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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
957/1143

第百四十六話 僕らなりの勝ち方(4/?)

「4番サード、猪戸(ししど)。背番号55」

「7回の裏、3-1、ツーアウト一塁二塁。ペンギンズ、なおも追加点のチャンスで先ほど逆転ツーランの主砲・猪戸……」

「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、エンダーに代わりまして、夏樹(なつき)。ピッチャー、夏樹。背番号27」

「あーっと、ここでピッチャー交代です……」


 まぁ当然やな。シドーくんのところで噂の巫女ちゃん。


「3番手としてマウンドに向かうのはプロ4年目、左の夏樹神楽(なつきかぐら)。2年目から中継ぎとして登板機会を増やし、今シーズンは42試合、26回2/3を投げて防御率1.35。こういったワンポイントでの起用が目立ちますが、ピンチの場面でしっかり仕事を果たしてきました」


 ……打率なんかもそうやけど、防御率も平等なようで不平等やな。誰が打って稼いだ1点でも平等に1点とみなして計算するんやから。

 あの巫女ちゃんは数字だけ見ると『左やし左ばっかり狩ってたんやろ』『自分の防御率良くても味方のランナーは帰しまくりちゃうか』って感想が出そうやけど、対戦した打者を細かく調べてみると、球界を代表する強打者ばっかり。それも打者の左右問わず。向こうのリーグやと友枝(ともえだ)さんとか琴張(ことはり)さんとか。しかも被打率とかを見る限りでも、味方のランナーを帰してもうたのはホームランくらいで、いわゆる『防御率詐欺』的な要素は少ない。おそらく最初からそういう打者と勝負するのに特化してる投手。


(おいも2年前にしてやられた。ばってん、今度こそは……!)

(さて、あん時の猪戸は(あい)と一緒に食い過ぎで調子悪かったけど、今回は上手くやれるか……)


 っちゅーことは今回の帝シリでの仮想敵はおそらくシドーくん。このタイミングでの登板やし。


「ストライーク!」

「まっすぐ!141km/h、外いっぱい!」


「何だ、こんなとこで出てくる投手だからどんだけすごいピッチャーかと思ったら……」

「身体でかい割に遅くね?」

「甘いとこいったら余裕で打てるだろ」

「向こうも勝負捨てたかねぇ?」


 最近はちょうちょちゃん辺りの人気とか優勝のおかげでバニーズもそれなりに客が来るようになったみたいやけど、バニーズの選手はまだまだリコのファンにはあんまり知られてへんな。ウチは同業者やし、金剛(こんごう)さんもいるからまだ多少はわかるけど、あの巫女ちゃんのことを詳しく知ったのは本当に最近、バニーズが帝シリの相手と決まっていよいよになってから。ウチのファンが知らんでも無理はないわな。


(!!ぬぅっ……)

「ストライーク!」

「インコース!フロントドアのカーブが決まってストライク!この場面で2球で追い込みました!」

「よっぽどコントロールに自信があるんでしょうね。追い込まれるまでは手を出したくないコースにしっかり集められて。ただ、問題は決め球ですねぇ……」


「ええぞええぞ巫女ちゃん!」

「150km/hとか要らんで!」

「"最強打者キラー"思い知らせたれ!」


 あの巫女ちゃんは球遅いピッチャーの例に漏れず変化球は色々持ってるみたいやけど、投球割合で見ると基本的にまっすぐかカーブかフォークの3択。その中で球速とか変化の成分とかを使い分けて巧みに(かわ)すタイプ。


(……!!やべ……)

(もらった!!!)

「痛烈な当たり!レフトの前!!」

「セーフ!」

「二塁ランナーは三塁でストップ!これでツーアウト満塁となりました!」

「逆方向でも強い当たりが出るのが猪戸の強みですが、ここは逆にバニーズが助かりましたね……」

(思うたより落ちたか……仕留め損なった)


「何だ、2球で追い込んだくせにあっけなかったな」

「今時左でもあんなおっそいんじゃなぁ。別にそんな変わった投げ方してるわけじゃないし」


(情けねぇ……こういう時に抑えるのがあっしじゃねぇのかよ……!)


