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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十五話 ホームランへの誠意(6/?)

「ストライク!バッターアウト!!」

「カーブ!スイングアウト、2者連続!これで今日6個目の奪三振!猪戸(ししど)、この打席も風刃(かざと)を捉えられません!」


「えいりーんマジ"ウルトラエース"!」

「そんなマン振りでえいりーんの球打てるわけないやろ!」


 何だかんだで3回までは試合が動きそうな雰囲気があったけど、4回の攻防はここまで動きはなし。カホもようやく表の守りで三凡。宇井(アイツ)もちょっと危ない当たりだったけど一応抑えられた。ただ、こっちも(はな)さん猪戸さんが連続三振。


「センター上がった!しかしこれは伸びがありません!センター赤猫(あかねこ)、落下点に入って……」

「アウト!」

「捕りましたスリーアウトチェンジ!風刃、この回は3者凡退!ここまで内野安打とエラー以外での出塁を許しておりません!」


 リコで最強を誇るウチのクリーンナップが2巡目に入ってもこの結果……正直メゲそう。


浅井(あさい)

「猪戸さん……?」

「すまん。今日は浅井に助けられとるな。次は(とら)ゆるけん、何とか踏ん張ってくれ」

「……もちろんですよ!」


 メゲそう……なんて言ってられないわよね。猪戸さんにこんなこと言ってもらったんだから。『投げ合ってる』って言っても、実際に相手の投手と直接戦うのはこっちの野手がメイン。DHなしだからカホだって打てるならなるべく打ちたいけど、役者不足は承知の上。あの金髪を攻略するのはやっぱり猪戸さんしかいない。


「5回の表、バニーズの攻撃。8番キャッチャー、冬島(ふゆしま)。背番号8」

「ゲームはお互いに無得点のまま折り返し地点に入ります。この回の先頭打者は冬島。先程の打席では大きな当たりの後にフォアボールを選びました」

(さっきは慎重になりすぎたからな。確かにコイツは向こうで比較的選べる方だが、打力自体は打順相応。お前の持ち味、ストライク先行を生かしていけ)

(…………)


 さりとてさっきの初球打ちもある。だからここは初球スライダー……!?


「センター返し!ピッチャーの足元抜けて……二遊間も抜けましたセンター前!」


「ええぞええぞ正捕手!」

「"嚆矢園のスター"から2打席連続出塁や!」


 いきなり踏み込んでの強い当たり……狙ってたわね。


(さっすが冬島さん♪)

「9番ピッチャー、風刃。背番号43」

「風刃、ここはバントの構え……」


 そりゃそうよね。冬島さんは球界ワーストクラスの鈍足って話だけど、アウトカウントに余裕があってランナーがいるのならピッチャーが打席でやるのはまずこれが基本。

 もちろん、こっちもあわよくばゲッツー狙いたいとこだけど……


「上手く転がした!ピッチャー捕って、二塁は見るだけ。一塁へ!」

「アウト!」

「送りバント成功!風刃、1球で決めました!」


「ナイメイナイメイ!」

「バントならできるやん!」


(まぁバッティングと比べたら練習してきたよ。CSから1週間くらい時間あったし)

「1番センター、赤猫(あかねこ)。背番号53」

「ワンナウトランナー二塁。この回もチャンスを作りましたバニーズ。打席には赤猫。今日も第1打席で

 ヒットを放っています」


 『得点圏』……とは言うけど、この状況ならね。冬島さんは走塁の判断は良いらしいけど鈍足、そして赤猫さんはシングルがほとんど。アウトカウントも1つで逆に思い切ったスタートも切りづらい。


「カーブ合わせた!しかしこれはファースト正面のゴロ……」

「アウト!」

「この間に二塁ランナーは三塁へ!」


 だからまだ余裕を持って投げられる。


「2番セカンド、徳田(とくだ)。背番号36」


「ナイス最低限!」

「今度こそ先制頼むでかおりん!」


 3割打者、厄介であることには変わりないけど……


「!!!」

「ストライーク!」

「外から入ってきました!スライダー空振り!」


 徳田さんはインコースに強く、右のフォークの見極めも良い。でもその反面、こういうバックドアが苦手。四球が多い反面、見逃し三振も多いのはこの辺がおそらく原因。


(『入ってくるかも』って頭ではわかってるんだけど、最初ボールゾーンだとつい油断しちゃうんだよねぇ……アタシの悪い癖)


 そしてカホが一番得意なのもスライダーの投げ分け。相手の左右、内外高低に関係なく投げ切れる自信がある。ここは存分に弱点狙い……!


「ボール!」

「ストライーク!」

「これも外のスライダー、3球続けました!見送ってワンボールツーストライクと追い込まれました!」


 最後もこれで……!


「ファール!」

「今度は当てました!」

(なら外高めまっすぐ……!)

「……ボール!」

「際どいところですが外れました!」

(手が出なかった……危なかったぁ)


 ……今日はスイング判定と言い、ちょっと辛いわね……


「ファール!」

「ボール!」

(できれば打ちたいけど、正直あんまり相性の良くない相手だし、次は(あい)ちゃん……)

「ボール!フォアボール!」

「7球目選びました!」


「ナイセンナイセン!」


(逢ちゃんはさっきの打席でも合ってたし、あとはお願いね)


 2番打者としては理想的な繋ぎ……まだ点は取られてないけど、ここでアウトを取れなかったのは痛いわね。


「3番サード、月出里(すだち)。背番号25」

「ツーアウト一塁三塁、ここで回ってきました、"西の怪童"月出里逢(すだちあい)!先程の打席でスリーベースを放っております!」


「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」


「レフト側は今日一番の大盛り上がり!期待を背負いつつ右打席に入ります!」


 ちょっと打ちまくって、ちょっと可愛いからってチヤホヤされちゃって……それはカホが独り占めしてた光景なのに……!


