き着けるように。




