第百四十六話 僕らなりの勝ち方(5/?)
******視点:月出里逢******
「8回の表、バニーズの攻撃。3番サード、月出里。背番号25」
「3-1、ペンギンズの2点リード。月出里逢が4回目の打席に入ります。今日はスリーベースが1本。守備でも好プレーを魅せています」
「そろそろ反撃や!」
「2点くらいひっくり返せ!」
残り2回。もう1回あたしに打席が回ってくるかは微妙なとこ。ランナーなしだから少なくともこの1打席だけでどうにかできる状況じゃない。
(うぉっ!?)
「ファール!」
「豪快なスイング!初球打ちましたがキャッチャー小池のマスクにファールボールが当たりました!」
「大丈夫ですか?」
「お、おう……」
(ほんとスイング速いな……)
もちろん、この状況をどうにかするために扇の要を先にとか、そういうつもりじゃない。フルスイングだと流石に狙ったところに飛ばすのは難しいし。
「ちょうちょ!とりあえず塁に出たらええんやぞ!」
「リラックスリラックス!」
「ボール!」
「外!これは外れました!」
ホームラン狙いは本当。向こうだってこの状況でランナー溜めるのは嫌なはずだし、だからこそこっちもゾーンに入ってくる球を打ちにいかなきゃいけない。向こうからしたらソロムランなら命拾いできるのは事実だけど、同時に1点差まで迫られる。できることならソロムランだって許したくないはず。
「ボール!」
「高めに浮きました!」
その『できることなら』って気持ちを引き出さなきゃ、向こうのリリーフも隙を見せてくれない。
まぁもちろん、ゾーンに入れてくれても良いんだけどね。あたしだってできればあの歌舞伎野郎よりでかいの打ちたいし。
「ボール!フォアボール!!」
「選びました!先頭バッター出塁!!」
「よっしゃ!流石や"散歩マシーン"!!」
「続け続けー!」
これはこれで良い。伊達さんが言ってた通り、これが『あたし達なりの勝ち方』。
「…………」
一塁に向かう前に、あたしの守備位置をチラッと見る。黙ってこっちを見てる歌舞伎野郎。その姿を見ても、今更その気持ちは揺らがない。
「4番レフト、十握。背番号34」
去年あたしに勝って、今年はあたしの不戦勝みたいな形になっちゃった十握さん。きっと続いてくれる。
(もちろんそのつもり)
(……!まずい!!)
「ああっとワンバウンド!キャッチャー捕れません!!」
「セーフ!」
「一塁ランナーはこの間に二塁へ!記録はワイルドピッチ!!」
「ええぞええぞ!」
「ナイスランちょうちょ!」
「ピッチャー焦っとるで!」
ランナーが増えるわけじゃないけど、ゲッツーの可能性がだいぶ減ったのは大きい。
(……!しまった……)
「強い当たり!しかしこれはショート正面!二塁を見てから一塁送球!」
「アウト!」
「一塁アウト!二塁ランナーは進めず!」
……こういうこともあるよね。
(十握がミスをしたなら俺が……!?)
「これもショート正面!一塁へ!」
「アウト!」
「あっという間にツーアウト二塁!」
「おいィ!?何やっとんねん!!?」
「進塁打も打てんのか!?」
「何で左のパワーヒッターがこんな時に逆方向打ってんねん……」
「ノーヒットでも1点取れてたやろ……」
「相手のミスをつけ込まんのはなぁ……」
「「…………」」
こういうこともある。バッティングの結果が打つ方だけで決められるのなら誰も苦労しない。向こうだって必死にやった結果。狙った方に打てなくて悔しい思いをしてるのはあたし以上に十握さんと金剛さん。そう言い聞かせる。
「ボール!フォアボール!!」
「外れました!ストレートのフォアボール!!」
(打ちたい気持ちはありますが、この点差じゃしょうがないですね)
「ええでええでマッツ!」
「儲け儲け!」
「これで逆転や!」
十握さんからしばらく左続きなのに、投手の感覚が狂って歩かせてしまう。これもないことでもない。
「7番ショート、宇井。背番号24」
「ツーアウト一塁二塁、一発で逆転のチャンス。打席には先程素晴らしい守備を魅せました宇井。今日は第1打席でセンター前に運んでいます」
今日の朱美ちゃんは内容が良い。アウトになった打球も強い打球を打ててる。結構固めて打つ方だから期待できる。
「!!ピッチャーの頭上、越えましたセンター前!」
(行かせねーぞ!)
「センター小林、バックホーム!矢のような送球でしたが二塁ランナー月出里は三塁で止まってます!」
(チッ、突っ込まなかったか……あのチビ、走塁死は滅多にしねぇって話だが……)
「クッソォ、せっかくタイムリーやと思ったのに……」
「まぁ突っ込んで終わりよかは良かったやろ」
「レーザービーム良いぞ小林!」
「向こうの外野とは肩が違うわ!」
(…………)
ツーアウトとは言え2点差だから無理をするとこじゃない。試合前に向こうの野手の肩くらいはもちろん調べてる。走る方でもアウトになるのは嫌だし。
「8番キャッチャー、冬島。背番号8」
冬島さんも今日結構当たってるし。
「ツーアウト満塁、一打同点の場面で打席には冬島。今日はヒット1本にフォアボール1つ」
「うーん、代打でもええんちゃうか?」
「いやぁでも守りがなぁ」
「今日全然打ってへんかったら思い切れるのになぁ」
まぁ伊達さんとしちゃ、冬島さんを信じたいって気持ちなんだろうね。そうやって戦うのもまた『あたし達なりの勝ち方』ってね。
「これでフルカウント!」
(……よし、押し出しや……!)
「ストライク!バッターアウト!!」
「ぶへっ!?」
「見逃しの三振!冬島、一塁へ歩きかけましたが判定はストライク!」
「おいィ!?今のは外れたやろが!」
「帝シリで絆案件かよ!?」
「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、満塁の好機を活かせず!3-1、ペンギンズのリードが続きます!」
「やっぱ代打やったやろあっこは……」
「さっきの巫女ちゃん続投も結果オーライやったし、伊達ちょっと地蔵すぎやろ」
「短期決戦で悠長にやりすぎやわ」
「ってか冬島も追い込まれてるんやから際どいとこは手ぇ出せよ……」
「せめて十握か金剛のどっちかが進塁打打ててたらなぁ……」
「「「「「…………」」」」」
……これも『あたし達なりの勝ち方』。そう割り切りたいけど、観客の言うことも尤もだし、どうしてもモヤモヤする気持ちが残る。
これから先プロとして何百、何千と試合をするとしても、今日の1試合はどうやったってやり直しがきかない。今も刻一刻と迫る試合終了のコール。それでもその瞬間まで『あたし達なりの勝ち方だから』って言い張り続けられるか、正直自信がなくなりそう……




