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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十五話 ホームランへの誠意(8/?)

******視点:鉄炮塚花(てっぽうづかはな) [西東京雁芒(にしとうきょうかりのぎ)ペンギンズ 内野手]******


「花さん!!!」

「おうカホちゃん!見ときぃや!!」


 騒がしい球場内でも確かに聞こえたカホちゃんの声。ほんま勝たせ甲斐があるわ。見た目とかそういうの関係なしに可愛い後輩ちゃんやで。


「3番セカンド、鉄炮塚(てっぽうづか)。背番号1」

「1-0、バニーズが1点リードのまま6回の裏、ツーアウトランナーなし。鉄炮塚が右打席に向かいます。今シーズンはキャリア5度目となる30ホーマー、そして過去にはトリプルスリー3回、さらにはJPB史上初の本塁打王と盗塁王の同時獲得。輝かしい功績を積み重ねてきました。まだ29歳という若さですが、すでに"帝国野球史上最強セカンド"の呼び声高い現役レジェンド。今シーズンからチームのキャプテンも務めるなど、戦力的にも精神的にもチームにとって欠かせない存在です」


「「「「「ハナちゃあああああん!!!」」」」」

「ドカンと一発返したれ!」

「本場の帝陵ムラン見せたれや!」


 アナウンスと同時に、打席へ向かうまでのルーティンをこなしつつ、ここまでの2打席を振り返る。ちょっとでも打ち返せる確率を上げるために、なるべく鮮明に、ウチが打ってる姿を思い描く。

 もちろん、ここでのベストはオーディエンスのリクエスト通り、一発を返すこと。同じ高校の先輩の金剛(こんごう)さんには申し訳ないけど、とりあえずカホちゃんの"負け投手"のレッテルだけは剥がしてやらんといかんわ。

 けど……


「ファール!」

「右方向、差し込まれました!そしてここで風刃、今日最速156km/hが出ました!」


「「「「「おおおおお!!!」」」」」


 けったいなピッチャーやでほんま。先発のくせにこの出力。しかも変化球も沢山(ぎょうさん)あって、どれも決め球レベル。おまけにゾーンにもきちんと入れられるから、棒立ちで塁に出られるようなタマやない。ただただシンプルに厄介すぎるわ。

 これでまだ21。まだまだ伸び代があるっちゅーこと。下手するとあのフィオナさん以上のエースになれるかもしれへんな。


「ボール!」

「ここは外まっすぐ、際どいところですが見極めました!」

「鉄炮塚はすごく慎重にスイングするタイプの打者ですからね。それで3割狙えるんですから、それだけミスショットが少ないということなんでしょう。そして目も良いですし、細かいですがこういうところでカウントを持ち直せるのが、あの決して大きくない細身の身体でホームランを量産できる要因の1つでしょうね」


 とりあえず、一発狙うなら追い込まれる前に。空振りが許されるんはあと1回きり。ファールでもその1回きりはなくなる。無駄にはできひんわ。


(この狭い球場でリードはたった1点……しかも30ホーマーの長距離砲が2人続く状況。歩かせたくはないけど、安易にストライクを取りにいけば狙い打たれる危険性がある。並のピッチャーならそんなふうに悩むとこやけど……)


「ストライーク!」

「カーブ!見送ってストライク!!」


(単純な球威に、この引き出しの多さ……ほんまある意味キャッチャー泣かせやで。いくら怪我で多少衰えたとはいえ、この同郷のバケモンも簡単に追い込めるんやからな)


 参ったなぁ、今の外れてくれへんのか。こらお手上げやな……ウチが1人でどうにかするって意味では。


「これでツーストライクと追い込まれました!今日の先発の浅井(あさい)はもう準備をしておりません。おそらく次の回で交代でしょう」

「諦めるな鉄炮塚!」

「花さん!!!」


「5年くらい前ならともかく、今の鉄炮塚はなぁ」

「盗塁、去年8つで今年4つやっけ?いくら怪我したからって衰えるの早すぎやろ」

「確かシーズンWAR歴代1位も鉄炮塚なんやっけ?今でも十分セカンドにしちゃ打ちすぎやけどなぁ……」

「メジャーでもトリプルスリーやる鉄炮塚見たかったんやけどなぁ」


 ……『衰えた』んやなくて、『他の子らが頑張ってるだけ』、って思いたいんやけどなぁ。でも足がようなくてあんまり走れんくなったんも事実やし、バッティングにも少なからず影響が出てる始末。

 4回目のトリプルスリーはまだ諦めてへんけど、先行きが不安やったのも去年FAせんかった理由の1つ。嫌な話、ウチかて野球に生活がかかっとるからな。少なくともこの球団に残れば過去の実績で最低限の待遇は保証される。そういう下心が全くなかったわけやない。杏那(アンナ)さんと同じで、『日本人内野手がメジャーでやるのは厳しい』っていう現実に(あらが)いきれんかったってのも否定はせぇへん。


