第百四十五話 ホームランへの誠意(9/9)
「6回の裏、1-0、ツーアウト一塁。長打で同点、一発で逆転。しかしマウンド上の風刃、ここまで打たれたヒットはわずかに2本。3回には味方のエラーと不運でピンチが訪れましたが難なく乗り越えてみせました。今シーズン12球団唯一の防御率1点代投手」
シドーくんに念の為サインを送る。走ってのサポートは必要やろか?
(ありがたかばってん無用。足ば悪うしとる花さんにあまり無理はさせられんし、おいとしてもここはむしろ風刃とん勝負にだけ集中しょうごたる)
男の子やねぇ。でもそれがええ。ならゆっくりホームに帰れるように祈らせてもらおか。
「猪戸!一発打つならここだぞ!」
「場外飛ばしてもこの展開なら帝も許してくれるわ!」
「大丈夫やえいりーん!どうせかすりもせんわ!」
「10個目の三振ここで奪ったれ!」
「ストライーク!」
「初球153km/hまっすぐ!チップしましたがミットに収まってます!」
(!!ぬぅっ……!)
「ファール!」
「2球目カットボール!何と151km/h出ました!!」
「えっぐ……」
「ああ、カホたそが負けてしまうのか……」
「猪戸!ええかげん当ててくれや!」
「うーん、この状況でもサクサク」
「やーっぱ最強打者はウチのちょうちょやな」
「今日珍しく空三したけど、スリーベース打ってるし、OPSも断然上」
「右打ちとかコンパクトとかもやりすぎるとアカンけど、ホームランいくら打てるからって三振ばっかってのはなぁ」
「結局空振りからじゃ何も生まれんしな」
「やっぱちょうちょみたいにクッソ速い打球を前に飛ばしまくるのが正義よ」
「打点がどうだのこうだのなんかかんけーねーわ」
……ま、1つの正解ではあるわな。ちょうちょちゃんは今の球界の最高峰の打者。その点についてはウチかて否定せぇへんわ。今日の試合も大方の予想通り、基本的にペンギンズが不利。そこも間違ってへん。そして今も、カウントだけ見れば打者にとって完全に不利。
でもな、勝負の有利不利は目に見えへんとこでも常に動いとるもんや。
今日の試合。ちょうちょちゃんに限らず、バニーズはチャンスを何回も作っとる。その上でソロムランの1点限りとはいえ、実際にリードしとる。そしてペンギンズはシドーくん以外も含めて、まだ中盤やのに9つも三振して、チャンスは向こうからもらったようなもんが1回こっきり。『向こうが押してる』と取るのはおかしなことやない。
せやけどそれは、裏を返せば『向こうは良い結果を小出しにしてる』とも取れる。その試合の中で限りある『良い結果』を、点が取れなくなるまでわざわざ細かく千切ってるようにも見える。まるで有利であるかのように見栄を張ってるようにも見える。
「!!?」
「ああっと!叩きつけた!!」
「ボール!」
「しかし冬島、身体で止めて前に転がしてます!一塁ランナーもスタートを切りません!」
(す、すんません……)
(珍しいな……風刃くんがこんな暴投未遂なんて)
そしてウチがついさっき打席に立つ前までの金髪くん。いつも通りの球をいつも通り以上に投げて、ほぼほぼ完璧なピッチング。せやけどその完璧なピッチングってのは、ものすごい繊細なバランスの上で成り立ってたもののはず。『この球をこう投げる』っていう再現を忠実に守り抜いてきたからこその好投やったはず。なのに予定になかった『とっておき』を急に投げることになった。わずかやけど、その完璧が綻びる可能性のあることをしてしまったわけや。
(次こそは……!?)
そう、ほんの1球でええんや。完璧やなくなるのはその1球だけでええ。そのためにシドーくんはずっと振り回してたんやから。シドーくんがいる限り、ウチらは『良い結果を小出しにする』必要なんかこれっぽっちもないんやから。
「「「「「…………」」」」」
「ば……バックスクリーン上段直撃!!猪戸、逆転!ツーランホームラーーーン!!!背番号55の一発を、背番号55の一発でひっくり返しました!」
「「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」」
捉えたのはおそらく、あんまり落ちひんかったスプリット。
バックスクリーンを物理的に割るような強烈な当たりで、割れるような歓声。
「「「「「猪戸!猪戸!猪戸!猪戸!」」」」」
「ワイは信じてたで猪戸!(テノヒラクルー」
「やっぱ世代最強は猪戸や!(テノヒラクルー」
(おれの球をあそこまで……)
呆然とする最強エースをからかうように、ウチとシドーくんは悠々とその周りを駆け回る。少し先にホームベースを踏んで、遅れてやってきたシドーくんとハイタッチを交わす。
「ナイバッチ!」
「花さんのおかげばい」
「猪戸さぁぁぁん!!!」
さっきまでの暗い表情はどこへ行ったのやら、カホちゃんが満面の笑みでウチらの帰りを今か今かと待っとる。
「…………」
ベンチ前でもハイタッチを交わしたり、猪戸くんがいつもの歌舞伎役者みたいなホームランパフォーマンスをしてるのを呆然と見つめてるのが、金髪くんの他にももう1人。数字上ではシドーくんを上回る天才打者ちゃん。
******視点:猪戸士道******
花さんには本当助けられた。そもそも打つるかどうかだけじゃなく、『打点』ちゅう意味でん。
だが、おいとて先ん2打席、むざむざと空振ってばっかりじゃなかった。こん空振りばどう修正すりゃホームランにでくるかば常に考えとった。さっきんような1球がいつ来たっちゃ良かごつ常に備えとった。風刃はこうでもせんと点ば取れんほどん"強者"ちわかっとったけん尚更、点になるかもわからん出塁ば犠牲にする覚悟はあった。
ホームランに化くる可能性がわずかでもあるんなら、たとえ追い込まれとったとしたっちゃ振り抜くとは当然。実質3年ほどで400ば優に超えた三振ん数も、おいからすりゃホームランに対して筋ば通してきたことん証明。月出里んごつ、追い込まれからて言うて日和って、半端に出塁して仕事ばした気になろうとは微塵も考えとらんかった。そん出塁んために、ホームランになりうる空振り1つば手放そうなどとは微塵も思わんかった。
それこそが、おいん考ゆる『ホームランへの誠意』たい。
それに、おいはチームの主砲。歩かされでもせん限り、『後ん打者に任する』とかそぎゃん甘えは許されん。チームが点を取れるんか取れんのかん白黒付ける責任ば負うんがおいの役割。やけんこそ、『打点』ちゅうもんに意味が生まるる。それだけおいに託されてきたちゅうことん証明。おいが託さるるに足る"スラッガー"ちゅうことん証明。投手が『勝敗数』ちゅう形でチーム全体ん勝ち負けば背負うんと同じ。
月出里。ぬしがよしんば"ただの打者"としてはおいを上回ってたとしても、『"スラッガー"としての覚悟』とか『ホームランへの誠意』ではおいの方が上たい。
(……くそッ!くそッ、くそッ……!!!)
サードん守備位置から、いまだに恨めしそうにおいば見つむる月出里。
ぬしゃおいと似た者同士やけん、考えとることはようわかる。『"東"とか"西"とかで並び立つる必要などなか』、『そぎゃん詰らんことで"最強"ちゅう言葉ば濁す必要などなか』。
全くん同感たい。"怪童"ち呼ばるるとはおい1人で十分たい。




