第百四十六話 僕らなりの勝ち方(2/?)
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。9番、風刃に代わりまして、相模。9番代打、相模。背番号69」
「ふぅ……」
「月出里くん、お疲れ様」
「伊達さん……」
裏の守備を終えて、一息つく月出里くんの元へ。
「ナイスプレーだったね、助かったよ」
「これだけはずっと負けてませんから」
「……猪戸くんのことかい?」
「…………」
月出里くんは黙って頷く。
「本当はあたし、猪戸くんとか若王子さんとか、今年の4月頃のあたしみたいに、なりふり構わずホームランばっかり狙いたいんですけどね。それが"プロに入る前に思い描いてたあたし"ですから。でも、ホームランどころかヒットを打つことすらできなくて、守ったり走ったりしか取り柄のないとこから少しずつバッティングができるようになっていって、そうやって少しずつ出来上がっていった"今の現実のあたし"にもそれなりに満足してるんです。そういうあたしだから優勝の役に立てたっていう実感もありますし、ぶっちゃけホームラン狙いの結果であろうがアウトになるのは嫌ですし」
「…………」
「でも、それってある種の妥協なんじゃないかなーって、今日の試合をやってて思うんですよね。『他人任せ』というか何と言うか。もうちょっとわがまま……というか、『自分が何としてでも決める』って気持ちでいた方が、『変に欲張るよりアウトにならないように』みたいな安っぽい連帯感よりもチームのためになるのかなーって」
「……ま、実際にこうやって向こうにリードを許してる以上、間違ってはいないだろうね。でも君が言うように、今の君が今年の優勝に貢献したのも事実だ。あまり大きな声では言えないけど、きっとこのチームの誰よりもね」
「一番偉いのは伊達さんですよ」
「僕は"ただの神輿"さ。ここまで担いで来たのは紛れもなく君。オーナーの言う"強いバニーズ"を形作ったのも君だ。そんな君のプレースタイルが間違ってるなんて、そんなわけないだろう?」
「……!」
「僕らは君のやり方を生かす形で、向こうと同じ王者になれたんだ。それが『僕らなりの勝ち方』。向こうには向こうなりの勝ち方があるってだけ。今更君のやり方を覆す必要なんかない。覆すとしても、今はその時じゃない。"今年のバニーズ"でいる間は、君も"今年の月出里くん"でいれば良い」
「…………」
「野球はどこのチームも勝ち方が違うから面白い。そして勝ち方が違うからこそ、勝った時にその『自分達なりの勝ち方』に行き着けたことに誇りが持てる。CSの時にちょっとピリついたりもしたけど、チームのみんなもきっと君と共に戦って勝てたことを誇りに思ってるはずだ。君のそのプレースタイルも、『後の打者に丸投げしてる』んじゃなく、『後の打者に託してる』ってわかってるから、自分達は託されるに足る存在なんだとみんな自信を持てて、優勝に漕ぎ着けられたんだと思う」
「……そうだと良いんですけどね」
「きっとそうだよ。ほら」
「?」
「ファール!」
「これも当てました!相模、ここも粘ります!」
「早打ちのバッターなんですが珍しいですねぇ……」
「…………」
「みんな同じプロだから、個人レベルではそれぞれ信じてきた戦い方ってものがあると思う。でもそれを捻じ曲げてでも、勝ちたいって必死になってる。負けることで、『自分達なりの勝ち方』を否定されないために。この回、1人でもランナーが出れば月出里くんに回ってくるんだしね」
「……あたし、伊達さんを"神輿"だなんて全く思えませんよ」
「君にそう言ってもらえるなら何より光栄だよ」
勝手に必死になって、そのせいで壊れて選手じゃいられなくなった僕にとっちゃ、今はこれだけが『僕なりの勝ち方』。月出里くんと違って本当に他人任せ。やっぱりどこまでいっても"神輿"でしかない。
でもそれで、"最強打者"が"最強打者"でい続けてくれるなら安いものってね。
「ストライク!バッターアウト!!」
「スイングアウト!相模、9球粘りましたが打ち取られました!!」
「畔たん!よう頑張った!」
「惜しい惜しい!」
「レフト!」
「アウト!」
「ショート捕って、ファースト送球!」
「アウト!」
「アウト!スリーアウトチェンジ!!バニーズ、この回は三者凡退!2-1、ペンギンズのリードが続きます!!」
今年のペンギンズは手薄な先発陣を補って余りあるほどの強力打線で早々にリードを作り、リリーフで逃げ切るチーム。この状況になった時点で、一筋縄じゃいかないのは承知の上。赤猫くんや徳田くんとて10割出られるわけじゃないってことも。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。9番に代打で入った相模に代わりまして、ピッチャー、エンダー。9番ピッチャー、エンダー。背番号52」
「頼んだぞエンダー!」
「イエス!」
「まだまだ終わってねーぞ!」
「1点差1点差っす!」
「シマッテイコー!」
「「「「「ハァイ!!」」」」」
それでも最後は勝ってきたのが今年のバニーズ。だからこの状況でも声が出せる。そんな君達が勝つって誰よりも信じるのが僕の仕事だ。




