第百四十五話 ホームランへの誠意(5/?)
「ストライーク!」
「初球まっすぐ147km/h、見送ってストライク!」
(初っ端から膝下まっすぐ……)
いくら外の方が良いって言っても、張られてたら簡単に打ち返される。今の見送り方を見る限り多分そう。
「ボール!」
「今度は内より高め!しかしこれは少し浮きました!」
これはこれで良い。むしろストライクゾーンだとインハイ大得意なあのチビ女には打ち返される危険性がある。『インコースにあえて投げ込む姿勢』を見せられたらそれで十分。
「!!!」
「ストライーク!」
「外!スライダー空振り!これでツーストライクと追い込みました!」
「うーん、せっかく内側意識させたのにもう外スラ使うんか」
「追い込んでからの方が良かったんじゃね?」
その考えは決して間違ってないわ。打者の『慣れ』を考えれば、高確率で空振りを取れる球はなるべく追い込んでから使いたい。この時点でこのスライダーを見せたことで、続けた場合に打ち返される確率は上がってしまう。
でもここはこれで良い。この状況であのチビ女が相手なら、とりあえずツーストライクに追い込みさえすれば大丈夫。
(追い込まれちゃったかぁ……狭い球場だし、この状況なら一発狙いも悪くないけど、なるべくなら十握さんや金剛さんに良い形で繋ぎたい。アウトになるの嫌だし)
コイツは確かに三振がメチャクチャ少ないけど、『カウントが悪いほど打撃の期待値が下がる』ってのはコイツにも当てはまってる。少なくとも追い込まれるまでと比べたら、ホームランを積極的には狙ってこないはず。
「ボール!」
「落としました!しかしこれはバット止まってます!」
今のを振ってくれない以上、やっぱり贅沢はできないわね……
「!!ストレート打って……右中間、長打コース!!!」
「「「「「おおおおおおお!!!」
「セーフ!」
「三塁セーフ!スリーベース!!」
「は、速……」
「アイツ確か去年70盗塁したんだっけ……?」
「月出里は今シーズン、JPB史上初の『2年連続15三塁打』も達成しております。この俊足も月出里のセールスポイントと言えるでしょう」
(うん、まぁこれであたしの仕事は最低限果たせたかな?)
思ったよりは深傷……でも致命傷にはなってない。確かにスリーベースは十分良い打撃結果ではあるけど、あれは向こうとしては間違いなく妥協の結果。抑え切れなかったのは悔しいとこだけど、ツーストライクに追い込むことで妥協させられた時点でカホとしては最低限はやれた。
……3番打者というのはメジャーだと今でもまだ"最強打者"のイメージが強い。そして日本でも、基本的に4番信仰が強いけど、ヴァルチャーズの友枝さんとかみたいに、その最強打者が俊足の場合は3番に置きたいと考えることが多い。おそらく、チャンスメーカーとポイントゲッター両方を兼ねるっていう意味合いで。
でも3番打者というのは理論上ツーアウトランナーなしの状況で打席に立つ確率が最も高い。つまりそれ即ち、『出塁が無駄になる確率が高い』ということ。もちろん、一般的に日本の野球じゃ4番に最強打者を据えてることが多いから、たとえシングルや四球でも『ホームランの弾込め』としてなら十分に役立つ。
「4番レフト、十握。背番号34」
「ツーアウト三塁、初回から3イニングス続けてチャンスを作りましたバニーズ。打席には4番の十握」
ただ、バニーズの打線はどちらかと言うとメジャーの指向に近い。3番に最強打者、4番に準最強打者という並び。しかも十握さんはタイプ的にはどちらかと言うとアベレージヒッター。
もちろん、得点圏まで進まれた以上、ゴリゴリのホームランバッターよりはそういうタイプの方が得点される確率は高いけど、『まだ得点されていない』というのは揺るぎない事実。
それに、ツーアウトランナーなしから1人ランナーが出たところで、たとえ一塁から三塁のどこにいたとしても、塁にまだ余裕があるというのは同じ。バッテリーミスによる失点がある以上、『全く』というわけじゃないけど、それでも配球にはそれほど制限はかからない。