「タイム!」

「ここでペンギンズ内野陣がマウンドに集まります!」

浅井(あさい)、いけるか?」

「もちろんです。こんなとこでランナーさらに溜めて大量失点なんて最悪です」


 あのチビ女は流石にあれだけの成績だから『数年後には上に立ってやる』って気持ちだったけど、あんなの見せられたらね。この帝陵球場でチヤホヤされる可愛い子はカホだけで十分。


「……月出里は確かに化け物じみてるが、アイツだって同じ人間の打者。絶対に抑えきれないわけじゃない。これで決めに行くぞ」


 小池(こいけ)さんが2本指を広げるジェスチャー。黙って首を縦に振る。やっぱりそれしかないわよね。


「勝負を握るのは制球力。浅井、お前ならきっとやれる」

「はい!」

「プレイ!」


「踏ん張れカホたそ!」

「帝陵のアイドルはカホたそだ!」


 それで決めにいく以上、まずは最低限追い込まなきゃ話にならない……!


「!!初球打って……これは大きい!」


「「「「「おおおおお!!!」」」」」


 ……大丈夫。


「ファール!」

「ファールボールにご注意下さい」

「ああ、惜しくもポールを巻きませんでした……」


「クッソォ……」

「せっかく捉えたのに……」


 右打者の内側、フロントドアのスライダー。わかってたってそう簡単にはフェアゾーンには飛ばせない。

 でもほんとに厄介だわ。本来なら対右のとっておきなのに、カウント球にするのが精一杯なんて……


「ボール!」

「高めまっすぐ!151km/h!」

「ボール!」

「外スライダー!これも見送りました!」


 今のを外したのは痛いけど……


「!」

「ストライーク!」

「カーブ!低めいっぱい、スイングを止めましたが入りましたストライク!」

「上手くタイミングを外しましたね。無理に打ちにいったら凡退すると見てスイングを止めた月出里も流石ですが……」


 それでも追い込めた。さっきと違って追い込めばOKな状況じゃないけど、ようやく土俵には立てた。

 ……小池さんの言うとおり、人間である以上、どんなに選球眼が良いからって見極めるのにも限度がある。ピッチャーがリリースしてキャッチャーミットに到達するまでの時間は1秒あるかないか。少なくとも動体視力だけでボールを完全に目で追うのは不可能。マウンドからホームベースまでの間の、ある程度のポイントまでで球種やコースを判断して、どう打つか、そもそもスイングするかしないか判断しなきゃならない。


(そして、さっきのカーブ。今の月出里は比較的苦手な低めを警戒しつつ、緩い球の後の速い球に備えてる状態のはず)


 なら投げるべきはこれ……!


(!!まっすぐ、いや……)






「バットは……!?」

「ストライク!バッターアウト!!」

「振ってしまいました!スイングアウトの三振ッ!!最後は低め、フォークボール!!!」

(やられた……!)

「しゃあああっ!!!」


 やってやったわ……!ガラにもなく()えちゃった。


「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」

「すげぇ!あのちょうちょから三振!!」

「カホたそマジ大エース!!!」


(今日一番の、完璧なコースへのフォーク。浅井の制球が生きたな。近年メジャーの舞台で、日本人投手が平均球速で向こうの投手に敵わないながらも活躍できている要因。それはこういうフォーク系を操れるからに他ならない。単に向こうの投手が『デスピッチ』と言って投げるのを避けてて、打者が慣れてないからだけじゃない。落差による当てにくさだけじゃなく、ストレートとほぼ同じ軌道、ストライクゾーンからボールゾーンへ安定して落とせる再現性。球威はある程度で十分。より大事なのは見極めが難しいところに制球できるかどうか。それさえできれば、打者がわかってても、多少慣れててもなかなか打てない。野球の技術がこれから先も進歩し続けたとしても、人間が人間である限り、『速い球か速くて落ちる球の二択』という投球が(すた)れることは決してない)

「これでスリーアウトチェンジ!ペンギンズ、再三のピンチですがこの回も粘り強く乗り切りました!」

「ナイピー!」

「すごいやんカホちゃん!流石やで!」

「ありがとうございます!」


 カホがプロ入りしてからすぐに上手くやりすぎてるせいで年上だらけのチームメイト。祝福をありがたく受け取る。

 野球はあくまで点取りゲーム。勝負を現実的に勝ちに傾けるのはいつだって打者。投手は現実的には負けないことが仕事。だけど、勝つための雰囲気を作ることはできる。


(やるなぁアイツ。でもおかげでやりごたえがあるぜ……!)

「セカンド捕って一塁へ……」

「アウト!」

「これでスリーアウトチェンジ!風戸、この回も無失点!0-0、5回の攻防を終えましたが投手戦が続きます!」


 せっかく小池さんが今日チームで初めてのクリーンヒットを打ってくれたけど、カホ自身が打ち取られて攻撃は終わり。

 でも逆に言えば次は1番、小林(こばやし)さんから。上手くいけば猪戸(ししど)さんにも回る。


「浅井、とりあえずこの回までが目安だ。何とか乗り切ってくれ」

「はい!」


 あのチビ女を完璧に打ち取れたのはカホにとっても大きな自信。ピンチを招きまくってる分、確かに球数は(かさ)んでるけど、あと1回くらいわけもない……!

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