 でも、それだけが全てやない。


「ファール!」

「ボール!」

「ファール!」

「ファール!」

「カーブ!これも粘ります!」


「良いぞ良いぞハナちゃん!」

「カホたそ勝たせたれ!」


「現役レジェンドのくせにみみっちいことしてるんちゃうぞ!」

「おとなしく前飛ばせや!」


 ウチは高校の頃からぼんやりと『プロになりたい』とは思ってたけど、死ぬ気で練習したりとか、そういうことをするような奴やなかった。ほんまに毎日ぼんやりと、今持ってるものだけで乗り切るような適当な奴やった。5年先にプロになった金剛さんの言葉でようやく最低限はやるようになって、外れ外れやけどペンギンズとバニーズに1位指名してもらえた。

 でもそれからも自分のことばっかでチームの勝ち負けに正直あんまり興味なかった。なのに6年前、レギュラーに定着するのに必死こいたことで初めてトリプルスリーやれて、図らずもチームの優勝に貢献することができた。その功績で美雪(ミユキ)さんが背負ってた背番号1も預かって、そこでようやくウチはほんまの意味でプロになれた気がする。このチームの一員としてもう一度優勝して、今度こそ帝国一を獲りたいって本気で思えるようになった。

 ウチがこのチームに残ったのはその未練。それと、シドーくんやカホちゃんみたいな子達がウチ以上の良い選手になるとこを見届けたかったから。それだけは声を大にしてはっきり言える。

 だってウチ、今でも根っこは"(なま)けもん"やし。トリプルスリー目指したり、キャプテンやったり、後輩の面倒見たり、そういうちゃんとした目的がないとやる気出ぇへんねんもん。


(風刃くんもこの回までの予定。このシリーズん中でもう1回は先発する立場やしな。やからこそ『これ』はまだ温存しときたかったけど、いくか?)

(ですね。いくら今日完封できてるからって、この点差でもう1回ホームラン王と勝負はちょっとリスクありますし)


 !!これは……


「「!!?」」

「ファール!」

「外!何とか当てました!!今の球は……?」

「スライダーですかね?今年はあまり投げてない球ですね。今日も多分これが初めてじゃないでしょうか?」

(くっそぉ、せっかく良いとこいったのに……!)

(まさかこれもカットされてまうとはな……)


 とっておきの隠し球。『ある』って話は聞いとったけど、ほんまエグいわ……下手するとカホちゃんの以上。スプリットで空振り、カーブで緩急、カットボールとシュートで左右の揺さぶりが叶うからこれほどの球を隠しておける。贅沢な話やで。

 ……逆にバリバリやれてた頃のウチやったら今ので多分打ち取られてたやろうな。チームの最強打者として、ウチが打たんとアカンかったかつてのペンギンズやったら。

 でも今はシドーくんがおる。シドーくんに託せるから、今のはどうにか当てることができた。


「……ボール!」

「ああっと逆球!今度は外れました!!これでフルカウント!!!」


「「「「「良いぞ良いぞハナちゃん!!!」」」」」


(プロでできるだけ長く使いたいし、あんまり投げすぎると肘をまた痛めるからこそのとっておき。今ので決まらなかったのは正直痛い……)


 普段投げてへんのはウチにとってもプラスやな。2球続けてくれたおかげで、ほんのちょっとやけど、投げ方の違いを感じた。20年以上野球続けてきたことでの感覚の話やからどこがかははっきりとはわからんけど、もう1球来ても多分空振ることはないと思う。


「ファール!」

「ここはまっすぐ!151km/h、バックネットへ!!」


 そしてスライダーについての『予約』はバッチリやから、他の球種に気が回せるわけやな。

 ……ま、それでもこれが今のウチの精一杯やな。プロ野球応援してて、贔屓の球団で誰が主役かなんてのはファン1人1人答えがあってもええと思うし、今でもウチが一番の推しって言ってくれる人がおるんやったらこの上なく嬉しいことやけど、少なくともウチにとっちゃもう"ペンギンズの主役"はウチやない。


「ボール!フォアボール!!」

「選びました!ツーアウトからランナーが出ました!」


「よっしゃあ!まだ終わってねーぞ!!」

「こっから巻き返してけ!」


 今の"ペンギンズの主役"はキミや。やから後は頼むで、シドーくん♪


(美事。実にお美事ばい、花さん)

「4番サード、猪戸(ししど)。背番号55」

「ツーアウト一塁、一発出れば逆転の状況。ここで回ってきました、"東の怪童"猪戸士道(ししどしどう)!」

(浅井がゲームば作り、花さんが切り拓いて作ったこん花道。活かせんかったら"強者(もっこす)"やなか)


「「「「「猪戸!猪戸!!ホームランホームラン猪戸!!!」」」」」


(こうなっちゃったもんは仕方ないか……)

(やな。腹括るしかないわ。まぁ風刃くんなら何とかなるやろ)


 もちろん、こうやって散歩しただけで勝ったとは思ってへん。塁に出ようがホーム踏めへんかったら点にはならへん。それが野球の絶対の真理。向こうのちょうちょちゃんが点取れんかったんもそう。『出塁』はある意味、『得点』を犠牲にする行為でもある。それでも勝つためにウチがあえてこれを選んだんは、ちゃんとした計算の上。シドーくんがこれから挙げるであろう得点を計算した上。

 その計算は"怠けもん"のウチでも実に簡単。ランナーの数に1を足せばええだけや。

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