「ファール!」
こんな感じで難しいコースも攻められるし、小池さんならよっぽどおかしなところに投げない限り落ちる球でもちゃんと止めてくれるし。
「!!強い当たり……!」
「アウト!」
「しかしこれはショート正面!スリーアウトチェンジ!」
「惜ッしい……!」
「うーん、あと一歩なんやけどなぁ……」
「まぁこの感じならいつか点取れるやろ」
運に助けられた結果ではあるけど、コーナーを攻め切れた結果でもある。
綱渡り続きだけど、野球はどこまでいっても点取りゲーム。投手もまた突き詰めれば一番点を取られない投手が一番偉い。投げる球に差があったとしても、打たれたヒットの数に差があったとしても、『点を取られてない』という結果が全く同じである以上、あの金髪にはまだ負けてない。
「3回の裏、ペンギンズの攻撃。7番ファースト、ディエシシ。背番号13」
「ペンギンズも3回の攻撃に入ります。ここまでマウンド上の風刃はパーフェクトピッチング。先程の回は3者連続奪三振の快投……初球から引っ張った!しかしこれはボテボテの当たり……」
(!!やば……)
「ああっと!送球逸れた!!」
「セーフ!」
「ファースト金剛、何とか捕りましたが一塁から足が離れてました!記録はサード月出里のエラー!」
(金剛さん、すみません……風刃くんもゴメン……)
(ま、おれ等ピッチャーが投げミスすることがあるように、野手だって同じだよな)
「ドンマイドンマイっす!」
「よっしゃ!向こうミスしたぞ!」
「流れ変わるだろこれ!」
向こうの"主役"のミス。確かに向こうからしたら点が取れそうで取れない状況でこれだとフラストレーションが溜まるでしょうけど……
「8番ショート、東山。背番号3」
「これもサード正面のゴロ……」
「アウト!」
「二塁アウト!」
「セーフ!」
「一塁はセーフ!」
少なくともチビ女には焦りはなし。
「9番ピッチャー、浅井。背番号11」
「バントした!ピッチャー捕って……」
「アウト!」
「一塁アウト!送りバント成功!」
「ナイメイナイメイ!」
「DHなしの嗜みや!」
一応、今日初めてこっち側の得点圏。
「1番センター、小林。背番号9」
「!!これは三塁線、ボテボテの当たり……」
「ファールや!触らんでええで!」
「……切れません!三塁線上でギリギリ止まりました!」
「セーフ!」
「一塁セーフ!二塁ランナーも三塁へ!」
「よっしゃあ!実質セーフティ!」
「ついてるついてる!」
何かやけにサードの方にいくわね……ほんとサードって極端なポジション。全くボールに触らない日も割とあるし、こういうことも起こる。
「2番レフト、西村。背番号23」
「ツーアウト一塁三塁、チャンス拡大で打席にはプロ18年目の大ベテラン、西村。昨シーズンから成績を落としたものの、まだまだ頼りになる安打製造機。日米通算で2500本を超える安打を重ねてきました」
「「「「「ゴー!ゴー!み・ゆ・き!」」」」」
(やれるやんな?)
(もちろんっすよ)
この状況でもタイムはなし。バックも特に動じてない。あの金髪をよっぽど信頼してる証拠。
「打ち上げた!ファールゾーンフラフラっと上がった!キャッチャー見上げて……」
「アウト!」
「アウト!スリーアウトチェンジ!ペンギンズ、ランナー2人出ましたが得点ならず!」
「あれで点が入らないのか……」
「ほんまめんどくさいわあの金髪……」
「「「「「風刃くぅぅぅん!!!」」」」」
『ホームを踏ませなければ良い』。それは向こうも同じってことね。最強打者の出塁率がたとえ5割あろうが10割あろうが、エラーやラッキーなヒットがあろうが、ホームを踏まなければ意味がない。
それでも、今日の試合がこういう展開なら……
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