 野球に『絶対』ってもんがあるとすれば、『絶対なんてもんはない』ってことだけやな。どんなに特定の相手に特化した投手であっても、フォークをちょっと浮かしてああやって打たれたりもする。そのたった1球がプロ野球選手としてのキャリアの中で命取りになることもある。その1球で実力の全てを判断され、本来の実力を発揮できんままプロの舞台を去った選手ってのもきっとおったはず。それはもちろん、打つ方も。

 ましてやこれは短期決戦。向こうが有利な勝負やとしても、ちょっとした運の傾き1つでいくらでも覆ってまう。帝シリは多分、王者が王者たりえた天運の試し合いみたいなとこがあるんやろうな。今年みたいに優勝チーム同士の勝負なら尚更。


「5番ライト、カズー。背番号25」

「バニーズにとっては怖い打者が続きます。今シーズン19本塁打のカズー。満塁なので逃げることはできません!」


 巫女ちゃんが一瞬、味方ベンチの方をチラッと見て、諦めたように溜息を1つ。代えへんみたいやな。

 基本的に日本の野球やと、打順の決め方は左右ジグザグが主流。ただ、4番打者が投手との相性の関係で敬遠されても良いように、タイプが似たようなバッターを5番に置いた方が圧力がかかるって考え方もできる。


(左の猪戸想定だったけど、右か……)


 でも今回はジグザグで正解みたいやな。


「タイム!」


 ん……?


「ここで伊達(だて)監督がマウンドに向かいます!」

「夏樹くん」

「うっす……」

「君が今まで積み上げたのは、得意な相手に勝ったことばかりじゃないだろう?」

「……!」

「僕は君のことを、いつまで経っても得意な相手にしか勝てないピッチャーだなんて思ってない。そんなピッチャーだったら、将来の投資のために二軍で下積みさせてる。僕は君の今までの成功も失敗も全部ひっくるめて、ここで投げるべきピッチャーだと思ってる。だから君も、君自身をあんまり見限ったりしないでくれ」

(『あっしがあっしを見限ってる』……そうだな。全くその通りだわ)

「やれるね?」

「はい!」

「プレイ!」


 二塁からやと何を話してたかはようわからんかったけど……


「…………」


 ランナーを警戒してこっちを向いた時に一瞬見せた表情。一言で言えば『戦う顔』。そして再び一息。今度は諦めたようにやなく、腹を括ったように。


(高校入るまではマジで世界を股にかけるような奴だったのに、気が付けば卑屈になりすぎてたな。よくよく考えたら、今だってあっしはまだ点をくれてやってねーじゃん)

「!!」

「ファール!」

「三塁線、切れましたファール!」

(ただのスプリッターじゃネーナ……少し食い込んでキタ)


 スライド気味、落差抑えめのフォークってとこか?フォークミスった直後にこれ。度胸あるやんけ。


(あっし、そう言や時間だけなら逢よりも長く一軍に居続けてるんだよな。もちろんその間、ケツでベンチあっためてるばっかりじゃなく、高いレベルの勝負を見届けたり、あっし自身でスゲーバッターを倒したり、逆に思わぬ代打に一発喰らったり……そういうのも全部ひっくるめて今のあっしなんだよな)

「ボール!」

「ストライーク!」

「今度は空振り!落としました!」

(バッチリ対策して勝てる見込みのある勝負で勝ってきて、そのついでで対策してない相手との勝負も任されるくらいちょっとずつ信頼されるようになって。そん中での失敗も、『次に活かそう』って思ってピッチングに反映してる。高校で一度は落ちこぼれたあっしもそうやってちょっとずつ前に進んで、今こうやって帝国一を争う一員になってる。CS前に雨田(あまた)にカッコつけて『今の立場で満足してる』みたいな態度取っちまったけど……あっしだって風刃(かざと)みてーなエースになりてーに決まってんだろ!)

「!!ピッチャー返し!」

「ッ……!」


 強い打球。巫女ちゃんもええ反応したけど、グラブにかすって僅かに球足が遅くなった程度。これでもう1点……!





「!!!ショート飛びついて捕った!!」


 え……?


「そのままセカンドへトス!」

「アウトォォォォォ!!!」

「二塁フォースアウト!宇井(うい)、ファインプレー!!」


 ……ちょうちょちゃんの次はあのでっかいショートの子か。


「「「「「うおおおおお!!!」」」」」

「ラブリーヴァーミリオン!」

「か、かっこいいタル〜!」

「やっぱりレギュラーショートはあけみんだな……今回のでそれが良くわかったよ>>巫女ちゃん感謝」

「巫女ちゃんもナイス火消しや!」


「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、この回も1点を失いましたが、絶体絶命のピンチを乗り切りました!3-1、ペンギンズのリードが続きます!」

「サンキュー!マジ助かったぞ朱美(あけみ)!」

神楽(かぐら)さんもナイピーっす!」


 運良くチャンスを作れても実力の内なら、運良くピンチを凌げても実力の内。点差で負けてても美味しいとこは持っていって、流れは決して手放さへん。やっぱり相手は同格の王者。帝国一が目の前に見えてても、手が届くかどうかはまだわからへんな。

 でも面白(おもろ)い。面白(おもろ)いで。それでこそ、帝国一も獲り甲斐があるってもんや。

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